第7章「はるかなる星より宇宙の運命によせて」第7話
しばらくの間、ハーケンは村に留まり、人々と交流をすることになった。
村にはカイム以外にも高齢の男性たちが50人程度しかおらず、カイムと同年代の男達は20人くらいしかいなかった。それ以外は70代がほとんどで、彼らはすでに余生を送っているといった感じでそれほど活気はない。
土地は本当に荒れ果てていて、近くには海もあるようだが、昔のような青さはないということだ。
かつては山とか森とか林とかもあり、緑豊かな場所だったようだが、それも失われてだいぶ経つ。
「それでも海の近くに大昔の施設が残されていて、どうやら資料館のようなものだったらしく、入ってみたことはあるが、そういった痕跡はほとんど残っていなかった」
カイムがそう言った。
実はカイムはもともとこの土地の人間ではなく、海を越えた遠い土地からやってきたという。ほとんど遭難といった形でこの土地に流れ着いてきたところを村の者達に助けられたということだ。
「当時の村長にとても世話になってね。その村長の娘がティムたちの母親だったんだ」
この土地の者達はみんな黒髪黒目で肌も小麦色で、カイムのように金髪で薄茶色な目と色白な人間は見たことがなく、最初は気味悪がられていたが、村長はカイムを手厚く世話をし、そして彼の娘もカイムにとても懐いていたので、それが功を奏して村人たちも徐々にカイムを受け入れるようになったという。
そして、とうとうハーケンが旅立つことになり、別れの場でノンニーナは悲しそうな顔で頼み込んだ。
「ハーケンおじさま、本当にここに残らない?」
「ノンニーナ、それはできない」
「どうしても?」
「ああ」
ハーケンの意思は固かった。
彼の言葉に彼女はポロポロと涙を流す。
ハーケンの心は軋むように痛んだ。
ノンニーナにとってハーケンは初めて接した男性だっただろう。
恐らく彼女にとってこれが初恋なのだ。
ハーケンにも覚えはある。
初恋は実らないものだ。
特に、自分のような生産性もない者にとって、大昔のような婚姻がゴールインといったようなものは当然無く、ひと時の情事を楽しむだけのようなそんな恋愛をとてもじゃないが大切な相手とするわけにもいかない。
過去に何度かそういった本気の恋愛を経験したこともないわけではなかった彼であったので、別れの辛さというものもそれなりに経験してきたのだ。
(そんな思いをこの娘にさせるわけにはいかない)
愛しているから離れるしかない。
こんな決意をするのは初めてだったハーケンだった。
「幸せになるんだよ」
ハーケンは手をのばし、愛しい女の頬を優しく撫でた。
それを彼女は両手で触り、ふるふると首を左右に振る。
「おじさま……おじさま……ハーケンおじさま……」
まるで壊れたオルゴールのように彼女は愛する男の名前を呼んだ。
それからハーケンは宇宙船へと乗船していった。
ところで、ハーケンとともに村の男たち、70代以下のカイムを含む20人の男たちもハーケンの船に乗り込んだのだった。
70代以上の男たちは自分たちの体力の衰えをわかっており、老い先短い自分たちはほどなくその生涯を閉じるだろうとわかっていたので、この場所に残ることにし、カイムたちは新しい世界を夢見てハーケンとともに旅立つことにしたのだ。
ハーケンたちの乗った宇宙船は飛び立った。
それをいつまでも見送ったノンニーナは、いつまでも涙を流し続けた。
宇宙船が消えてしまっても、彼女はその場から離れようとせず、立ち続けた。
「ノンニーナ……」
それを心配して傍から離れられないティム。
隣にはアドルフが辛そうな表情でその二人を見つめていた。
他の村人たちはすでに自分たちの家に戻ってしまい、今は三人しかそこにはいなかった。
「僕は間違っていたのだろうか」
突然、アドルフが呟いた。
その呟きに気づいたのはもちろんティムだ。
「アドルフ、どうした?」
「僕は自分のことしか考えていなかったのだな」
「?」
「世界は……僕は、もう永くない。だが、どうにかして生き永らえたいと思って、それで彼女を呼び寄せた」
アドルフは宇宙船が消えて行った空を見上げる。
「本来なら、ノンニーナとティムは初めて出会う異性同士として愛を育むはずだった。だが、人の心はままならない。まさか、彼女が他の異性を愛してしまうとは思いもよらなかった。本当に僕は愚かだな。だからこそ、僕の命は潰えるのか。それもしかたないか」
「アドルフ?」
ティムは淡々と語る兄弟を不思議な物を見るかのように見つめた。
すると、ゆっくりとノンニーナが振り返る。
彼女もまた不思議そうな表情をアドルフに向けている。
「僕の名はアドルフ・ジン。ティム、君の兄弟ではないんだよ」
「え…?」
「僕はね、この世界そのものなんだ。君たちにわかりやすく言えば、神という存在みたいなものか。僕はね、どうやらもう永く生きられないようなんだよ。この世界のほとんどの場所で新しい命が生まれないのもそのせいなんだ。せめて、新しい命を産みだせる人達を娶せるように働きかけはしてはいるんだが、どうやら、それも無駄なように感じている」
彼の言葉にティムとノンニーナは吃驚した。
「そんなっ! 僕は物心ついた時から君と一緒だったぞ。父だってちゃんと母から僕達が生まれたって言ってた」
「それはそう思わせただけに過ぎない。そういうことが我々にはできるんだよ」
「信じられない…」
「それはそうだろうが、これが真実なんだ」
すると、アドルフ・ジンはノンニーナに視線を向けた。
「ノンニーナ。君はハーケンを愛しているんだね?」
その言葉に彼女は頷く。
「そうか。ならば、待っているがいいよ。彼らはきっとここに戻ってくる。世界の中心であるこの青く美しい星に。僕の姉を連れて」
「お姉さん?」
ノンニーナがかわいらしく小首を傾げた。
それを慈愛のこもった眼差しで見つめ、アドルフは力強くうなずいた。
「姉はこの星を心から愛しているからね」
彼はまるで愛しい人を語るように愛をこめてそう言った。




