第4章「宇宙船希望号の旅立ち」第7話
「スプリンガー、あなた方はスメイルに騙されていたのですよ」
ノリコは沈痛な面持ちで告げた。
それにトミーも同意するかのごとく頷いて見せる。
「?」
すると、一人だけまったく状況が呑み込めないハヤトが首を傾げる。
スプリンガーはノンの言葉に少なからず驚いているようだった。
「騙されていた?」
それはどういうことかと言いたげな表情だ。
ノンは気の毒そうな声音で話し出す。
「集団催眠ですよ、スプリンガー」
「え…集団、催眠…?」
「そうです。スメイルはあなた方に集団催眠で200年前から生きているという存在しない記憶を植え付けたのです。だから、あなた方はそんなに昔から生きている人間というわけではなく、普通の人間だということです」
「まさか、そんな……」
スプリンガーはとても信じられないといった表情を浮かべていた。
すると、突然、応接室の扉が開いて一人の若者が飛び込んできた。
スプリンガーの弟のローンだった。
「ふざけるな! 聖母スメイルの言葉は絶対だ。集団催眠? それがたとえ本当だったとしても、催眠で人が石になんかなるわけがないだろ!」
「ローン、やめろ!」
スプリンガーが立ち上がって怒鳴った。
すると、ノリコも立ち上がり、問う。
「この方は?」
「この者はローンといい、私の愚弟です。先程話した石にされてしまった弟の恋人はミルリアーヌと言います」
スプリンガーの表情が苦悶に歪んだ。
「私は以前からスメイルという存在に疑問を感じていたのです。皆はスメイルを盲信していますが、私はどうしてもそう思えなかった」
ノリコは彼が握りこぶしを怒りから震わせているのを見て取った。
この人はスメイルの催眠にかかりながらも、どこか違うとずっと違和感を抱いてきたのだろう。
とても意志の強い、正義感に熱い人物なのだろう。
(もしかしたらこの人は、いずれ私達の仲間になるのかもしれない……)
彼女は確信のような思いを抱いた。
そして、ノリコはその思いをいったん取り下げ、スプリンガーに聞く。
「その石に変えられた女性のところに連れて行ってもらえませんか。私なら、見ればそれが催眠かどうかわかると思います」
「わかった。案内しよう。ついてきたまえ」
邸宅の中庭はそれなりに整えられていて、わずかばかりの緑も存在した。
その向こう側は砂漠が臨め、不思議なコントラストを見せていた。
そして、その神秘的な光景の中に動かぬ人物が佇んでいた。
ミルリアーヌである。
「これは……」
ノリコは静かにその物体に近づく。
ミルリアーヌはやはり石であった。
ノリコの目にもそれは石としか映っていない。
(やはり石なのね…)
ノリコは頭を振った。
これは本当に石になっているとしか言いようがない。催眠ではない。
「トミー」
するとノリコは傍に控えていた黒髪少女を呼んだ。
と、その時、ローンが叫んだ。
「ミルリアーヌに近づくな! 地球人を殺せば彼女はもとに戻るんだ!」
そして、彼は手にした武器、恐らくそれは光線銃なのだろう。
それをノリコに向ける。
光線が迸る。
「ローン!」
スプリンガーの怒鳴り声が響く。
もう間に合わない。
「ぐっ…!」
ノリコを庇って倒れたのはハヤトだった。
「ハヤト!」
ノリコが叫ぶ。
傍らで倒れこむハヤトの身体を受け止め、そのままその場に座り込む。
「ハヤト、どうして……」
ノリコは顔を歪めて呟いた。
ハヤトは弱々しい笑顔を彼女に向ける。
「おま、えは…大丈夫、か…?」
ノリコは頷く。
彼は「よかった…」と呟くと、彼女の手を握る。
「おまえが、無事なら…それで、いい」
そう彼は続けると目を閉じた。
彼の唐突な死に対して、ノリコは呆然とした。
(またなの?)
彼女は力のなくなった男の身体を抱えたまま天を仰いだ。
その魂はそういう運命に定められているのだろうか。
あの人然り、ハヤト然り。
これからもずっと自分に関係してくるこの魂は、こんなふうな定めしか用思されていないのだろうか。
「トミー」
ノリコは黒髪の少女の名を呼ぶ。
「ノン…」
少女は心配そうにノリコに視線を向け近づいていった。
ノリコは自分の肩に手をのせたトミーに言った。
「スメイルの技であるなら、あの石像の人物をもとに戻せるでしょう、トミーなら」
その言葉にトミーは頷くと、佇む石像に静かに近づいた。
その間、スプリンガーは弟の手から武器を取り上げていた。ローンはというと、己のやってしまったことに愕然としたようで、放心したまま、その場に座り込んでしまっていた。
トミーは石像の正面に立つと両手を伸ばし目を閉じた。
しばらくすると彼女の両手から仄かな光が現れ、その銀色の光は石像へと移っていった。
光は石像をその眩さで見えなくし、そして、唐突にその光源が途絶えた。
その場所には生身の女性が立っていた。
「ミルリアーヌ!」
叫んで女性に駆け寄るローン。
彼は立ち尽くす女性を抱き締めた。
「ロ、ローン…?」
茫然としたままの美しい女性がたどたどしく答える。
そして、彼女は自分の周りにいる人々に視線を向けた。
彼女の目には戸惑いの色しか浮かんでいなかった。




