第8章「竜の見る夢」第3話
ダークネスとテレサはソプラ星の草原に立っていた。
「ここは地球によく似ている」
ダークネスは思わず呟く。
故郷を離れてからずいぶんと時が経った。
それでも自分の故郷は忘れられない。
「ダークのいたところも草原が広がってたの?」
テレサの問いかけに彼は微かに頷く。
「大昔は高層建築が立ち並んでいたようだが、私の生まれた頃は懐古主義に戻っていく人々が多くてね、生活に自然を取り入れるようになっていった。そのさいに広がる草原もあちこちで見られるようになっていったようなんだよ」
「そうだったの」
ダークネスは広がる草原を見やる。
どこまでも続くその光景は、なぜか郷愁を誘う。
それは自分の見た幼い頃の光景というよりも、なにか魂に刻まれた太古の記憶を思い起こすような、そんな不思議な感覚だった。
そうやってしばらく二人は無言で佇んでいたが、テレサがその沈黙を破った。
「それで、ダークは何を調べようとしているの?」
「今にわかるよ。さあ、ついておいで」
そう彼は言うと歩き出す。
彼の向う先にはテティたちの住まう家並みが見えた。
二人が近づいていくと、建物の外にいた人々が集まってきた。
ダークネスは彼らに声をかける。
「私たちは銀河連邦軍の者です。ここの代表者はどなたですか?」
すると、一人の人物が前に出てきた。
背丈はそれほど高くなく、ダークネスより頭一つ分低い高さで、白髪で白いヒゲの一見老人のように見えた。だが、その人物の目の輝きが、年相応には見えず、もしかしたら意外と若いのかもしれないとダークネスは思った。
「あなたが代表者ですか」
ダークネスの言葉に彼は頷く。
すると、彼は周りにいる人々に手を振り、その場から解散させた。
ダークネスは続けて言う。
『私は宇宙戦艦ファイヤーバードの副長ダークネスと言います。少しお話をしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか』
ダークネスの口から発せられた言語は銀河公用語ではなかった。
もちろん、銀河連邦軍に属する軍人たちは公用語以外の言語も操る。
それには、今ダークネスが発した地球で使われている言語も含まれるのだが、今、彼が話した言葉は地球独自の公用語ではなく、地球のごく一部で使われている言語だった。
「ダーク、その言葉……」
「あなたにはわかるはずだ。あなたは、いえ、あなた方は地球人でしょう? しかも、少なくともあなた自身は日本人だ」
「えっ?」
テレサがびっくりして声をあげた。
テティ族の代表者も驚いた表情をしている。
それは彼がダークネスの言葉を理解している証拠ともなった。
「お話させていただけますね?」
ダークネスの問いかけに、代表者はゆっくりと頷いた。
それから、彼らは代表者の家に招かれた。
建物の見かけは粗末ではあったが、中は広くない一間だけとはいえ、清潔で居心地の良い、その住人の人柄が窺える空間となっていた。
三人がソファに座って落ち着いた頃になって、やっと代表者が口を開いた。
やはり若々しいしっかりとした声音だった。
「なぜ、私たちが地球人だとおわかりなったのですか?」
「そうですね。まずそう思うきっかけとなったのはあなた方テティ族の人々の顔写真を拝見したからなのです。実は私も地球人でして、それでどうしても実際のテティ族に接触したいと思ったのです。そして、あなたに対面した時、確信しました。それも、私があなたと同じ日本人の血を引いていたからなのだと思います。自分の中の日本人の血があなたに反応したというか、うまく説明はできないのですが、あなたを拝見していると、とても懐かしい気持ちがするのです。どうしてでしょうね。とても困惑しています」
ダークネスはそう言うと、少し顔を赤らめて口ごもる。
「もしかしたら、あなたは私の親戚だったのかもしれませんね」
「え?」
突然、不思議なことを言われ、ダークネスは目を瞬かせた。
すると、代表者は驚愕な事実を喋り始めた。
「私の名前はタナカノブトシと言います。タナカは姓です。もう遠い昔となり、あの当時の親戚たちのことはほとんど覚えてはいませんが、あなたによく似た人が親戚にいたような覚えがあります」
「え…それはどういう…?」
「私たちは地球人であっても、この時代の人間ではないのですよ。今から数千年前の地球から時間の歪みに落ちてここまでやってきたのが真相なのです」
タイムトリップ。
そんなことが実際ありうるとは、誰が想像しただろう。
聞けば、タナカは当時の地球でいうところの20世紀と言われる時代から飛ばされてきたという。
「あの頃は蒸発者がけっこう多くてね、まあ、そのほとんどが何かの犯罪に巻き込まれてというやつだったのだろうが、確実にこういった不思議な現象で未来に飛ばされたとか、あるいは、異世界に飛ばされたという者もいたのかもしれません。ここにいる者達は未来に飛ばされた者達です。私は日本人でしたが、アメリカ人やドイツ人といった者達もいました。当時の地球では、同じ地球人といっても同じ言語を話さないものでしたから、ここに飛ばされた最初は我々の中でもなかなか意思の疎通ができず苦労したものでした。ですが、同じ境遇同士です。しだいに手を取り合って意思の疎通を図り、そして、ソプラ星の人々とも努力の末、手を取り合うことができました」
誇らしげにそう言う彼を眩しそうに見つめるダークネス。
それでも彼は聞かずにいられなかった。
「あなた方は、元の時代の地球に戻りたいと思いませんか? というか、ソプラ星ではなく、今の地球に行きたいとは思いませんか?」
タナカは開いていた目を閉じる。
「最初は元の時代の地球に戻りたいとみんなが思っていたよ。家族と引き離されて飛ばされたものがほとんどだったからね。だが、物理的にそれは無理だ。みんな絶望したよ。それでも我々は生きていかねばならない。そんな時にこの星の人々は私たちのことをいろいろ心配してくれて、そして受け入れてくれた。地球が存在することがわかった時にはもうここでの生活に慣れてしまった時でもあったからね。だから、我々はここに骨を埋めることにしたのだ」
「そうでしたか」
ダークネスは頷いた。
それでも彼はもう一つ聞かないではいられなかった。
「タナカさん、あなたは今幸せですか?」
目の前の白髪の人物はじっとダークネスの目を見つめ、ゆるぎない声で言った。
「ここで愛する家族もできました。今ではここが私の故郷です。これ以上ないくらいに幸せを実感しています。私は、私たちは幸せです」




