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ノナビアス・サーガ  作者: 谷兼天慈
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第4章「宇宙船希望号の旅立ち」第10話

「えっ! 今なんて?」

 ノリコは驚愕した。

「私も君らについていくと言ったんだ」

 あれからザール星の総統であるスプリンガーは、あとで戻ってくると言っていた通り希望号に戻ってきて、とんでもないことを言い出したのだ。

 彼はノリコたちが希望号で旅に出るとは知らなかったが、それを知っていても知らなくても、自分はノリコと行動を共にするつもりでいたようだ。

「あなたはザール星の総統なのでしょう。そんなことできるわけがないわ」

「ザール星のことは弟に任せてきた。今回の罪の贖いとして私の代わりに総統となり、ザール星と地球の絆を堅固なものにするようにと」

「納得はしてないでしょうに」

 ノリコは気の毒そうに言った。

「私はもう決めたのだ。私はあなたの恋人を殺めた男の兄だ。私は一生かけてあなたに償うつもりだ」

 ノリコは頭を抱えた。

 その気持ちは正直嬉しくないわけではなかった。

 ハヤトを失ったことは確かに辛い。

 まるで半身を失ったくらいに心に傷は残った。

 だが、そもそも手を下したスプリンガーの弟にしても本当はハヤトを殺そうとは思っていなかったはずだ。確かに地球人というだけでノリコを殺そうとした事実はある。そして、それを庇ってハヤトは死んでしまったわけだから、彼の弟に罪はないわけではない。だが、それはあくまで彼の弟本人の罪であり、本来なら直接罪を償うのも弟の方であり、兄であるスプリンガーがするべきことではないのだ。

「これは相当ノンに執心してるわね」

 ぼそっと呟いたのはトミーだった。

 その呟きは隣に立っていたシンゾウにしか聞こえなかったようだ。

 それを聞いた彼は苦笑した。

「しかたないわね」

 すると、ノリコはひとつため息をつくと、赤い目をしたスプリンガーを見つめる。

「あなたのこともザール星に存在していなかったという集団催眠をかけるわ。覚悟してね。あなたの弟さんはあなたという兄がいたことも記憶からなくなってしまうの。それでもいいのね?」

 スプリンガーは頷く。

 そんな彼をノリコはじっと見つめた。

(この人は集団催眠にかからなかった人だわ)

 以前にも感じたことだったが、彼は自分たちと同じ性質なのかもしれない。

 もしかしたらこの旅で覚醒するのかもという思いも浮かんできている。

 とはいえ、今はそのことは時期尚早だ。そのうちわかることだろう、と、一人ごちた。

 すると、彼女は仲間たちを振り返った。

「では、これからみんなにはコールドスリープに入ってもらうわ」


 宇宙を旅するといっても、普通に観光するというわけではない。

 結局は生命体が存在す宙域までは恐ろしく長い時が横たわっているわけだ。そうなると、短命である人間としては宙域から宙域の間は眠って過ごすしかないわけだ。そうでないと、あっという間に人の一生など潰えてしまう。

 あとはもう宇宙船を管理するジュークにまかせて、彼ら人間は長い夢を見続けながらその時を待つということになる。

 そして、最後の人がコールドスリープの装置に収まり眠りに入った。

 あとに残されたのはノリコとトミーだけだ。

 彼女らは眠る必要はなかった。

 何か不測の事態が起こった時のために起きていなければならない。

「さあ、トミー、私たちはジュークと長い長い会話でもして過ごしましょう」

 ノリコはトミーに笑いかけるとそう言った。

 これから彼らの旅立ちが始まるのだ。

 ノリコは心が沸き立つのを感じていた。



「あ……」

 モーゼスが思わずといったように声をあげた。

 その傍らで赤ん坊をあやしていたノブコが顔を上げる。

「モーゼス? どうしたの?」

「いや……なんでもない」

 本当はなんでもないわけではなかった。

 たった今、モーゼスの通信網に懐かしい仲間の通信が入ったからだ。

 だが、それをノブコに伝えることはできなかった。

「ノブコ」

 するとモーゼスが彼女に問う。

 彼女は我が子をよしよしとあやしながら答える。

「なあに?」

「あなたに兄弟はいたかな?」

「やあねえ、教えてあげたでしょ。私は一人っ子よ」

「……そうだったか」

「ノリコという名前に覚えはあるか?」

「その人だあれ?」

「………」

 その時、コンピューター室にコウイチが入ってきた。

「ノブコ、父がついたよ。迎えにいこう」

「コウイチ」

 モーゼスが声をかける。

「どうした? モーゼス」

「コールドスリープをして何百年前の少女が目覚めたということはなかったか?」

「ははは、どうした、モーゼス。そういった物語でも読んだのか?」

「………」

「コールドスリープといえば、父とザール星の科学者たちと装置が完成したと言っていたな」

 コウイチがそう言うと、ノブコが笑った。

「あら、それなら、これからそのコールドスリープで遠い遠い未来に目覚める誰かが出てくるかもしれないのね」

「ああ、そうだね」

「お義父さまの念願だったんだものね」

「ああ、なぜか父はコールドスリープの研究に血道を上げていたからな」

 そう話しながら、ノブコとコウイチは我が子とともに部屋を出て行った。

 あとに残されたモーゼスは黙ったまま彼らを見送った。

「集団睡眠か。ノリコ、あなたは本当に不思議な人だったのだね」

 彼はようやっと連絡の取れた仲間であるジュークにすべてを聞かされた。

 ただ、それを誰かに話そうとは思っていない、もちろんのこと。

 いつか、気の遠くなる未来、またここに訪れてくれるだろうか。

 モーゼスはそう思いながら、彼らの旅の無事を祈った。


 それからしばらくして、アメーシスの大地に一人立ち、遠くを見つめる中年の男がいた。

 コウイチの父アリテレスである。

 彼は喪失感を抱えながら研究に没頭する毎日を送っていた。

 だが、彼はいったい何を喪失したのかがわからなかった。

 そして、以前からコールドスリープの研究はしていたが、ここ最近では自分でも異常なまでに研究に没頭していると自覚があったのだが、それはどうしてなのかがわからなくてますます焦燥感に駆られていたのだ。

「…っ!」

 その時、ふと脳裏に誰かの面影がよぎったような気がした。

 その面影が、自分に対して「お父さん」と言ったような気がして、切ない気持ちになる。それはコウイチではない。そして、自分にはコウイチ以外に子供はいない。

「いったい誰なんだ」

 彼は遠くに見える稜線を見やった。

 それからラベンダー色の空を見上げる。

 その時、その空に何かが銀色に煌めいたような気がした。

 彼はいつまでもいつまでも空を見つめてその場に立ち尽くしていた。

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