第8章「竜の見る夢」第11話
私室に戻ったテレサはベッドに座り込む。
「叔父様……」
本当はわかっていた。
ヴェウンの言葉は真実だと。
あの事件が起こった時、まだ幼かった彼女は記憶が混濁していて、正常な記憶が残っていなかった。
目の前で父と母を殺され、その刃が自分にも向けられ、恐怖と痛みのあまり、ちゃんとした記憶として残らなかったのだ。
「あの時、宰相のヴィスが父と母を剣で殺し、二人の血で染まったその剣で彼は背を向けて逃げる自分を切りつけてきた。そこへ助けに入ったのが叔父様だった……」
ヴェウンが「テレサ!」と叫ぶ声が耳に残っている。
自分を切りつけた時に叫んだ声だと思い込んでいた。
だが、真実は違っていた。
ヴェウンはテレサを助けようとしてヴィスを殴って昏倒させ、その間に切られたショックで気絶してしまったテレサを連れ王宮を脱出したのだった。
後に乳母にその話は聞いていたが、記憶が混濁していた彼女はヴェウンが父と母、そして自分を切ったのだと思い込んでしまった。
と、その時。
部屋のインターコムが訪問者を告げた。
テレサは訪問者を迎え入れる。
スペースだった。
彼は黙ったままベッドに座っているテレサのもとにやってくると「隣いいか?」と聞く。
テレサは小さく頷く。
スペースは彼女の隣に座ると彼女の方を見ずに言う。
「ヴェウン殿を許してやれよ」
「………」
テレサは黙っていたが、しばらくすると静かに言った。
「私……絶対にあの男を許さない……と思い続けてきたの。でも、時が過ぎていくにつれて、だんだんと当時の記憶が戻ってきて、悪いのは叔父様じゃないって薄々わかってきたのよ。だけど、長い間ずっと憎んできたものだから、なかなか意識が変えられなくて……今でもまだ気持ちが揺れているの」
「それはもうしかたないと思うぞ。無理に気持ちを変えるのもよくない。だから、少しづつでも彼を受け入れていけばいいんじゃないかな」
スペースの言葉に、テレサは彼に向って弱々しく微笑んだ。
「!」
その彼女の笑顔があまりにもいとけなく、彼は不覚にも何者からも守ってやりたいと思ってしまった。
そして、そこで初めて彼は自分の彼女に対する気持ちを自覚してしまったのだ。
「と、とにかく、王国に戻ることはあとでじっくり考えるということで、まず今はあの謎の生命体をどうするか、だよなっ!」
少々強引すぎる話題の変え方だと自分でも思ったのか、スペースの言動がとても怪しい。
だが、それにまったく気づいていないテレサは頷く。
「そうですよね。私も今は気持ちを切り替えます。目の前の問題を片付けたあとに、故郷のこと、そして叔父様のこともじっくり考えることにします」
「ファイヤーバード発進!」
「エール・ドラ発進!」
それぞれがそれぞれの思いをその胸に秘め、バルジー星を飛び立った。
目標は「フォウム」泡のようなものという意味でつけられた名称だ。
貨物船バッファローやビランの戦艦を飲み込んでしまったそれは、バルジー星の周りをぐるぐると旋回して異動している。
「いったいあいつの正体は何なんだ?」
スペースはイライラして怒鳴った。
それを宥めるかのようにダークネスが答える。
「キャプテン。フォウムは恐らく生命体だと思うのですが、しかし、解析の結果、その成分は高級脂肪酸のアルカリ塩で……それはまるで……」
「それって、あれじゃね? ソープ!!」
チャーリーが楽しそうに叫ぶ。
「ええ、そうですね。その成分はバルジーやビランには存在しないものです。だから、フォウムの正体がわからなかったのでしょう。とすれば…」
ダークネスがそう言うと、スペースがニヤリとした。
「副長、ソープには何が一番いい?」
「もちろん、H2O、水、ですね」
「そうだ。だが、宇宙空間では水鉄砲は使えないよな」
「じゃあ、どうするんですか?」
ダークネスの問いかけに、スペースは楽しそうに答えた。
「バルジーの湖に突っ込ませる」
彼の答にダークネスも頷く。
だが、問題点を指摘する。
「それは良い考えですが、奴は常に宇宙空間に留まっています。それは宇宙空間であれば安泰だとわかっているからでしょう。そんな奴を湖までおびき寄せるのは難しいと思われますが」
「ふむう…」
スペースは少し考えるとダークネスに問いかける。
「副長、ファイヤーバードが奴に溶かされるまでどれくらいかかる?」
「約10分強です」
「よし! では奴を格納庫に誘い込み、そのままバルジー星の湖に我々が突っ込むぞ。テレサ!」
「はいっ」
「君はすぐに格納庫に行って他のクルーたちとともに、格納庫を石鹸だらけにしてくれ」
「了解しました!」
テレサはすぐさまブリッジを飛び出して行った。
彼女が出て行った後、すぐにメイン・スクリーンにヴェウンが映った。
現在、エール・ドラからの通信は許可なくすぐに繋がるようにしている。
「トラベラー艦長、あいつをやっつける方法は見つかったかね」
「ええ、ヴェウン殿」
スペースはニヤリと笑うと自分の計画を話し始めた。
「よし、わかった。我々のエール・ドラも手伝おう」
「それは助かります。では、そちらには石鹸の成分の液体をお送りします。それを格納庫で泡立ててください」
そして、ヴェウンがスクリーンから消えると、ビリーに命令を下す。
「フォウムに向って微速前進」
「微速前進、了解しました」
それから間もなくしてテレサから連絡がくる。
「格納庫のテレサよりブリッジへ。キャプテン、準備完了しました」
「よし、作戦を開始する。テレサ中尉、急いで格納庫からみんなを離れさせろ」
「了解しました」
スペースはビリーに向って言い放つ。
「エール・ドラの用意が整い次第、我々はフォウムに突っ込むぞ。待機しろ」
「了解」
それからしばらくして、エール・ドラの用意が整い、二艦はフォウムに突っ込んでいき、そのままバルジー星へと向かった。
両艦ともフォウムのほとんどを格納庫におさめ、残りは外壁に付着させたままの状態で猛然と進んでいく。
「5分経過!」
ファイヤー・バードとエール・ドラはバルジーの成層圏に突入した。
「8分経過!」
「キャプテン、背翼が溶けてしまいます!」
「9分経過!」
「格納庫の周りがボロボロです!」
ブリッジのスクリーンにバルジーの湖が見えてきた。
「10分経過! あと数秒です!」
「キャプテン! エンジン部に奴がやってくる。まだなのかぁっ!」
機関長のダンの悲痛な叫びがブリッジに響き渡った。
その時、ビリーが叫んだ。
「ファイヤーバード、湖に突入します!」
バルジーでも一番広大な、その名もバルジー湖に巨大な水飛沫をあげて二つの艦船は突入していく。
バルジー星人たちは何事か起きたかと戸外に出て顛末を見つめていた。
彼らは王宮から聞かされていたこととはいえ、巨大な戦艦が湖に突っ込む場面など今までに見たこともなく、しかも、その戦艦が泡だらけになっているのを驚きの眼差しで食い入るように見つめていた。
一方、湖に突っ込んだ戦艦から、泡は水に流され、消えていく。
すると、それを見つめていたバルジー星人の子供が叫んだ。
「わあっ、すごいきれいっ!」
湖から、ひとつひとつに分解されたフォウムが何億というシャボン玉となって青空に昇っていき、それが太陽の光でキラキラと虹色に輝き、パチンパチンとはじけて消えていったのだ。
その美しさに人々は涙を流した。
もしかしたら、彼らは、一つの生命体が今まさに消えてなくなっていったのだと悟ったのかもしれない。
その頃、アンドルーも宮殿のバルコニーからその光景を見つめていた。
すると、ベッドから王が息子に声をかけた。
「アンドルーよ。わしをそこまで連れていってくれぬか」
「はい、父上」
彼は王を助けて、バルコニーの椅子に座らせた。
しばらく二人は空に昇っていくシャボン玉を見ていた。
「ひとつの生命の死とは美しいものじゃな」
「ええ、そうですね、父上」
しばらくの沈黙。
すると。
「息子よ。わしもあのように美しく果てて、あとをお前に任せたいものだ」
アンドルーは振り返らずに穏やかに言った。
「何をおっしゃいます、父上。父上はまだまだ大丈夫ですよ……父上?」
彼は振り返る。
王は穏やかな表情で目を閉じていた。
「眠られたのですか、父上?」
彼は王の顔にそっと触れた。
その手が一瞬強張った。
「父…上…」
そして、彼は声をつまらせて、膝をつき、王の膝にすがりついて、声を殺して泣いたのだった。




