第8章「竜の見る夢」第10話
「テレジーナの、テレサの父親は私の兄だった」
謁見室のソファに座り、三人が落ち着いた頃、ヴェウンは静かに語り始めた。
「兄と私の父はリヴ星のラビリンス王国の王でカレス・ラビリンスという」
「では、あなたはリヴ星人なのですか」
スペースが驚いてそう言った。
「半分は、だ」
彼の問いかけに苦笑しつつヴェウンは答える。
「兄と私の母親は違うのだ。兄の母ステラはれっきとしたリヴ星人で正式な妃、私の母ヘケートはビラン人でもともとはステラ妃の傍使いをしていた。リヴとビランは友好関係を築いており、その関係でビランの貴族の娘だった我が母はステラ妃に仕えることとなったのだ。それが王の目に留まり、御手付きとなり愛妾となった。だが、私の母は私を産むと同時に亡くなってしまい、私はそのままステラ妃に育てられることとなった。ステラ妃は本当に素晴らしい人だった。私を、兄に接すると同じように接してくれた。兄と私はひとつしか違わなかったので、幼い頃は本当の兄弟と思ってくれていたようだが、大きくなって本当は半分しか血が繋がっていないと知ってからも変わらぬ愛情を向けてくれた。それなのに……」
ヴェウンはそこでいったん言葉を切る。
彼は苦悶の表情を浮かべる。
「私は物心ついた頃から宰相ヴィスによってあらぬことを吹き込まれ続けていた。本当は父は母を殺したのだ、とか、ステラ妃や兄は本当は私のことを憎んでいるのだ、とか。恐らく、宰相は王位簒奪を狙っていたのだろうな。自分が目立って動くのではなく、私という駒を使って、全てを私の仕組んだことにして、正々堂々と王位を手に入れようとしたのだろう。その手始めに、私を憎しみに駆られたと仕立て上げ、王となった兄とその妃、その娘であるテレサを手にかけさせようとした。そうすれば、王家の血筋は絶え、宰相であるヴィスにすべてが転がり込む。だが、私はいろいろヴィスに吹き込まれはしたが、どうしても兄たちが自分を蔑ろにしているとは思えなかったので、なかなか殺すというところまでいかなかった。それに業を煮やしたのか、ヴィスは自ら兄と妃を殺し、テレサにまでその刃を向けた。テレサは自分を切った人間が私だと思っているようだが、それは違う。私はすんでのところで彼女を助け、逃げた。だが、傷を負った彼女を連れて逃げるのは無理だと判断した私は、テレサを信頼に足る彼女の乳母に託し、私はリヴ星を脱出したのだ。後にその乳母もすぐに亡くなったと聞いたが、その後の彼女の行方はわからなくなっていた」
「その話は聞いたことがあります」
すると、ヴェウンの言葉をついでダークネスが口を開いた。
「ラビリンス王国はリヴ星でも強国というわけでもなく、数多の王国の中でもそれほど注目されている国ではないのですね。私は、テレサがリヴ星の出身だと聞き、リヴ星のことをいろいろ調べたのですが……」
「なんでそんなことを…」
すると、スペースが不満そうにそう言った。
だが、ダークネスはこともなげに言う。
「たんなる好奇心です。他のクルーのことも調べましたよ」
「む……」
スペースは憮然とした表情を見せる。
「現国王であるヴィスはかなりの独裁執政を断行しており、相当国民から不満が出ているようですね。最近では、テレジーナ王女が生きているかもしれないという噂が流れていて、その王女を密かにレジスタンスが捜しているとか聞きました」
「ああ、王女が生きているという噂は私が流したものだ。私はリヴを脱出したあと、ビランに飛び、そこで確固たる地位を獲得して、堂々とリヴに乗り込もうと思った。必ずテレサを探し出し救うという使命のもと、今までそれだけを生きがいに生きてきたのだ」
ヴェウンは膝の上で両手をぐっと握りしめる。
「テレジーナの愛称はテレサだが、ラビリンスの名前を名乗ってはいないとは思っていたが…」
「ああ、そうです。彼女はテレサ・スーダンと名乗っていました」
そう答えたのはスペースだ。
「そうか。確かスーダンという名は乳母の実家の姓だったはずだ。乳母は結婚してスーダンの姓は名乗っていなかったからな。もっとも、スーダンという姓もリヴでは多かった。だから、なかなか捜し出すことも難しかった」
「テレジーナ・スレンダ・ラビリンスが彼女の本名ですか」
今度はダークネスが聞く。
ヴェウンは頷くと真剣な顔をダークネスとスペースに向けると口を開いた。
「彼女を、テレサをリヴ星に連れて行かなければならない。彼女はラビリンス王国の正統な後継ぎなんだ。たのむ。この通りだ」
まるでそのまま土下座をしそうなくらいに頭を下げる。
そんなヴェウンを困ったような表情で見てから、スペースとダークネスは互いに顔を見合わせた。
スペースに呼ばれ、渋々謁見室にやってきたテレサは不服そうな表情を浮かべながらヴェウンを見ようともしなかった。
「テレジーナ、聞いてくれ」
ヴェウンはそんな彼女に真剣な声音で声をかける。
「おまえが私を憎むのはしかたないと思っている。だが、信じて欲しい。私は決して兄上たちを手にかけてはいないし、お前を切りつけてはいない」
「…………」
彼女は押し黙ったまま応えない。
「……どうしても信じられないというならそれでもいい。だがしかし、おまえがラビリンス王国のただ一人の後継者であることは確かなことだ。それを踏まえて、あえて言う。おまえはその王国がこのままでいいと本当に思っているのか?」
彼女の肩が少し震えた。
それを見てヴェウンは畳み込むように喋り出す。
「宰相であったヴィスが王権を握り王座におさまったことはおまえも知ってるだろうが、悪政が酷くなってきていることはあまり表には出ていない。私は自分の立場を駆使して王国に探りを入れて知ったことだが、とにかく奴は己の所業を表に出さぬように逆らう者達を次々と暗殺していき、傀儡ばかりで周りを固めているのだ。だが、民達の口までは塞ぐことが出来ぬため、不満分子が密かに増え続けている。そんな中、おまえの存在を知り、おまえに戻って来てほしいと皆が切望しているのだ。そんな民衆の気持ちをおまえはどう考える?」
「……そんな…私は……」
そこで初めて彼女は揺れる瞳で自分の叔父であるヴェウンに視線を向けた。
「叔父様……」
「おまえがまだ私のことを叔父と呼んでくれて……」
常に険しい表情を浮かべていたヴェウンが、一瞬柔らかな表情をテレサに向けた。
感極まったのか、それ以上、彼も言葉を詰まらせてしまい、続けられなかった。
「少し…ほんの少しでいいから、考えさせてください」
テレサは震える声でそれだけ言うと、静かに謁見室を出て行った。




