第5章「コンピューター・ジューク」第3話
それからもソフィーアは息子の傍を離れようとはせず、毎日毎日、話し続けた。彼女は自分の子供の頃のことから青春時代のこと、ジューケイダーとの恋愛話まで、余すことなく話した。
「ふふふ…そういえばね」
ある時、突然、彼女は笑い出した。
実に楽しそうな笑い声に、ジュークは興味を示す。
「どうしたのですか、お母さん」
「うん。思い出したのよ、あなたのお父さんに初めて告白した時のことを」
「おや、お母さんからアピールしたのですか」
「ええ、そうよ。あなたのお父さんってほんと不器用な人でね、好意は持たれてるなあって思ってはいたんだけど、いつまでたっても煮え切らない態度だったのよ。だから、私から告白したの。ショコラ祭でね」
「ああ、いつか話して下さった、ショコラを渡しながら告白するっていうやつでしたね」
「そうそう。そのショコラ祭」
ソフィーアは「ふふふ」とまたしても笑う。
ショコラ祭。それは彼らの故郷である星の祭のひとつで、その祭でショコラという甘いお菓子を男女ともに密かに好いた相手に贈って気持ちを告白するというものだった。
「私はね、お店で買ったものじゃなくて自分で作ったのよ。それを彼に渡して詰め寄ったの。私のことどう思ってるのよって。彼ったらほんっとびっくりしてたわねえ。今でもその時の彼の固まった表情を忘れられないわ」
「何だか、想像がつきますね」
「あら、おまえもそう思う?」
「はい。とても微笑ましい二人の様子が目に浮かぶようです」
「…………」
「お母さん?」
頬を染めて黙り込んだソフィーアの様子が気になって、ジュークは心配そうな声をあげた。
「ああっと…なんだかね、ジュークは私の子供なのにね、まるで対等な大人と話してる気分になってきたわ。考えてみたら、親の赤裸々な恋愛話なんて、子供は聞きたくないんじゃないかなって思ってしまったの。ましてや、おまえは男の子でしょ。私なんかは女だから、昔は好奇心で親の恋愛話は聞きたがったものだけど、他の男の子なんて、やっぱりそういう親の話は聞きたくないって言ってたなあと思い出したの」
なるほど、そういうものなのかとジュークはひとつ知識を得たと単純に思ったものだった。
その後、母ソフィーアがいない時にやってきた父親にその話を振ってみたら、ジュークの父親は苦笑しつつ教えてくれたことがこうだ。
「まあ、確かに私も子供の頃、というか、10代の頃は親の恋愛話などは聞きたくなかったな」
そうジューケイダーは言うと、何かを思い出したのか、ふっと笑った。
「ショコラ祭か。懐かしい。そうだな。ずいぶん前から私も彼女のことを憎からず思っていたのだが、私のためにとわざわざ手作りをしてくれたと歓喜したものだった。ただ、まあ、その……」
彼が言葉に詰まったのは、実はそのショコラがあまりにも不味かったということだったのだ。
「彼女はそういう才能はなかったのだな。どうしてそうなるという料理しか作れない人だった」
そう言いながらもジューケイダーの目は細められ、過ぎ去りし日のかつての思い出に思いを馳せているようだった。
また、ある日の母ソフィーアは「そういえば」と話を始めた。
「故郷の自然はそりゃあ美しくてね、できればおまえにも見せてやりたかったわ」
「インプットされたデータには膨大な資料の中に故郷の自然やあらゆる場所の写真もありましたよ」
「うん、それはそれ。やっぱり自分の目で見てもらいたいって……あ、ごめんね」
生身の目でジュークが何かを見るということはできないことを彼女は気づいたようだった。
「大丈夫ですよ。一度でも自分の目で見たことがあったとしたらまた別でしょうけれど、私はそうではないですからね。だから、気にしないでもっと自然について聞かせて下さい」
「うん。そうね。ごめんね。気を遣わせちゃったね。ええと、ああ、そうそう。私とジューケイダーは子供の頃から付き合いのあるご近所さんでね、いわゆる幼馴染だったのだけど、その延長でお付き合いするようになったのね。まあ、私が猛アタックしたわけだけど。私としては、できればこのまま大人になって結婚もしたいって思ってたから、ずっとこの関係が続けばいいなあって思ってたのよね」
そこで、彼女は考えた。
そういえば、自分たちの生まれたその土地には、昔からまことしやかに囁かれていた噂があって、町の外れにかかるとある橋にまつわるものだった。
「その橋でね、日没の瞬間に橋の上でキスをすると永遠にその二人は結ばれるって言われていたのよ。だから、とある日の日没寸前にその橋に彼を呼び出したの」
後にその話もジューケイダーにふってみた。
すると、やはり母親の話してくれたこと以外にもっと別の逸話があった。
「確かに橋の上でキスをするっていうのは間違いないのだが、彼女は何を思ったのか、永遠の愛を誓うのを見届けてもらうということで、互いの友人までも呼び出していたんだよ」
そう言うとジューケイダーは苦笑しつつ話を続けた。
「これには友人たちも呆れていたし、私もさすがに他人の前で彼女に口付るのも躊躇したよ」
「お母さんはずいぶんと独創的な人だったのですね」
「まあ、それはそうだな…」
それでも父は母を深く愛しているのだなと息子は思ったのだった。




