第4章「宇宙船希望号の旅立ち」第9話
誰もいなくなったコンピューター室。
一人残ったノリコは、一緒にいたがったトミーさえも別室に移動させ、しばらく黙ったままだった。
あれから、ノリコの意に反して仲間たちはみな地球には戻らずにノリコの旅に同行すると言い出した。彼女が「二度と地球には戻れないのよ」と言っても彼らの意思は固く、ノリコは仲間たちの気持ちに密かに感動していたのだ。
「ねえ、ジューク」
「なんでしょうか、キャプテン・ノン」
まるでそうやって声をかけられることをわかっていたようなジュークの返事にノリコは思わず微笑してしまった。
「私、気づいたのだけど、あなたはモーゼスの仲間なのでしょう?」
「…………」
彼女からそういったことを投げかけられるとは思っていなかったのか、機械にしては珍しく返答がなかった。
ノリコはクスリと笑う。
やはり、と思う。
船内の様子、巨大コンピューターの存在、そして、そのコンピューターが機械らしくなくあまりにも人間っぽいところなどを鑑みて導き出した答えだった。
ノリコは知らなかった。
かつてモーゼスがノブコに語って聞かせた五隻の宇宙船の話を。
最後に残った二隻、モーゼスの管理する宇宙船とジュークの管理する宇宙船のことを。
コンピューター・ジュークの名前を聞いていたらすぐにこの希望号がモーゼスの宇宙船の仲間であるとわかったことだろう。
それでも、彼女はモーゼスの鎮座する船内の細かい様子を覚えていて、それがこの船内とそっくりだったこともあり、二つの宇宙船は同じであると確信したのだった。
「詳しい話はモーゼスからは聞いてないの。でも、あなた方は仲間なのでしょう?」
ノリコの問いかけに、相変わらずジュークは答えない。
だが、彼女は急かすこともなくじっと待ち続けた。
すると、ジュークは語り出した。
「モーゼスとは確かに一緒に故郷を離れた仲間でした。他にも何隻か仲間はいましたが、私達以外はみな通信が切れてしまい、詳細はわかりませんが、恐らく何らかの事故に遭い、船内の人間達共々塵になってしまったのではないかと思われます」
ジュークの管理する希望号も気の遠くなる昔にこの地に辿り着いたのだが、人々は何かの感染症により全ての人間が死に絶えてしまったという。
「長い長い間、私は待ち続けました。今では何を、誰を待ち続けていたのかわからないほどに、それほど長い間何にも無反応でした。ところが、あなたの存在に反応しました。それは何故なのか、私にはわからないのです。ですから、それを知りたいが為に、私はあなたをこの船の所有者に選んだのです」
「そうだったんですか」
自分もとてつもない長い間生き続けているが、神でもないジュークという機械の存在が、まるで神のように長い時を生き続けてきたことにノリコは感銘を受けていた。
「では、そのあなたの選択に敬意を表して、私の種族の詳しい話を聞いてくれますか」
「はい、喜んで」
そして、ノリコは話し出した。
自分とトミー、そしてスメイル、この世界の秘密をジュークに語り出した。
「では、あなたたちの気持ちは変わらないのね」
いよいよ旅立ちという時にノリコは仲間たちに確認した。
「ええ、みんなと話し合った結果、やっぱり私たちも連れて行ってほしいとなったの」
代表でそう言ったのは、やはりリエだった。
彼女のその言葉を受けて、仲間たちはいっせいに頷いた。
そこにはシンゾウもいた。
トミーに聞いたことだったのだが、シンゾウはどうしてもついていきたいと言ってトミーについてきたのだという。
それを聞いた時にノリコは不思議に思ったものだった。
確かに仲良くしてくれていたけれど、彼とはそこまで密に接していたつもりはなかった。
それを正直にトミーに言うと、黒髪の少女は意味ありげに微笑んだだけだった。
ハヤトの時もそうだったが、どうもノリコはそういった男女の機微というものに疎いようだ。
ノリコはシンゾウにももう一度確認する。
「シンくん、本当にいいの?」
「うん、僕は君についていきたい。何か役に立つことがあれば頼って欲しいな」
「でも……」
ノリコは少し言い淀んだ。
そして、彼にだけでなく、他の仲間たちに対しても「よく考えてね」と言い始める。
「ザール星のことで太陽系全土に集団催眠をかけるのだけど、その時に希望号の存在もなかったことにする催眠もかけようと思っているのよ。だから、私やトミーの存在も私達を知る人達の心から消去しようと思っているのね。あなたたちが私と一緒に旅立つというなら、あなたたちのことも記憶を操作して存在しなかったと催眠をかけることになるけれど、それでもいいの?」
「そんなこと覚悟の上さ」
そう言ったのはヤスオだ。
「もう二度と地球に戻ることがないというなら、俺らがいなくなったことで悲しい思いをさせたくない。そうだろ?」
彼は仲間たちに問いかけた。
それに対してみんなは静かに頷く。
「僕等はもう大人だ。いずれは親元から離れていくものだよ。だから、スッパリやってくれたほうがいいよ」
そう言って笑ったのはノブオだった。
ノリコはそのノブオに複雑な視線を向けた。
モーゼスのもとで彼の姉はコウイチと子供とこれから生きていくのだ。
けれど、彼女はノブオという弟がいたことなど記憶からなくなってしまうのだ。
それは、彼にとって「死」と同義だと思う。
だが、それでも彼はこれからの冒険を思って、そういった感慨には無縁なのだろう。なんといっても彼も、そしてみんなもまだ若いから。
ノリコは仲間たちを見回した。
みんな、期待のこもった目をノリコに向けていた。
(ああ、仲間っていいな)
彼女は一人感動に胸を震わせていた。




