第8章「竜の見る夢」第5話
「そんな……この宙域一帯は中立のはずなのに…」
ビランの戦闘機の背後には、戦艦が鎮座していた。
テレサの呟きを耳にしつつ、スペースは正面のスクリーンを振り返るとギッと睨み付ける。
「これはどういうことですか、ミスター…?」
「ガイヌンだ。このメリド星評議会の議長だ」
ガイヌンと名乗ったその男は続ける。
「困ったもんでね。我々は独立していたいのに、あのビラン帝国は我々のメリド星と和平条約を結びたいと言ってきた。だが、彼らが我々の文明、知識を取り入れ、そして、その恩恵で銀河連邦を配下に置くべく画策していることはわかっている。だから、受け入れなかった。いったん彼らは引き下がっていたが、あなた方、銀河連邦がいつか来るであろうことを予測し、ずっと待ち伏せをしていたようなのですよ」
「………」
スペースは監視スクリーンに映る敵艦を睨み付けると部下に指示を出す。
「第一級戦闘態勢を取れ。艦体を敵艦の正面に旋回させろ」
「了解しました!」
すると、ゆっくりとファイヤーバードが旋回を始めると、いきなり敵艦からフェイザー砲が発射され、ファイヤーバードの艦体を直撃する。艦体はシールドで守られているため、直接な被害は出なかったが、監視スクリーンがパアッと白く輝き、ビリビリと艦体が震えた。
するとブリッジのインターコムが鳴った。
「キャプテン! も、ちょっと、お手柔らかに願いますよ。機関部のヒューズがひとつ千切れちまいやした!」
「頑張れ、ダン! なんとか持たせろよ。ファイヤーバードはそんなチャチなもんじゃないはずだ」
「ラジャー、任せとけってんだっ!」
スペースの言葉に機関長ダン・グレイトが勢いよく応える。
ベガ星人特有の長い金髪を振り乱して奮闘している様がスペースの脳裏に浮かんだ。彼らの星では「髪はベガ星人の命」とまで言われ、すべてのベガ星人は長い金髪を持っているそうだ。
「チャーリー!」
「はい、艦長!」
「お得意の早撃ちを許可する。思う存分、ぶちかませてやれ!」
「ひょーう! いいんですかぁ!」
宇宙戦士チャーリーは飛び上がりそうな勢いで喜んだ。
「いきますぜっ、それっ!」
フェイザー砲の光線が続けざまに何本も宇宙の暗闇を貫いた。
そして、ビラン軍艦にそれが届いたかと思うと、すさまじい光が迸った。
「いつもながら、おまえの腕前には感服するよ、チャーリー」
「ははーっありがたき言葉にございますぅ」
そんな彼に苦笑を向けてから、スペースは正面スクリーンに視線を戻す。
そして、スクリーンに映るガイヌンを見つめる。
「ガイヌン議長。どうか、移送降下の許可を頂きたい」
「うぬ。困ったな。まあ、よかろう。許可を与える」
そして、スペースと副長ダークネスは、ガイヌン議長の指示する評議会ホールに移送降下した。
二人が実体化したのは、かなり広い場所だった。天井も壁も床も海のようなブルーで、ドアが見当たらない。
そのブルーな空間に12人の男達がいた。
いずれもキラキラ光る服を着ている。
「ようこそメリド星へ。評議会一同歓迎いたします」
ガイヌンが一歩前に進んでそう言った。
スペースはガイヌンに近づくといきなり本題に入る。
「ガイヌン議長、それにメリド星評議会の皆さん、失礼とは思いますが、時間がないので、早速本題に入らせて下さい。我々銀河連邦はあなた方の安全を保障します。ですから、銀河連邦に加盟してください。これは絶対に平和的なものです。我々を信じて下さい」
ガイヌンはにっこり微笑んだ。
「連邦の戦力は充分にわかりました。そして、あなた方が平和的にやってきたことも」
「でしたら…」
「待ってください」
ガイヌンはスペースの言葉を遮る。
「私たちは独立していたいのです。どことも関係を持たず、中立でいることが我々の立ち位置だと思っています」
「どうして…」
スペースはガイヌンと、そして11人の評議員を見回した。
彼らは相変わらず微笑を浮かべている。
「キャプテン。御好意は本当に嬉しいのです。ですが、失礼ながら我々の文明は連邦も帝国も足元にも及ばないほど発達しているのですよ。ともすれば、この銀河系をも消滅させてしまうほどのものでもあるのです。そんな我々がいくら平和的な繋がりとはいえ、連邦と繋がるということは、連邦に所属していない者達から狙われるというのは火を見るよりも明らか。そして、その平和的な繋がりが永遠に続くとは限らない。次の世代には悪用するようなトップが台頭してくるかもしれない。そういうこともありうるということもあり、どこにも属さずに孤立することを我々は選んだのです。どうかご了承ください。ビラン帝国側にはそういった話をしても通用しないと判断し、はなから突っぱねましたが、連邦側は話の分かる人達であることは承知しています。なので、今回、こういった形で我々の立ち位置を説明しようと思ったのです。どうか、ご了承願います」
スペースはグッと言葉につまってしまった。
確かにその通りだ。
議長の言ったことは常識的に考えてみてもっともなことだ、と。
それはスペースにも充分に理解できることではあった。
ということで、スペースはすごすごと帰っていくしかなかった。
「今回の交渉は失敗だったな。ああ言われたんじゃ何も言えない」
艦長席でスペースは唸った。
傍らには副長ダークネスが無表情のまま立っていたが、口を開く。
「気を落とさないでください。あなたのせいではありません」
「おかしなことを言うね。君らしくもないよ、副長さん。失敗の責任はすべてキャプテンである私にあることは君にもわかっているだろう」
とたんに、ダークネスは気まり悪そうな顔を見せた。
「いえ、そのう、私はただ…」
「ただ…なんだね、ダーク?」
「……なんでもありません。あ、ちょっと、コンピューターに調べ物がありますので、失礼します」
慌てて自分の席に戻る彼を見て、スペースは笑った。
「逃げたな。本当に地球人というものは妙な性質だなあ。だが、オレはそんな奴が好ましい」
彼はそう呟くとテレサを振り返る。
「テレサ中尉。基地へ連絡だ」
「了解しました」
スペースは基地への連絡で、メリド星の状況を説明し、彼らがどことも手を結ぶということは恐らくないであろうこと、それもあり連邦の脅威にもならないであろうことを報告した。
「……しかし、あそこは何かと寄港地としては便利だったのですがね」と締めくくった。
基地への報告が終わって、さて、次の仕事へと気持ちを切り替えようとした時のこと。
「キャプテン! ちょっと待ってください」
「なんだ、テレサ中尉」
「ビラン帝国の軍艦がやってきます。その数……」
テレサが言いよどむ。
「もったいぶるな。早く言え!」
「すみません、その数、えっと…信じられませんが一隻です」
「なんだとっ?!」
彼は絶句した。
相手はあのビランだ。
なのに、なぜ?
奴らは我々が邪魔したのに激怒しているはずだ。
なのに、たった一隻だって?
彼はインターコムを叩きつけた。
「全員に告ぐ。只今から第一級戦闘態勢を維持。そのまま私の命令を待つこと。キャプテンより終わり……テレサ中尉!」
「はい」
「ビランはこちらに向かっているか?」
彼女はレーダーを凝視する。
「はい、こちらに向かっています……ですが…」
「なんだ?」
「……ですが、我々が目標ではないようです。メリド星です。ビラン艦は真っ直ぐにメリド星へ向かっています!」
「ビリー!」
スペースは叫ぶ。
「戻るんだ、最高速度でメリド星へ針路を取れっ!」
「了解!」
さらに彼はテレサに指示を出す。
「テレサ、基地へ連絡。我々はビラン帝国に攻撃予想されるメリド星を救出に向かうと」
「了解しました」
すると、いつのまにかスペースの傍らにダークネスが立っていた。
「キャプテン、考えてみますに、我々などの助けは彼らにはいらないのではないかと思われますが」
スペースは傍らの彼に顔を向ける。
「ミスター・ダーク。それは私も先刻承知だよ。しかしね、何かわからんが……うむ、第六感とでもいうのかな。そういうものが私を急き立てるのだ。彼らを助けに行け、とね」
副長は何かを言おうとして口を開きかけたが「キャプテン、メリド星です」というテレサの言葉にいったん口を噤み、スクリーンに赤い惑星が映ったところで「魅惑的だ」と呟いた。
それを聞きつけたスペースはチラリと副長に視線を向けたが、すぐにテレサに指示を出した。
「テレサ、メリド星を呼び出してくれ」




