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ノナビアス・サーガ  作者: 谷兼天慈
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第6章「青い惑星の上で」第9話

「ジューク、私が誰かわかりますか?」

 ノノ・アリサがコンピューター・ジュークの前でそう言った。

 彼女の横にはギル・バートがいる。

「姿だけ見れば私の見知っている人ではありませんね。ですが、私の許可を得ずに船内に転送してくることができるということは、一人しかいません。あなたはキャプテン・ノンですね。そして、そちらの方はトミーでしょう」

 ジュークの答に満足したように頷くと、ノノ・アリサとギル・バートはその姿を変容させていった。

 そして、完全に元の姿に戻ったノンは続けて喋り始める。

「本当なら一緒に旅立った仲間たちが天寿を全うするまではここを旅立つつもりはなかったの。でも、のっぴきならない状況になったので、私とトミーはここを旅立つことにしたの。どうか、私とトミーを地球まで連れて行ってくれませんか?」

 そう言う彼女にジュークは質問で答えた。

「あなた方にとって船は必要ないのではないですか?」

 それに対してノンは頷いてみせる。

「ええ、そうね」

「ジルベスターに来るまでは地球の仲間たちがいたから船は必要だったでしょうが、あなた方二人にとってはその身体一つでどこにだって行けるはずでしょう」

「私にもどうして希望号を必要としているのか、明確な答えを持っているとはいえないのだけど、なぜかしらね、あなたとは離れがたいというか……もっとも、私というよりはトミーの方があなたとは一緒にいたいと思っているようよ?」

「ノン!」

 トミーが慌てて叫ぶ。

「そういうことでしたら、僭越ながらお供いたしましょう。私もトミーとは離れがたいですから」

「!!」

 さらにトミーが声にならない叫び声をあげた。



 その日、スプリンガーとシンゾウは地下都市から地上にやってきて、希望号が沈んでいる湖の湖畔に立った。

 そこには仲間の一人であるハヤトの墓標がたっている。

 複雑な表情で墓碑銘に刻まれた名前を見つめる。

 自分の弟が殺めてしまった命だ。

 その弟もすでにこの世には存在しない。

 あれからどれほどの時が過ぎたのだろう。

 故郷は今でも地球の傍に存在しているのだろうか。

「ハヤトはあなたの弟さんの手にかかって亡くなったんでしたよね」

 シンゾウが呟くようにそう言った。

「どうしてそんなことになったんでしたっけ?」

「それが……どうも記憶があやふやで。コールドスリープの影響ではないかなと思っているんだが」

 記憶については、そのことだけではなく、いろいろと抜けている事柄があることは確かだ。他の仲間たちはそういうことを考えたことはないらしく、今までにも聞いてみたことはあったのだが、それらしい情報は得ていない。

「僕も何だか大切な何かを忘れているような気がするんだよね」

 だから、シンゾウからそういった答えを聞いて、やはり自分たちには何かが欠けているようだという思いがどうしても抜けきれないのだ。

 心の中にぽっかりと穴が開いているような気持ちが日に日に膨れていくようなそんな心もとなさ。まるで稚い子供が母親を求めるようなそんな遣る瀬無い気持ちが。

 すると、シンゾウがふっと顔を上げ、広がる湖を眺めながら心もとない声で言い始めた。

「以前はこんな気持ちになったことはなかったのだけど、最近ではその大切な何かが何だったのかがどうしても気になってしまってしかたないんだ。ほら、僕らはここに辿り着くまでずっとコールドスリープしてきたわけで、こう思うのも馬鹿げたことなんだけど、もしかしたら僕らはまだ旅の途中で、希望号の中で眠り続けていて、今ここに立っているのもここで経験した出来事もすべてが夢なんじゃないかってね」

 シンゾウの言葉にスプリンガーはギクリとした。

 と同時に、彼の記憶の中である人物の姿が浮かび上がろうとしていて、だが、すぐにその影は霧の中に紛れてしまうように消えて行った。

(あれは誰だ?)

 彼はその姿を捉えようと必死になって何かを思い出そうとしたが、とたんに頭がズキズキと痛みだし、思わず「うっ」と小さく呻いた。

 と、その時。

 大地が揺れた。

 見ると、湖から何かが浮上してこようとしている。

 大きな水飛沫とともに巨大な船が姿を現した。

「希望号!」

「……どうして…」

 二人が固まって見つめる中、その雄姿を見せつけて希望号はどんどん浮き上がって行く。

 だが、一瞬、船体が止まった、ように思えたが、すぐに船は浮上していく。

 そして、あっという間に希望号は空の彼方へと消えていったのだ。

 茫然と消えていく船を見つめていたシンゾウの傍らで、スプリンガーはなぜか涙を流していた。

 それは、とてもとても大切な何かを失ったようなそんな辛い気持ちを感じたからだった。だが、それが何なのかわからなくて、さらに辛さが倍増した。

 いつかそれが何なのか、わかる日がくるのだろうか。

 いつかそれを取り戻せる日がくるだろうか。

 そんな思いを抱えて、彼はもう何もない空を見つめ続けていた。


「ノン……」

 希望号のメインスクリーンに映し出された湖畔の墓標に佇むスプリンガーとシンゾウを見つめ続けていた彼女にトミーは声をかけた。

「トミー、私はスプリンガーを裏切ってしまったことを後悔しているのかしら。私はどうしてもわからないわ。彼のことを好ましく思ってはいたけれど、どうしても運命の相手とは思えなかった。それでも、そのことがつらいみたいなの。私は彼を愛したのかしらね。愛ってそんなにたくさん持てるものなのかしらね」

「……それは私にもわからないわ、ノン。私もベナードの気持ちに応えてしまったけれど、それも愛なのかどうかわからなかったし。でも、だって、私たちは運命の相手を探し出して添い遂げなくちゃならないわけでしょ。だとしたら、たくさんの人と愛し合わないと運命の相手なんて見つからないわ。だから、いいのよ、愛のために苦しんでも。それが私たちの生きていく異議なんだから」

「そうね…そうよね」

 ノンは消えゆく彼らを見つめながら呟いた。

「何だかずっと未来にまた会えそうな気がする……」

 それはスプリンガーのことか、シンゾウのことか、呟きを耳にしたトミーは問いかけなかった。

 そんな希望号はどんどんジルベスターを離れて行った。

 地球から一緒に旅してきた仲間たちをこの青い星に置き去りにしたまま。




 宇宙に憧れて、母なる地球を離れた子供たちは今も遙か彼方の惑星で生きている。

 父や母、兄弟たち、そして共に学んだ友人たちはすでにこの世にはいないだろう。

 それほど永い間、旅してきたのだから。

 そして彼らはようやく安住の地を見つけたのだ。

 冒険の旅路は終わった。

 だがまた新しい冒険をこの惑星で見つけ、彼らは第二の人生を送っていく。

 

 この青い惑星の上で───

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