第6章「青い惑星の上で」第8話
「あ……」
その時、スプリンガーが小さく声をあげ、立ち止まった。
彼は自宅に帰るところだった。
その彼に声をかける者がいた。
「あ、おじさん、今家に帰るとこ?」
それはミーユの娘であるノリスだった。
傍らにはシンゾウの息子であるダナーもいて、スプリンガーに軽く会釈をした。
「おや、君たちだけかい?」
彼がそう言うとノリスが首を傾げる。
「え?」
それからスプリンガーは誰かの名前を言おうとしたのだが、それが出てこなくて自分も首を傾げた。
「スプリンガーさん、大丈夫ですか?」
ダナーが心配そうにそう言った。
「ああ、うん、たぶん、大丈夫だ」
そんな心もとない反応をしたので、ノリスがさらに心配して声をかける。
「もーおじさん、独りでいるからそんななのよ。誰か素敵な女性と一緒に暮らしたら?」
「そうだなあ」
彼は生返事でノリスに応えた。
そう言いつつ、スプリンガーは二人と別れて家路についた。
その夜、スプリンガーは「地球会」へと赴いた。
ミーユのパートナーであるダートン総統の別荘でいつも開かれる、いわゆる飲み会である。地球出身者たちが月一で開いて、かつての故郷を偲ぶというもので、スプリンガーは地球の出身ではなかったが、同じ船で旅をしたということもあり、仲間扱いをしてもらっていた。
「そういやさあ、スプリンガーって誰とも子供作ってねーのな?」
時が進み、ほとんどの者達が酔っ払いと成り果て、そのうちヤスオが静かに飲んでいたスプリンガーに絡み始めたのだ。
「俺らの居住権獲得の条件にもなってる子作りやってねーのあんただけだろ」
「………」
スプリンガーは反論しない。
この手に反論すると必ずこじれることがわかっているからだ。
だが、その泰然とした態度が気に入らなかったらしい。
「いいじゃん。簡単なことだろ。気持ちいーことして受け入れてもらえんだからさー。あんたもいい思いすりゃあいいじゃんかー。それともあれか、心も繋がらないとダメーってやつ?」
「…………」
スプリンガーは飲み物のグラスをギュッと握りしめた。
それを見たのか傍にいたノブオが助け船を出す。
「ヤスオ、よせよ。スプリンガー、こいつは僕にまかせて、外の空気吸ってきたら?」
「ああ、ありがとう」
スプリンガーはミーユ自慢の庭に出てみた。
地下ではあるので外というのもおかしな話だが、ジルベスターではそれが当たり前で、完全管理された外はまるで本当の外界の夜という体を装っていた。
見上げてみれば見事な星空で、彼は束の間、故郷の砂漠の星に思いを馳せた。
もう何万年も前の話ではあるが、彼にとってはそれほど昔という気持ちは持っていない。
その時、誰かが彼に近づいてきた。
気配を感じて振り向いてみれば、そこにはシンゾウが立っていた。
「ちょっといいかな」
飄々とした雰囲気でシンゾウは近づいてき、頷いたスプリンガーは庭に設置されたベンチに座った。シンゾウもそれに倣う。
しばらく無言でいた二人だが、その沈黙を破ったのがシンゾウだ。
「あまり気にしないほうがいいよ」
「……ヤスオのことか」
「うん、まあ、そのこともだけど」
スプリンガーはひとつため息をつく。
それからもう一度空を見上げると言った。
「それでも自分の気持ちを押し通すのが果たしていいことなのかどうか、何だか最近では自信が持てなくなってきているんだよ」
シンゾウはそんなスプリンガーを黙ったままじっと見つめる。
「昔の私はダートン総統と同じ立場で、ひとつの星の統率者だった。それなりに自信も持っていたはずだ。覚悟を決めて君らについて旅立ったわけだ。それが、最近では本当に心もとなくて、ヤスオにああやって非難されるのもしかたないかなとも思っている」
彼はうつむいて苦悶の表情を浮かべた。
「本当にどうして私は故郷を捨ててまで君らについてきたんだろう」
「それなんだよね」
突然、シンゾウが言い始めた。
「以前はあなたが僕らと一緒にいることにまったく不審もなく思ってたはずなんだけど、最近ではどうして僕らは地球を飛び出して旅を始めたのか、そして、どうしてあなたが僕らの仲間になったのかを何となく変だなあと思うようになったんだよ」
彼はスプリンガーに真剣な顔を向けて続けた。
「他の仲間たちにそれとなく聞いてみても明確な答えは出てこなくて、こんなふうに思う僕のほうか変なのかなとも思ってた。あなたが何かの違和感を感じているのを知って、やはり僕の感覚は変じゃなかったのかなと思う」
「そうか。君もか。私だけではなかったのだな」
すると、シンゾウはひとつの提案を示した。
「ねえ、スプリンガー。今度、僕達が乗ってきた船が沈んでいる湖に行ってみないか」
「希望号か」
「そう。あの船はジュークという生体コンピューターが搭載されているけど、僕らがこの星に着いてからは一切の連絡を断っているよね。僕らはもうどこにも旅立つつもりはないので、あの船はもう僕らには必要ないものだけど、ジュークは何かを知っているような気がするんだ。何とか接触できないものか、湖に行ったからってどうにかなるわけではないけど、行ってみるのもいいかなと今は思ってるんだよ」
シンゾウの言葉にスプリンガーは頷く。
「そうだな。何か進展があるかもしれないな」




