第7章「はるかなる星より宇宙の運命によせて」第4話
「ふむ、これでよし、と。ヒル、あとはおまえにまかせたよ」
ハーケンはブラッド星からかなり離れた宙域にくると自動操縦に切り替えた。
「お任せを、キャプテン。しかし、進路は?」
「それはもうちょっと待ってくれ」
「了解」
向かう座標はノンニーナをヒルと繋げなければわからない。
その前に彼は彼女と少し話をしたいと思ったのだ。
コクピットを出ると彼女のいる船室へと向かった。
「ノンニーナ?」
船室に入って彼女を呼ぶ。
すると、彼女は椅子に座ったまま気を失っていた。
ハーケンは慌てて駆け寄り、ベルトを外し、近くにあるベッドへと彼女を横たえた。
そうしてから、彼は少女の血の気の引いた顔をさすっていると、しばらくして彼女は目覚めた。
「ちょっと君にはきつかったかな。どうだ? 大丈夫か?」
ノンニーナはニッコリ微笑んだが、まだ少し顔色は悪かった。
ハーケンは彼女を心配しつつも、言葉を続ける。
「まだ本調子ではないとは思うが、我々はどこに行けばいいのか教えてほしいのだ。君は向かう先の座標はわかるのか?」
その問いかけに彼女は頭を振る。
「私をコンピューターに繋げてください」
そして、ベッドから立ち上がろうとしたが、それをハーケンは制止し、彼女を抱きかかえ、部屋から連れ出した。
再びコクピットへと戻るとノンニーナを座席に座らせた。
「ヒル。端子を」
「了解、キャプテン」
ハーケンはヒルの出した端子を手際よく彼女に取りつけていく。
すると、取りつける最中にノンニーナが「よろしくお願いします、ヒルさん」と言う。すると、ヒルは「おまかせください、小さなお客人」と答えた。
ハーケンは、ふっと表情を和らげた。
(ヒルはどうやらノンニーナを気に入ったようだな)
「では、分析、始めます」
ヒルがそう言うと、しばらく沈黙が訪れた。
それから数分後、「分析、完了しました」というヒルの声で沈黙が破られた。
「そうか! で、どうだ? 目的地は?」
「ミラキウィ星雲のテイア星のようです」
「なんだって?」
ノンニーナが目を開ける。
「おじさま?」
彼女は自分の頭に取りつけられた端子を外すと、不思議そうな表情をハーケンに向けた。
ハーケンは彼女に顔を向けると複雑そうな顔をした。
「どうして我々人類の故郷に君が向かおうとしているのか、たぶん、君に聞いてみてもわからないんだろうな」
彼のその言葉に彼女は頷く。
「おじさま、わからないの。でも、物心ついた頃から、どうしてか私は故郷に行かなきゃいけないって思うようになって……」
「そうか、しかたないよな。君にもわからないことなんだから」
彼はそう言うと、ノンニーナの頭を撫でた。
「とにかく、向かってみよう。テイア星へ」
きっと、そこにいけばすべてがわかる。きっと。
そうハーケンは思うことにした。
彼らが向かうことになったミラキウィはオンディラーダの先祖がもともといた星雲だ。そして、オンディラーダに散らばった人類のほとんどがそのミラキウィで繁栄をほしいままにしていたテイア星の人間たちの子孫なのだ。
「だが、なぜだ。なぜ、そこにノンニーナは行かなくちゃならないんだ。あそこはもう滅亡して誰もいないはずだ」
自室のベッドに寝転がってハーケンは呟く。
いろいろ考えてみたが、まったく想像もつかない。
「それにしても……16歳か…」
ノンニーナは16になるという。ブラッド星では初潮を迎えた娘は成人と見なされ、生殖能力のある者はその時から性交を余儀なくされる。
だから、本来ならノンニーナもすでに性交しなければならなかったはずなのだが、女王がそれを阻止していたようだ。だが、それももう阻止できない状況になるところだったこともあり、藁にもすがる思いでハーケンに連絡することにしたということだったのだ。
ノンニーナは実にいい子だと彼は思う。
彼女はまるでこの世には何も悪いものはないといったような顔で無邪気に微笑むのだ。
もし、本当に天使なんてものがいるとしたら、それは間違いなく彼女のことだろう。
ところでハーケンは生殖機能を持たぬ人間だ。
もし、あったとしたら、こんなふうに気軽に生活のできる宇宙商人になどなれなかっただろう。
ハーケンは職業上、様々な女性との付き合いは豊富である。
それでも、生殖機能を具える女に出会ったのはブラッド星女王ラテスとノンニーナだけである。それはそうだ。生殖機能を具えた人間はおいそれと一般的な生活などできないものだ。それに、ノンニーナのような無限生殖できる者は皆無である。そうそうお目にかかれるものではない。
だから、今まで女とはただの生物としてしか見てこなかった。
もっとも、時には双方合意の上での身体を使った交流をし、性の楽しみを共有するということもあったのだが。
ところが、彼は今、生まれて初めて本当の「女」を目の前にしていた。
最初はノンニーナの「女」という性に興味を持ち、そして、その彼女とこの短い間に親しくしていくにつれ、彼女の純粋さに強烈に惹かれていき、地獄のような苦しみに苛まれることになったのである。
「俺は彼女をどうやら愛してしまったらしい」
そうなると、健康な大人の男として、どうしても手を出したくなる。
オンディラーダでは極端な少子化ということもあり、フリーセックスが奨励されていた。なので、ハーケンも性に関しては気軽さをモットーにし、誰彼かまわず気にいった相手がいれば即性交という生き方をしてきた。
だが、その相手がノンニーナでもできるかといったら、不思議と手を出しにくいのだ。
誰が見ているわけでもなし、もし、彼女もその気になってくれれば、とは思うのだが、なぜか、どうしても彼女には手が出せない。
と、その時。
船内に鋭い悲鳴が響き渡った。
ノンニーナだ。
ハーケンは自室を飛び出すと、彼女の船室に向った。
「どうした、ノンニーナ!」
彼女はベッドでタオルケットを掴んでしきりに首を左右に振っていた。
ハーケンは急いで彼女に近づくと、震える彼女の身体をギュッと抱きしめた。
「おかあさまが……おかあさまが……」
彼女は呟くようにそう繰り返すだけで、ハーケンが理由を聞いても首を振るばかりだった。
後に知ることになる。
この時、ブラッド星で暴動が起き、生殖機能の具わった人間を逃がしたことを知った者達が宮殿を襲い、女王ラテスを死に追いやったことを。
ブラッド星はその後、生殖機能を持った人間を奪い合って、戦争に突入し、後に滅亡したという。




