第4章「宇宙船希望号の旅立ち」第5話
それから惑星間ワープにより、ほどなくザール星の近くまで希望号はやってきた。
「………砂の惑星だわ」
ノリコの意味ありげな言葉に素早く反応したのはトミーだった。
彼女はいたわるような視線を彼女に向けている。
それはここにいる誰も知ることのない悲しい過去に由来する。
砂の惑星。
愛しい人の眠る星。
と、その時。
「あっ!」
誰かが叫ぶ。
それもそのはず、彼らの正面に広がるスクリーンにはザール星が映し出されていたのだが、その画面がいきなり見たこともない人物を映し出したのだ。
それはノンたちにはわからなかっただろうが、ザール星の総統スプリンガーだった。
「………」
彼はノンたちのいる船内を画面を通して見渡し、そして、正面に座っているノンに目を止めた。じっと見つめる。
スプリンガーの瞳は紅色だった。
その色には彼の星の人々の瞳を思い出させる。
「砂漠の惑星の住人は目が赤くなるものなのかしらね」
思わずノンは呟く。
それを聞いているのはトミーだけだった。
トミーは悲しそうな目を傍らに座るノンに向ける。
「私はザール星総統スプリンガーだ。失礼ながらあなたがその宇宙船の船長だろうか」
「ええ、そうです。私はこの宇宙船希望号の船長、キャプテン・ノンです」
彼女の答えに頷いてみせるスプリンガー。
「あなた方は何の為にこの太陽系に惑星ごとワープアウトしてきたのですか。いきなり戦闘してくるでもなく、何をしたいのかわかりかねます」
ノリコの言葉にひとつため息をつくザール星総統だった。
「出来れば太陽系のトップと話をしたいと思うのだが、どうか橋渡しをしてくれないだろうか」
「え…」
ノリコは驚いた。
彼女はスクリーンに映る紅色の瞳に真剣な表情を見て取った。
「どういうことですか。訳を教えてください」
「それは、地球のトップに語りたい」
彼の声は真剣そのものだった。
すると、ノリコは断固として言い切った。
「私は心から地球を愛する者です」
「!」
彼女の声音に何かを感じ取ったのか、スプリンガーははっとして目を見開いた。
それに構わずノリコは続ける。
「話し合いはトップ同士で、というのも理解できますが、今現在は私がここのトップです。私には決定権があります。そして、明らかに地球に危機が迫っているとしたら、私は喜んで盾になるつもりです。あなた方が何の目的でここへやってきたのかを知ることなく、はいそうですか、と従う訳にはいきません。私に訳が話せないというのなら、私は問答無用であなた方を攻撃するでしょう」
その彼女の気迫に吃驚したのはスプリンガーだけではなかった。
仲間たちもまた彼女の威厳に満ちた態度に少なからず驚いていた。
確かに、以前から彼女が普通の女の子とは違うと本能的に悟っていた彼らだったが、今までは彼らは知らなかったが、また彼女は本来の記憶を取り戻してはいなかったので、威厳さも中途半端だったのだ。
ところが、今はもう完全に以前の自分を取り戻していたために、隠し切れない偉容さが見て取れた。
「…………」
画面に映るザール星総統スプリンガーの秀麗な顔が真剣な表情になる。その鋭い視線をノリコに向け、ゆっくりと頷いた。
「わかった。あなたを信用しよう。話の内容はこのような通信網で交わせるものではないので、できればあなたにはこちらに来ていただきたいのだが、どうだろうか。私を信用してくれるだろうか」
「いいでしょう。そちらに私が行きましょう」
「私も行くわ!」
「俺も行く!」
ノリコが答えると同時に、トミーとハヤトが声あげた。
すると、画面のスプリンガーが思案顔で答える。
「できればキャプテン一人で来ていただきたいが、そちら側としてはそうもいかないだろう。二人までなら許可しよう」
「ありがとうございます。私としては別に一人でそちらに行ってもかまわないのですが、この人は私の家族のようなものなので、許可していただき安心しました。ですが…」
ノリコはハヤトに顔を向けると言った。
「ハヤト、あなたは駄目よ。ここで大人しくしていて」
「なんでだよっ! お前を一人で行かせるわけにはいかねぇよっ!」
「信じられないかもしれないけれど、大丈夫だから、本当に」
「だったら、なんでこの女を連れて行くんだよ。そもそも俺たちの仲間でもない奴なのにっ!」
それを聞いて、心なしか顔を赤くさせてトミーがハヤトを睨んだようだった。
「今はちょっと説明できないのだけど、彼女は本当に私の家族のようなものなのよ。だから、お願い。ここで待ってて」
「いーや、ぜってぇついていく。だって、そうだろ? 俺たち恋人同士じゃねぇか。恋人を一人で危険な場所に行かせられるわけねぇだろーがっ!」
「!」
ノリコの顔が強張った。
と同時に、希望号の船内に驚愕の声が響き渡った。
「えええー!! いつのまにそんなことにっ!」
「いや、わかり過ぎだろ。僕は気づいてたよ、ハヤトがノリコに執心だってことは」
「うんうんうん、あたしも知ってた」
「わかりやす過ぎだよねっ」
「でもなー、少なくともノリコのほーはまったく脈なかったはずなんだけどなー」
「それはそれ、男女間のことは不思議なもんでねー」
「嫌い嫌いも好きのうちってことかな?」
「そうそう、それそれ」
「なるほどー」
口々に仲間たちに揶揄され、ノリコは今までの威厳さが崩れ、真っ赤な顔をして叫んだ。
「いったいなんなのよー! てか、ハヤトっ! あとで覚えてなさいよっ!」
いつのまにかいつものノリコが戻ってきたようだった。




