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ノナビアス・サーガ  作者: 谷兼天慈
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プロローグ「地球─テラ─」第4話

 彼女は、縹渺と広がる砂漠に、たった一人佇んでいた。

 そよとも吹かない風、太陽に照り付けられ黄金に輝く砂、砂、砂の果てしない連なり。まるで彫刻のようにじっと動かない砂で形作られたオブジェ。

 彼女は──ノンは魅せられていた。

 果てしなく広がるこの空間を、彼女はこの上もなく愛しいと感じていたのだ。

 そして、そんな彼女に少しづつ近づいてこようとしている者がいた。

 若者だった。

 それは、がっしりとした体躯、漆黒の髪と瞳のシグマードだった。

 彼が傍までやってきても、彼女はじっとして動かなかった。

「砂なんて見て、おもしろいか?」

「惑星中が砂漠なのよね……」

 ノンは、シグマの皮肉交じりの言葉にも動じず、悲しげに答えた。

「そうだよ。いくらブラックホールがなくなったからって、ここの自然は戻ってきやしない」

「そうね」

 シグマは驚いた。

 今のノンはやけに素直だからだ。

 彼はノンの隣に立って、自分も遠くのうねを眺めた。

「自然を元通りにする英図も取っていくだろうけど、たぶん俺たちが生きている間に、ここが緑溢れることはないだろうね」

「辛いわね」

「…………」

 ノンが驚くほど優しい眼差しでシグマを見つめたので、彼はどぎまぎしてしまった。慌てて話をそらす。

「きっ…きみ…君のいた地球は、どっ、どんなとこなんだ?」

 ノンは、そんな彼によりいっそう優しい微笑を投げかけた。

「とってもキレイな星よ。青くまぶしい空、エメラルドグリーンの海、色とりどりの植物たちはすべての生物の友達だし、人間たちも様々な人々がいて……そうそう、あのダライウスのような悪い奴もいるけど、でも、それもある意味個性よね。とにかくステキなところよ。あなたにも見せてあげたいわ」

「………」

 シグマは、生き生きと地球のことを話す彼女を、感嘆の思いで見つめていた。

(君もステキだ…)

 思わず心で呟く。

 彼は、本当の彼女を見た──そんな気がした。

 そして、ノンもまた、上気した表情で自分を見つめるシグマを、ちょっと恥じらいながら見つめ返した。

「私ね。あなたを初めて見た時、とっても懐かしいって思ったの。その……、何だか愛しい人にようやく巡り逢えた──そんな感じなの。なぜかしらね」

 ノンは、そう言うとジッとシグマの目を覗きこんだ。

「おっ…俺もだ!! なっ…なんでだろう?」

 シグマは叫んで、照れたのかノンから目をそらし、うつむいた。

 ノンはというと、彼女もシグマから目をそらし、広がる砂漠へと目をやった。


「だけど、たとえ私たちが、過去か未来かに何らかの関係があったとしても、今は今よ。私は現在の私を見て欲しいし、私もそうしたいわ」

「そうだね」

 シグマはそう答えた。

 そして、再び自分を振り返ったノンと微笑を交わした。

 彼は、彼女のキリリと吊り上った大きな目、濃い茶色の逆立った髪、断固とした意志を窺わせるその口元をまぶしそうに見た。

 決して、たおやかな少女ではない。男勝りでいることに誇りを持つ、そんな気骨の持ち主のようだ。

 その彼の気持ちを感じたのか、ノンは強気に言う。

「私は、自分がトミーのように女らしいとは思っていないわ。男の人が寄りつこうとしないのも全然気にしない」

 だが、すぐに表情が弱々しくなった。続けられる言葉も呟くように小さい。

「でも…私もやっぱり女なのよね。好きな人には振り向いて欲しい──そう思うわ」

 そんな彼女は、実に艶かしい。

「……………」

 見つめるシグマは、胸の鼓動が速くなっていくのを感じた。それは初めての経験で、とても快い。

 そして、思わず叫んでいた。腕を振り回しそうな勢いで。

「君は十分魅力的だよ! 他の男どもは、君の良さがわからない、大馬鹿者ばかりだっ!」

「ありがとう」

 ノンはにっこり笑った。

「あなたって、けっこう優しかったんだ。ごめんなさいね。いろいろ憎まれ口叩いちゃって」

「そんなこと……」

 シグマは顔を赤らめて、照れくさそうにぷいっと横を向いた。

 そんな彼を見て、ノンはクスクス笑った。

「ねえ。私たちって、けっこういい感じかもね」

 彼女がそう言っても、シグマはまだ横を向いたままだった。

「ね、そう思わない?」

「ここにいろよ」

「え?」

 横を向いたままのシグマに、耳を傾けるノン。

 すると、シグマは一気に喋り出す。

「帰るなんて言わずに、しばらくここにいろよ。何だったらずっと帰らずにさ!」

「あっ!」

 突然、シグマはノンの肩をつかみ、自分のほうへ身体を向けさせた。

 熱く潤んだ目で見つめ、押し殺したような声で言う。

「……俺……君と別れたくない。もっと…もっと君のことを知りたくなってきた」

「シグマ……」

 ノンは嬉しそうに彼を見つめた。

 だが、彼女の表情には、そこはかとない哀愁が漂っていた。

 そして、そんな彼女の様子に、シグマはまったく気づいていないようだった。



 その頃、ユーフラテス星から遙か遼遠の彼方。

 その者は宇宙に漂うようにゆらゆら揺らめいていた。

 人間のような姿をしている───

 閉じられた瞳、つぐまれた唇、透き通るような色白の肌───衣服を身に着けていないその剥き出された肌は、まるで宇宙に同化しているかのように透明だった。

 まばゆいばかりの黄金の御髪は、まっすぐ定規で引かれたかのごとく一本の乱れもなく、たなびいている。

 一見、安らかに眠っているようだった。

 まるで毒りんごを食べて昏睡状態に陥った白雪姫のように、今まさに王子さまの口づけを待っているかのように安らかに。

 美しい───

 その瞼が開かれ、双眸が現れたら、さぞかし今以上の麗しい面が見られることだろう。

「…………」

 その時──何かの気配を感じたのか、彼女──と言ってしまっても差し支えないだろう──の、その閉じられた瞼がピクリと動いた。名だたる芸術家の作品のような、少しの狂いもない左右対称の眉が、不快そうに寄せられ、剥き出しになった、賢そうな額に金髪が一筋はらりと落ちる。

 そして───

「!」

 突然、カッとばかりにその瞼が開かれた!

 妖しいまでにギラギラと光る宝石のようなブルー・アイ。見る者を石に変えてしまうというメデューサの目もかくやといわんばかりの、あまりにも邪悪なその輝き。

「…………」

 彼女は微笑んでいた。

 だが、その微笑みは、悪魔をも平伏すだろうと思われるほどの戦慄を覚えるものだった。

「ふふふふ……」

 含み笑いが発せられた。何とも言えぬ美しい声色。

「感じるわ。ふふふ、また楽しくなりそうね」

 その声はとても美しいのに、すべてのものを凍りつかせんばかりの声音だった。

 そんな彼女の透き通った身体が、ゆっくりと移動を始めた。

 まっすぐ、だんだんと加速をつけていく。

 そして、その先には、ユーフラテス星がキラキラと輝いていたのである。


 ユーフラテス星の砂の大地に風が吹き出していた。

 黄色い砂が竜巻のように渦を巻いて舞い上がり、不気味に空を黄色く染めている。

 ヒョォォォ───という唸る音が砂漠を駆け巡る。まるで星が怯えたように泣いているようだ。

 それは、自分に危険が迫っているのを察知しているかのような感じにも思える。

「…………」

 そんな外の様子を、じっとみつめる少女がいた。ノンである。

 彼女は、ダークやシグマ、そしてトミーと、都市の緑地帯に寛ぎにやってきていた。

 緑地帯は都市の中心地にあり、その名の通り、緑溢れる広大な公園である。

 要所要所にスクリーンが設置してあり、好きな風景を楽しめるようになっていた。

 外の砂漠の風景も見られるようになっていて、今ノンたちはそれを見ているところだった。

「砂嵐が凄い」

 ダークが言った。それを受けてシグマも呟く。

「最近では見られなかったのにな」

 しかし、ノンとトミーは黙ったままだった。

 彼女たちは険しい表情でスクリーンを見つめていた。まるで、敵を睨みつけているように。

「どうしたんだい。そんな怖い顔して」

「!」

 ノンとトミーははっとした。

 シグマの心配そうな顔が目に入る。

 ノンは、安心させるように微笑んだ。

「何でもないわ」

 そして、彼女は立ち上がると、衣服についた草の葉をパンパンと払って言った。

「さあ、そろそろ帰りましょう」


 最高級のホテルらしく、品のいい家具の揃った一室。

 この建物には、ブラックホールからこの星を救うために集められた異星人たちが泊まっていた。本来はこの星の要人のためのホテルらしいのだが、今は彼らだけが泊まっていた。

 ノンは、複雑な意匠の施されたソファに気だるくもたれかかり、ぼんやりと考え事をしていた。

 目の前のテーブルには濃い水色の飲み物がグラスにいれられて、涼しそうに水滴がついている。

 レースのような模様のコースターにのせられたそれを、彼女はじっと見つめていた。

 見た感じでは、彼女がいったい何を考えているのかわからない。

 シーンと静まり返った部屋の中、グラスの中に浮かべられた氷がカランと音を立てて動くのみだった。

──コンコン……

 そこへ静けさを破るノックの音が。

「ノン、入っていい?」

 トミーだった。

 ノンは動かずに一言だけ呟くように言った。

「どうぞ」

 トミーは、レース織りの白い瀟洒な感じのワンピースを着ていて、それが黒檀のような髪の色にとても似合っている。

 彼女は、スカートのすそをひらめかせ、そっと忍び込むように入っていく。

 だが、部屋の主はそんな彼女にもまったく目もくれず、ぼーっとしていた。

「…………」

 トミーは、心持ち沈んだ表情でノンに近づいていく。

 そして、ソファにふわりと座ると、しばらくは何も喋らずにじっとしていた。

──カラン…

 また氷が音を立てた。

 静かに時が流れる───

「帰りたい───」

「ノン───」

 ノンの声は聞き取れないほど小さかった。

 トミーは思わず胸を突かれて、親友の顔を見つめる。

 彼女は泣いてはいなかった。だが、今にも泣きそうな顔をしていた。

「地球に帰りたい」

 今度ははっきりとそう言った。

 そうしてから、ゆっくりトミーに顔を向けた。

「もうすぐ来るわね」

 それに対し、トミーは頷いた。

 ノンも頷く。

「もうすでに来てるかも……」

 ふたりは互いに見詰め合ったまま黙ってしまった。

「…………」

「…………」

 再び部屋に静けさが戻ってきた。

 それを最初に破ったのは、今度はトミーだった。

「あの人……どうするかしら……」

「…………」

 ノンはというと、テーブルの上のグラスを見つめたまま何も言わない。

 だが、かまわずトミーは続ける。珍しく嫌悪もあらわにして顔をしかめながら。

「また…この星の住人を苦しめるんでしょうね」

「私たちを殺したって、何にもならないからね」

 ぼそりと呟くノン。まだグラスから目を外そうとしない。

 氷はだいぶ溶けており、もうずいぶんと小さくなってしまっていた。

 すると、彼女はほーっとため息をつきながら続けた。

「あの人の憎しみも、この氷のように少しづつでも小さくならないものかしらねぇ」


 それから、トミーはノンの部屋から出た。

「はぁ……」

 何だかすっかり気分が沈んでしまった───そう思う彼女だった。

 わかってはいたことだった。ノンと話したってどうしようもないことなんか。

 彼女は振り返り、今出てきたドアの前に立った。思いつめた目で見つめる。

「…………」

 ノンはどうするんだろう。

 自分は彼女が決めたように動くだけだけど、それでも気にならないではいられなかった。

 ふっと目を伏せ、彼女はドアの前から離れた。

 そして、隣の、自分の部屋へと帰って行った。

 彼女が部屋に入ってすぐに、ドアを誰かがノックした。

(誰だろう、今ごろ)

 この星でいうところの、だいぶ夜もふけてきているというのに。

「トミー、私だ」

「ダーク?」

 しばらく間が開く。

「すまない……こんな遅くに……」

「…………」

 トミーは、ドアのこちら側で、身体をピッタリつけて耳をすませた。

 何だか彼の声がいつもと違う。どうしたんだろう。

「どうしたんですか?」

「…………」

 彼は黙ってしまった。

 だが、すぐに意を決したといった感じの声が聞こえた。

「中に…入れてもらえないだろうか……」

「ダーク……」

 トミーは、彼の思いつめたような声にただ事でないものを感じ、慌てて鍵をはずしドアを開いた。

「あっ!」

 真っ青な顔で倒れこむように入ってきたダークに、倒れてしまいそうなトミー。だが、かろうじて支えきった。

「だ…大丈夫?」

「すまない……」

 ダークは、トミーから身体を放すと、髪をかきあげた。とても疲れているようだ。表情が痛々しい。

 トミーは、そんな彼を抱えるような格好でソファに招いた。

「さあ、ここに座って」

 ダークは、どさりと座る。顔は上げないままだ。

「水を一杯もらえるだろうか」

 ダークの言葉にトミーはつづきの部屋へ急いで向かい、コップに水をいれて彼に持っていってやった。

 彼は、それをぐいっと一気に飲み干す。

「うっ…げほっ……ごほっ……」

 むせ返った彼の背中を、やさしくさするトミー。心配でたまらないといった目で。彼に向けられた視線は、どこか母親が息子に対する眼差しであるようにも見て取れた。

「…………」

 さすられながら、ダークはだんだんと落ち着いてきたらしく、握っていたコップを思い出したようにテーブルに置いた。

 そして、ポツリと呟くように言った。

「こんな夜中に女性の部屋を訪ねるなんて、非常識だと思っただろうね」

 トミーはさすっていた手をとめ、うつむいたまま隣に座るダークをのぞきこんだ。

「いったいどうしたの、ダーク」

 彼は、両の手をぎゅっと握り拳にして、膝の上にのせていた。その拳がぶるぶると震えている。

 だが、急にその拳を解くと、こわばった身体から力を抜いた。

「私は……そんなに優等生ぶっているのだろうか……」

「え?」

「私はこんな性格だから……どうしようもないと思う。父を尊敬しているし、この星を愛している。そのために一生懸命、よかれと思うことを自分の信じるままに実践してきたつもりだ」

 彼の声は辛そうだ。

「それなのに…あいつは全然私の気持ちをわかってくれない」

「シグマとケンカしたの?」

「…………」

「……したのね」

 トミーの言葉に彼はこくりと頷いた。

「はぁ──」

 ため息をついたトミーを、ダークは顔を上げて正面から見つめる。

「私は間違っているか?」

「ダーク」

 トミーはびっくりして目をまるくした。

 だが、ダークはかまわず喋りつづけた。

「シグマが、父や私に劣等感を持っているのはわかっていた。あの容姿だから、まわりの者たちに何と言われていたかも。でも、私はあいつに強くなってもらいたかった。そんな下衆な事をいう連中を蹴散らすような強さを持ってもらいたかったんだ」

「だから、わざと突き放したのね」

 トミーの言葉に彼ははっとした表情を見せ、頷いた。

「そうなんだ。確かに、そうしたからってあいつが私の心をわかってくれるとは思ってなかったけれどね。でも、何だか最近……そんな関係が……」

「さびしくなった?」

 ダークは目を見張った。

 まるで自分の心を見透かされたような、そんな不思議な気持ちにとらわれたようだ。

「君も心がわかるのか?」

「いや?」

 そういう彼に、トミーは淋しそうに微笑む。

 ダークは彼女のそんな表情を見て首を振った。

「うらやましいと思うよ。すべての人間が、言葉なんてなくてもわかりあえたらいいのにな。そうしたら、シグマとも心のすれ違いなんかしなくてもすむのに」

「ダーク……」

 トミーは先程とは違った神妙な微笑を浮かべていた。

(何だろう……この感じは……)

 ダークはその微笑を見て、心の中の深いところにある何かが震えるのを感じた。

 何かこう、魂の中に埋もれた何かが恐れている──彼女の微笑みを。

(でも……)

 ダークは、そういう気持ちとは裏腹に、その微笑を美しいとも思った。まるで美の女神のような微笑を。

「大丈夫よ」

 その、美神のような彼女が口を開く。

 それを魅せられたように見つめるダーク。

「シグマだってわかってるはずよ」

「トミー……」

「今ごろ…」

 すると、トミーはいきなり普通の少女の顔に戻って、くすりと笑った。

「隣のノンのところにシグマがやってきてるはずだわ。お兄ちゃんとケンカしたーってね」

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