第5章「コンピューター・ジューク」第1話
紀元年300万年。はるかな昔の地球にはまだ高等生物は生まれてきていなかった。
しかし、その静かであるはずの地球にある日、巨大な宇宙船が下りてきた。
そう、この宇宙船こそ、キャプテン・ノンの永遠の友となる大宇宙船「希望号」の若き日の姿である。
──光が見える。誰かが私を抱き上げた。誰だろう。あ……あそこに誰かいる。あの人の心の中、……くすぐったい気持ちでいっぱいだ。くすぐったい? この気持ちがくすぐったいというのか? どうしてその言葉が浮かんだのだろう。だが、私はその気持ちがその言葉で表現されるということを知っている。何故だろう。わからない。けれど、あの人が私を生み出してくれた片方だというのはわかる。お父さん。それがあの人だ。そして、今、私をこの世界に生み出してくれたこの人がお母さんだ。そう、私は今、生まれたばかりなんだ……。
この不思議な思考は、今、出産したばかりの女性のお腹から出てきた子供のものだった。
「ジューク、男の子だよ」
赤ん坊の父親であるジューケイダーの親友で、医師でもあるドクター・ドルゴが顔を綻ばせながらそう言った。汗で顔が光っている。
それに頷いて見せてから、ジューケイダーは、妻の傍らにしゃがむと彼女の顔に汗で張り付いた髪の毛を払う。
「ソフィーア、大丈夫か。よく頑張ってくれたね」
太古の時代から、人が人を産むという行為は変わらないのだろう。それがどの世界においても。人々が宇宙船で宇宙空間を移動できるような高等技術を獲得したとしても、それでも人々は次代の者達をこの世界に産み出すことはなぜか変わらないのだ。これがこの世界の暗黙のルール。それは神とて同じ事なのだ。だからこそ人々は疑問に思わず、連綿とそれを続けているのだ。まるで何者かにそれを操作されているかのごとく。
時には出産で命を落とす女性もいる。
身体が弱い病気がちの女性は、望んでも出産を諦める者もいる。
或いは、己の命を犠牲にしてでも出産を決行する者も。
そうして人々は命を永遠に繋げていくのだ。
「私とあなたの宝です…」
ジューケイダーの妻であるソフィーアは弱々しく笑ってそう言った。
はるか昔、アンドロメダ星雲のとある星から希望号を含めた五隻の宇宙船が旅立った。
それは自星がいずれは滅亡してしまうことがわかったからだった。
その五隻のうちのひとつが希望号であり、そして、アメーシス号だった。
そして、希望号の船長がジューケイダーだった。
彼らは宇宙船で他星に移住しようと計画を練ったのだが、その計画の一端に、これから長い旅になるということを考慮して、宇宙船の中枢を担うコンピューターを生体コンピューターで動かそうということになった。それが一番効率がよく、長持ちをすることが立証されたからでもある。
ただ、生体コンピューターを作りだすには、一人の人間を犠牲にしなくてはならない。人間の脳が持つ思考、認識能力、情報処理能力、伝達構造、それら脳の動作原理をもとにするというものなのだが、実在の人物の脳を使っての生体コンピューターであるため、どうしても使われる脳の持ち主は人として生き続けることは無理なのである。動物実験で何度もそういった結果になるため、一時は計画はとん挫することとなったのだ。それに、どんな人間の脳でも生体コンピューターに使えるということはなく、機械との相性もあるということもわかっていたので、やはり生体コンピューター計画は無理だろうかと思われていた。
人々の脳はすべて精査の対象とされていた。
なので、生まれたばかりの赤ん坊もその対象とされていた。
そして、五人の生まれたばかりの赤ん坊が、生体コンピューターに相応しい脳であることがわかったのだ。
その五人のうちの二人が、ジューケイダーの息子とドクター・ドルゴの息子だった。
ジューケイダーの息子はジュークと名付けられていた。父親のニックネームと同じ名である。ドルゴの息子はモーゼス。彼を産んだ母親は産後まもなく亡くなっていた。ドルゴとしては、妻が命と引き換えに残してくれた子供を人として生かせてあげられないことに苦悩もしたが、他に適正な脳が存在しないということもあり、断腸の思いで決断をした。
対してジュークの方はというと、ジューケイダーの方はそれほど苦悩するということもなく、いずれ希望号のキャプテンとなる彼は多くの命を預かる身として、早々に決断はできたのだが、いかんせん母親のソフィーアは猛反対をした。
「どうして私達の子供が犠牲にならないといけないのですか?」
彼女は夫に詰め寄った。
「おまえの気持ちもわかる。だが、この計画がとん挫すると、我々は出発ができなくなってしまう。そうしたら、全人類は滅亡してしまうのだ。わかってくれ。子供はまた作ればいいじゃないか。それに、ジュークは死ぬわけじゃない。コンピューターとして生き続け、そして成長していくのだ。ずっと一緒にいられることは間違いないのだから、少し見方や考え方を変えればいい」
「…………」
ソフィーアは不服そうな表情を見せたが、彼女もまた指導者の妻として、これがどうしようもないことなのだということはわかってはいたのだ。
生物学的に見て死ぬというわけではないことは賢明な彼女にもわかってはいたのだ。
だが、親として我が子が将来、愛する誰かと一緒になって自分のように子供を成すということができないのだというのを想像してしまって、それが果たして彼にとって幸せなことなのだろうかと思ってしまう。
「私とあなたの宝物だったはずが、人類の宝となってしまうのね……」
彼女は沈痛な思いで、そう呟くしかなかった。




