第4章「宇宙船希望号の旅立ち」第4話
大地は揺れ動いていた。
荒涼とした砂漠の砂が、まるで竜巻に翻弄されるがごとく吹き荒れている。
空の赤さが、これから起こるであろう惨事を予感してか、更に増したかのようだ。
そう、確かに動いていたのだ。
あろうことに大地どころではない、この星自体がゆっくり、確実に移動していたのである。
「さて、愛しき子、スプリンガーよ。我もお前たちについていてやりたいのだが、どうしてもここを離れなければならない。あとはお前に任せる。頼むぞ」
総統の間において、女神スメイルは満面の微笑を少し曇らせ言った。
「戦闘においてはお前たちは充分な軍事力を持っておる。地球人に負けるようなことはないはずじゃ。しっかりやってこい!」
「はっ、御意に」
スプリンガーは膝をつき、頭を垂れて答えた。
彼の顔はまったくといっていいほど無表情であった。
「…………」
スメイルはじっと彼を見つめていたが、ほんの僅かに戸惑いを見せてから、その御身を彼の前から徐々に消していった。
彼はそれを見届けると、立ち上がって歩き出した。
総統の間を出て、指令室へと向かう。
シュッという音とともに扉は開く。
彼はズンズン入っていくと指令席に座り、声を張り上げた。
「惑星・ワープ、スタンバイ!」
「惑星ワープ、セット、完了しました!」
「オン!!」
スプリンガーのゴーサインと同時に、レバーが引かれた。
惑星ザールは、今いた空間からその姿を消していった。
そして、ザール星は太陽系の外縁近くにワープアウトした。
たちまち、太陽系連邦全体に警戒態勢が敷かれた。
「いったいなんだ、あの惑星は。突然、宇宙空間に現れたぞ!」
「もしかしたら侵略かもしれない。軍隊を動かせ!」
「非常事態発生! 第一級警戒態勢に入れ!」
だが、ワープアウトしてきたザール星はそんな太陽系連邦の慌てぶりを嘲笑うかのごとく、まったく動きを見せることもなかった。
じっと動かぬまま、まるで悠久の時代からそこに存在しているかのように泰然自若に存在感をかもし続けていた。
「太陽系に脅威が迫っているわ」
ノリコの唐突な言葉に、黒髪の少女は頷いた。
他の仲間たちは戸惑いを隠せない。
「太陽系外縁に、惑星が今、ワープアウトしてきたのよ」
「なんだって!」
「戦いが始まるかもしれない」
ノリコの言葉に、彼女の傍らに座っていた黒髪の少女トミーが立ち上がる。
「私達は行かなければならないわ。戦いを止めるために」
「戦いを止めるだって? いったい僕らに何が出来るというんだ?」
「そうよ。私たちは軍人じゃないし、たとえ軍人になろうとしている私だって、まだ軍隊に入ってもいないもの」
立ち上がりながらリエがそう言った。
彼女の言葉に皆一様に元気のない表情で頷いた。
すると、突然ハヤトが立って叫んだ。
「みんな、どうしたっていうんだよ。俺たち、もう子供じゃないんだぜ! これから社会に羽ばたこうとしている、まだ青臭い鳥かもしれないけど、俺たちは立派な大人だ! 俺たちの故郷が危ないっていうのに、なにやってんだよ。親の翼に隠れたひな鳥か? 俺たちはっ!!」
ハヤトの半ば怒鳴りつけるような声に、仲間たちは弾かれたように立ち上がった。
「そうだな。やってみなくちゃわからないもんな」
「そうよね。私たちも何かの役に立てるかも」
「やってやろーじゃない!」
ノリコは彼らをひとり静かに見守っていた。
「…………」
その姿を見たハヤトは、ちょっと訝しげな顔をした。
「この希望号で出陣すればよいでしょう」
ジュークが何でもないように言った。
ジュークの話によれば、この宇宙船の操縦は地球の船とそう変わらないのだそうだ。
だから、宇宙船の操縦のできるノリコたちにも操縦はできるはずだ。
ということで、ジュークの案内により、彼らは希望号の上層部、コントロールルームに足を踏み入れた。
最初に目に入ったのが、巨大なメインスクリーン。そこには今は深淵ともいえる瞬かない星々が映し出されていた。それから、様々な機械類。それを制御する為のキーボード。そして、彼らは誰に言われるでもなしに、思い思いのシートについていった。船の操縦席であろう場所にはパイロット志望のミーユ、サミー、ケイコの他に、カズ、アキオ、ノブオ。
「砲撃は任せろ!」
まるで、ここは自分の為の席だと言わんばかりの手慣れた手つきでキーパンチを繰り出して叫んだのは、軍人志望のヤスオだった。同じくマサオ、ヤエ、リエも彼に続いて兵器のチェックを始めた。
彼らは実によく動き、頭を使った。
ジュークの言う通りで、本当に希望号は地球の船と同じタイプらしく、船という船、兵器という兵器に精通している彼らにとって、難なく使いこなせるようだった。
そして、ノリコはその間、いったいどこにいたのか。
(ノリコ……)
ハヤトは彼女から目が離せないでいた。
ノリコは彼らの中央、指令席に悠然と座っていた。
その表情は威厳に満ち溢れていて、笑みをたたえた唇、慈愛とも取れる目元、身体全体から放たれた雰囲気、何を取ってもあまりにも神々しかった。
これがいったい普通の人間であろうかと思えるほどの存在である。
そして、その彼女から一時たりとも離れようとしない漆黒の髪の美女。
まるで神話の世界から抜け出たような二人の少女から、これまた悲しいまでに人間でしかないハヤトは、釘づけになったかのように見つめ続け、その場に立ち尽くしていた。
「キャプテン・ノン! 希望号スタンバイしました。いつでも発進できます」
その彼をハッとさせたのは仲間の声だった。
ハヤトの目には、ノリコの指示を仰ごうと彼女に視線を向けている仲間たちの姿が映し出されていた。
それはもうこれが当たり前のことだと言わんばかりの情景だった。
誰も彼もそれが本来あるべき姿だと言わんばかりに。
ハヤトはノリコをゆっくりと振り返った。
彼女は綽然たる態度で右手をあげ、人差し指を前に突き出した。
「希望号、発進!」
「希望号、発進します!」
遙か、何百万年、いや、何億万年の昔から停まったまま動くことのなかった巨大宇宙船「希望号」は、今まさに風を孕んだ鳥のように雄々しく飛び立とうとしていた。
轟音とともに大地は揺れ、化石のようになっていた船体がゆっくりゆっくり空中に浮かびあがっていく。
金星の人々は、いったい何が起こりつつあるのか、まるでわかっていなかった。
ただ、唖然として、宇宙に出ていこうとする巨大宇宙船を見つめ続けるしかなかったのだ。




