第4章「宇宙船希望号の旅立ち」第3話
我々の母なる地球のある銀河系から約18万光年離れた小マゼラン雲は、15世紀末、スペイン、ポルトガルの航海者マゼランが発見、大マゼラン雲とともに数十億個の恒星を含む不規則星雲である。
その小マゼラン雲にある、あるひとつの太陽系、ここにも生命は息づいていた。
空は赤く、どこまでも続く黄金色の砂漠、水も緑もないこの星にも生命は活動していた。
ここ、CDブラタス太陽系の第7惑星ザール星は、そんな惑星だった。
ザール星の若き総統スプリンガーは、その空の色と同じ瞳を曇らせて、宮殿のテラスから何もない砂漠を見つめていた。
「何をそんなに見つめているのですか、兄上」
声をかけてきたのは彼の弟であるローンである。
兄は弟を振り返った。
彼らはまだ二十歳そこそこの顔立ちである。
「うむ…いや、ローンよ、本当にこれで良かったのであろうか」
スプリンガーは形の良い眉をひそめてそう言った。
だが、そんな彼とは違い、弟は力強く言い募る。
「何を言われます、兄上。我等にとって聖母様のお言葉は絶対です。あの御方に従えば、長年の我等の願いが成就されるのですよ」
「そうであろうか」
しかし、スプリンガーはまだ迷っているようだった。
「それが本当ならば、私たちはこの呪縛から解放されることになるが…だがしかし…」
「迷われますな、兄上。もうすぐです。もうすぐ我等の頭上に幸福の女神が微笑むのです」
そして、弟ローンは真紅の空を指さして言った。
「あの銀河系、緑の惑星を征服し、そこへ移り住めば、きっと!」
「ローン、私は納得できませんわ。私たちの利益の為に、地球を征服するなど……」
優しげで儚げな容姿をした女性が表情を曇らせてそう言った。
笑顔になればさぞかし麗しい顔になるに違いないその女性は、総統の弟であるローンに自分の考えをわかってもらいたいようだ。
「私にはそんな恐ろしいことはできない…」
「何をバカなことを…ミルリアーヌ。聖母様の言われることは間違いないのだぞ」
憂いを見せる彼女を叱りつけるようにローンは言い、さらに続ける。
「君も覚えているだろう、あの時のことを」
「ええ、はっきり覚えていますとも」
とたんに彼女はローンの腕の中で夢見るように囁いた。
どうやら、ミルリアーヌはローンの恋人のようだ。
「もう何百年も昔、この地に天から降りられた聖母様の神々しい御姿!」
だがしかし、彼女はすぐに真顔になる。
「けれど、よく考えてみて。今の私達の呪縛は、もともとあの御方のもたらしたもの。それなのに、なぜそれを解いては下さらないのですか。なぜ、何の関係もない地球の人々を殺さなければならないのですか。私はそれがわからないのです」
「ミルリアーヌよ」
彼女の言葉にローンは困った顔を見せた。
「こんなことを聖母様に知られたら、どんなお咎めが下るかわからないぞ。滅多なことを口にするものではない」
「聖母様! 聖母様! あなたはまるで聖母様に恋してるみたいだわ!」
彼女は彼の手を振りほどく。
「あなたは私などよりあの御方の方が大事なのね。もう知りませんわ!」
そう叫ぶと足早に部屋から立ち去って行った。
後に残されたローンは、厳しい顔つきをしていた。
精悍な顔立ちの兄スプリンガーと比べ、もともと柔和な顔立ちをした彼は、本来ならそのような厳しい顔つきをするような性格ではなかったのだが、今は有事だ。
自分の気持ちを愛する恋人にわかってもらいたかったが、それが叶わぬと思うと、その厳しい顔つきに淋しそうな表情を浮かべた。
「聖母様とミルリアーヌは比べることのできない存在だ。あの御方は尊敬している。そして、ミルリアーヌは……愛しているんだ。心から」
そして、血を吐くような思いで言葉を吐き出す。
「君を愛しているんだ。愛しているからこそ、どんな手段を使っても君を手に入れ、私達の愛の結晶を残したいのだ。それを君だけにはわかってほしいのに……」
一方、ミルリアーヌは泣きながらローンの部屋を後にし、自分たちの身の不運を呪っていた。
「あの人の気持ちは痛いほどわかるわ。私も彼の気持ちに応えたい。でも……」
彼女は立ち止まる。
廊下は外に出られるように解放された場所にあった。
丁度、中庭に出られるようになっていて、その先には砂漠が広がっている。
彼女は庭に出た。
「でも、人の不幸を土台にして手に入れるほどの願いではないと思うの。そんなことをするくらいなら、このまま果ててしまいたい」
と、その時。
砂漠に閃光が走った。
同時に人の声が轟いた。
「愚か者のミルリアーヌよ」
「!!」
その声はあたりの空気をビリビリと震わせた。
何事かと人々が外に出てくる。
それは部屋に残してきたローンも例外ではなかった。
「果ててしまいたいと言うお前のその願いを叶えてやろう」
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ミルリアーヌの絶叫が響く。
彼女のその美しい姿が変わっていく。
なめらかだった艶やかな肌がザラザラの石へと。
生きながら石に変わっていく。
その断末魔の叫びにローンやスプリンガー等、人々が駆けつける。
「ミルリアーヌ!!」
彼女に駆けつけるローン。
すると、まだ完全に石に変化していない彼女が必死の形相で最後の言葉を紡ぎ出す。
「ロ…ロー、ン。忘れ、ない…で。あなたを、心から…愛して、いた、わ。忘れ…ない…で……」
そして、とうとう完全に石の像になってしまった。
「ミルリアーヌ!!」
その石像にすがりつき、ローンは叫んだ。
その時、彼らの頭上に現れた者がいた。
光輝くベールに包まれ現れたその人こそ───
「聖母、スメイル!」
神々しいまでにゾッとするような美しさを秘めた姿態。
流れる黄金色の髪は身長の二倍はあるように見える。
その顔は満面に笑みを浮かべてはいるが、表情はまったく笑ってはいない。
「ローンよ、忠実なる我が息子」
その絶世とも言える美女の口から言葉が紡がれる。
「ミルリアーヌをこのような姿にしたのは地球人のせいであるぞ。直接手を下したのは我であるが、彼女にあのような危険思想を植え付けたのは地球人である」
さらに聖母は声を張り上げる。
「さあ、皆の者、立ち上がるがよい。戦ってあの美しい星を手に入れるのだ。さすればお前たちの身体ももとに戻るであろう!」
スメイルの言葉にザール星の人々は、まるで催眠術にかかったように繰り返す。
「そうだ! 地球人を殺せ! 地球人を殺せ!」
しかし、その中であってザール星の総統スプリンガーは、心の中で「何かが違う!」と叫んでいた。




