プロローグ「地球─テラ─」第3話
しばらく歩いていくと、大きな扉にたどり着いた。
そこがホールの入り口なのだろう。
その扉の前に一人の青年が立っていた。それにいち早く気づいたノン。
「あ……」
突然声を漏らす。
トミーは、すかさず彼女の異変に気づき、ノンを見た。
ノンは両手で口を押さえていた。
震えている。
瞳は涙で潤んでいるようだった。
トミーは驚いて、彼女の肩を引き寄せ揺さぶった。
「ノン! どうしたの? 何があったの?」
だが、驚いたのはトミーばかりではない。
ダーグリードとて同じこと。彼はトミーに問いかけた。
「いったいどうしたのだ?」
「わからないの……ああ、いったい……」
すると───
「あ…あの人……あの人は……?」
ノンは震える手を上げて、扉の前にたたずむ青年を指差した。
ダーグリードとトミーは同時に、彼女の指差す方向に目をやった。
「シグマード!」
そこには、ダーグリードの弟シグマードが立っていた───いや、立ちすくんでいた。
よく見ると、その彼も、ノンと同じく何とも形容しがたい表情でノンを見つめていたのである。
「シグマード!」
兄はもう一度弟を呼んだ。
それでもシグマは動かなかった。
ノンとシグマは、まるで宿命の恋人に出会ったかのごとく、二人だけの世界にいたのだ。
だがまだ二人は知らない───
彼らが、遙か時を越え、次元を超えて遙かなる未来で永遠の愛を誓い合うことを!
が、しかし、今まさに初めて出会った二人は、この言いようのない気持ちをいったいどうしたらよいのかわからないでいた。
そして、二人はいつしか近寄り、見つめあった。
「あなたは誰?」
「君は誰なんだ?」
二人の口から同時に発せられる質問。
「私たち、出会うの初めてよね?」
ノンは、夢見るような瞳でシグマを見つめた。
と、そこへ───
「シグマ!」
「ノン!」
二人を見守っていたダークとトミーが、たまりかねたように声を張り上げた。
彼ら二人を夢の淵から連れ戻したのは、この叫ばれた声によってだった。
「あ、ごめん。何だかどこかで会ったことがあるような気がしたけど……思い違いみたいだ」
我に返って、シグマは改めてノンを見つめた。
「私こそごめんなさい。変に取り乱しちゃって」
ノンも照れくさそうにポッと頬を染め、シグマと同じく相手の顔を見つめた。
それから横にやって来たトミーと自分を彼に紹介した。
「私ノンよ。そしてこっちがトミー」
「あ、俺はシグマード、シグマって呼んでくれていいよ。君たちが兄さんの連れてきた最後のエスパーだね」
「ええ、そうよ」
すると、シグマはにわかに難しい表情になった。
彼の兄であるダークに顔を向ける。
「兄さん、実はエライことになったんだ。ダライウスが裏切った」
「どういうことだ、それは」
シグマは、彼の後ろにある扉に首を振ってみせると、小声で言った。
「ヤツは、エスパーを地球侵略のための道具に使おうとしているらしいんだ」
「なんだって!」
ダークは驚いてそう叫んだが、すぐに落ち着きを取り戻し、目配りをしてから弟に聞いた。
「それで、ダライウスはここにいるのか?」
「いや、今はいないよ。さっき出ていったから…あっ!」
シグマが大きな声を上げたのも無理はない。
突然ノンは扉を開き、ホールに飛びこんだからだ。
彼女は、シグマとダークの話を聞いていて、ふつふつと怒りが湧きあがってきたのだった。
勢いよく飛び込んだノン。
その彼女に室内の視線がいっせいに注がれた。
彼女の目には、思い思いのスタイルで座り込んでいる百人ほどのヒューマノイドたちが飛びこんできた。
だが、彼らは地球人とは違う様々なタイプの人間たちだった。
そういう者たちが、だだっ広いホールのそこかしこで談笑していたのだ。
しかし、今はシンと静まり返り、この奇妙な闖入者をジッと見つめている。
その彼らの視線を平然とした態度で受け止めるノン。
時が止まったような静寂だった。
そして、恐る恐るノンの後に続いてホールに入るダークたち。
すると───
「あんたたち! 自分たちが何をするのか知ってるの?」
ノンの唐突な質問に目を丸めるエスパーたち。
第一、 彼女は地球の、しかも日本語で喋っているのに彼らにわかるわけがない。
しかし、なぜか彼らにはノンの言った言葉がわかったらしい。
「地球という星の人間をやっつけに行くんだ」
一番ノンの近くにいた、まだ幼さが顔に残っている少年が紫の髪を揺らしながら答えた。
ノンは少年に微笑みかけた。だが、口調は固い。
「なぜ、やっつけに行くの?」
「だって、地球人は悪いやつらだって言ってたよ。このままほっておいたら、いつか僕の星だって侵略されてしまうんだって」
それを聞いたノンはとたんに恐い顔つきで黙り込んでしまった。
しばらく沈黙が流れる。
(げっ…)
トミーは頭を抱え込みたい気持ちになっていた。
彼女は、ノンの肩が小刻みに震えているのを見逃さなかった。
(やばいわーこれは。まったくもー、まーたノンを怒らせちゃったじゃないの。いったん怒ると手つけられなくなるのにー)
すると、そんなトミーの気持ちを知ってか知らずか、ノンは吼えた。
「あんたたちっ! だまされてんのよ、わかんないのっ?」
そう怒鳴ってから、彼女は右手を振った。
突然、ホールの真中の中空に宇宙が現れた。
「見てごらんなさいな!」
「ああっ!!」
それはブラックホールだった。
その昔、終焉に近づいた太陽がどんどん収縮していき、質量はそのままでも重力は変わらない状態になった。
そこは、もはや光さえも逃げ出せない世界になっていて、どんな物質でも不用意に近づくと吸い寄せられてしまって、もう二度と逃げることはできなくなってしまう。
恐らく、ユーフラテス星から、もっとずっと遠いところにそれはあったのだろう。ブラックホールが移動するはずはないので、たぶん気の遠くなる長い時間をかけて、ユーフラテスのほうが吸い寄せられていったに違いない。
黒くまがまがしい、ここにはないはずであるブラックホールではあるが、見ているだけで強大な重力につかまってしまったかのような気持ちにさせられる。
それはそこに浮かんでいた。
まるで、玩具のようなミニチュア版で、そこに存在していた。
「ブラックホールよ」
ノンは静かな声で言った。
「ここに近づいているわ。もうまもなくここもこれに吸い込まれてしまうのよ」
ゴクリと唾を飲み込む音がする。
息を飲み込む者もいる。
自分の放った言葉の反応を確かめてから、ノンは再び口を開いた。
「こんなことしてる場合じゃないのよ。地球が攻めてくるのが本当だとしても、その前にみんなブラックホールの餌食になっちゃうんだから」
ホールは今や誰一人、金縛りにあったかのように動くものはいなかった。
「……どうしたらいいんだろう…」
呟くようにそう言ったのは、さっきの少年だった。
彼はノンにすがりつくと叫んだ。
「どうしたらいいの? ねえ、教えてよ! あんなものどうしようもないよ。僕たちに何ができるって言うのさ!」
「………」
ノンは少年を見つめた。
それから、ゆっくりと周りに視線をめぐらせた。
エスパーたちの目がノンに向けられている。
誰も彼も、きっとこの少女が答えを見出してくれると信じきった目である。
「だーいじょうぶっ!」
すると、いきなりノンはニコっと笑った。
「みんなで力を合わせれば、あんなブラックホールのひとつやふたつ、何でもないんだから。だから、あたしにまかせてくれる?」
ホールにいる者たちは、全員頷いた。
彼女はそんな彼らを満足そうに見つめ、傍らの少年に笑いかけた。
彼の紫の髪をくしゃくしゃっと混ぜ返すと、再び全員に顔を向ける。
「さっさとブラックホールどーにかして、自分たちの星に帰りましょう!」
そして、彼女はものすごくハデなウィンクをすると親指を立てて見せた。
そんな彼女を見て、まず男どもが叫んだ。
「いーぞーねーちゃん! やろう、やろう!」
それから女たちも立ち上がって腕を上げた。
「そうよね。早く帰りたいもの。やりましょう!」
今や、ホールにいるエスパーたちは、みんな総立ちになって騒いでいる。
騒ぐエスパーたちを微笑んで見つめるノンを、紫の髪の少年は崇拝の眼差しで見つめ、呟いていた。
「かっこいいなぁ」
「まいったな、君には…」
後ろのほうでそう呟くダークの声が聞こえたのか、ノンは振りかえって、今度は控えめなウィンクを投げかけた。そんな彼女を見てダークはカリカリと頭をかく。
シグマは、エリートの誉れも高い兄ダーグリードが気迫負けしているのを見て呆れ返っていた。
(なんなんだ、この娘は!)
しかし、すぐに先ほどの不思議な感覚が蘇ってきた。
(不思議な娘だよなあ…)
彼は、ニッコリと笑うノンをじっと見つめつづけた。
一方、ダライウス参謀次官は、自室で最後の詰めの秘密会議を開いていた。
ダライウスの他、四名の中年男性が、丸テーブルに座っていた。盗聴を気にしてか、全員の声が低くヒソヒソ声になっている。
「……最後のエスパーは、今ダーグリード中佐が他のエスパーに引き合わせるため、ホールに連れて行っております」
一人が報告した。
それに、ダライウスは頷く。
「そうか。それではエルガーの奴が、またも得意の催眠術で地球の侵略説を吹き込むことだろう。そうすれば、ようやく決起だ!」
外部を気にしてか、全員頷いただけだった。
と、そのとき。
「いかがいたしましたっ! ダライウスさまっ!」
男が突然飛び込んできた。
「何事だ、エルガー! エスパーたちはどうした?」
ダライウスにエルガーと呼ばれたこの男──年のころは四十前くらい、やせてギスギスした感じの、目ばかりをギョロギョロさせた風采の上がらない不愉快さを感じさせる男だった。
彼は、部屋の雰囲気を感じ取ったらしく、急にオドオドしだす。
「いえ、あの、その……使いの者に、ダライウスさまが火急の用で呼んでいると言われたので……何事か不測の事態でも起きたのではと思い、急いで参りましたしだいで……」
「なにっ? 私がおまえを呼んだと?……そのような使いなど出した覚えは……しまった!」
ダライウスは、いきなり椅子を蹴って立ち上がった。
それにつられて、他の四人もガタガタと立ちあがる。
「はめられた! 罠だ、急げ!」
ダライウスは叫ぶと、ドアを叩き開けるように飛び出すと、ホールに向かって走り出した。
他の男たちもそれに続く。
あとに残されたエルガーは、しばらくその場でボーッとしていたが、はっと我に返ると慌てて主人のあとを追った。
さて、ノンやトミーを含めたエスパーたちは、それぞれのスタイルで精神集中を始めていた。
その様子を見つめるダークとシグマは、エスパーたちの周りの空気がピンと張り詰めているのを感じた。見つめる空間に、尋常ならざるオーラが立ちこめているような錯覚に陥る。
息をすることさえ忘れてしまいそうなほどの緊張感が、ダークたちをとらえていた。
そして、そんな彼らとは対照的に、ノンとトミーは、まるでおのぼりさんのようにあたりをキョロキョロと見回している。
「ねえねえ、けっこういると思わない? ものになりそうな人たち」
ヒソヒソと親友に話し掛けるノン。
それに対してのほほんとした表情で答えるトミー。
「そうね。この分だとあまり力を使わなくてもよさそうだわねえ」
そうしてから、彼女たちは、さも集中してますよ、といった態勢を取った。
(うん、完璧……見つかっちゃ困るもんね)
ノンは神経を集中するフリをしながら思った。
彼女は今の生活が大切だった。
父や母、弟との家庭生活。
トミーや友達との学校生活。
ほのかに好意を抱いている人もいる。実はそれはあの信介だったのだが。
先生もいい人ばかりだし、おいしい食べ物や面白い本とか、きれいな音楽──そういうものともっともっと接していたい。
ダーグリードがやってくるまでは、自分に──自分たちに暗示をかけ、普通の地球人としての暮らしをしていたけれど、これからはもとの生活に戻るにはちょっと難しいかもしれない。
確かに、一度だけといっても「力」は「力」である。見つかるのは時間の問題だろう。ここに来るまでにも「力」を使ってしまったノンである。
さっさと終わらせてここを離れないと、ここの人たちにもどんな迷惑をかけてしまうかわからない──そう思うノンであった。
(こわいからなぁ、あの人は)
苦笑を浮かべながら、ノンは静かに目を閉じた。
「さて、ブラックホールちゃんは、と」
彼女の目はしっかりと閉じられていた。
しかし、その閉じられたはずの目には、今、深く深く蒼い宇宙が広がっているのが見えていた。
星々が瞬き、遠くに渦状星雲が淡い靄をあたりにたちこめさせながら、静かに横たわっている。
あれが、人知を超えた猛スピードで廻っているとは、とても信じられない光景である。だが、ノンには十分過ぎるほど分かっていた。
そう見えないのは、あまりに遠くにあるため、そうと感じられないのだ。
ブラックホールは、本当にすぐそこまできていた。
こうなればもう秒読み状態といっても言い過ぎではないだろう。一刻も早く遠ざけないと───
「ん……」
ノンの眉間に、ほんの少ししわが寄った。
すると、隣で精神集中していたトミーが片目を開けて彼女を盗み見る。
(あらあら、大丈夫かしら。ノンったらコントロール下手だものねぇ)
そう心で呟き苦笑する。
そして───
もし、宇宙空間で、例のブラックホールを近くで見ている者がいたとしたら、恐らく驚愕したに違いない。
ブラックホールの周りの空間が、ちょうど度の強い眼鏡をかけたときのようにユラリと歪んだかと思うと、パッと消えてしまったのだ。
「やった! 消滅したぞ、成功したんだ!」
「ああ、やっと帰れるのね!」
ホールにいた人々は、こぞって立ちあがり、誰彼となく握手を交わし、あるいは抱き合って肩を叩き合った。
ノンとトミーも立ちあがり、お互いの顔を見つめ、手を握った。
だが、トミーがそっと囁いた。
「でも…ちょっとやりすぎたんじゃない?」
「う~ん…それがさあ、自分の力を押さえるために、周りのみんなの力にほんのちょっと同調しただけなんだけど……けっこう質のいいエスパーさんばっかりみたいだったらしくって、考えてもみない結果になっちゃった」
びっくりしている顔をしてはいるが、明らかにこの状況をおもしろく思っているらしいノンの声は、楽しそうに踊っている。
そんなノンをたしなめるようにトミーは言った。
「まったく、ノンったら……だけど、そうとなったら、とにかく急いでここを離れなくちゃね」
「おめでとう!!」
だが、彼女たちのそばにダークとシグマが駆けつけた。
「成功だよ。いやー、ありがとう。本当によくやってくれた」
ダークは満面に笑みをたたえ手を広げる。
ノンたちを地球に迎えに来たときのような、気難しそうな青年はいったいどこに行ってしまったのやら───
「ぷっ…」
思わず、といった感じでノンが吹き出した。
そんな彼女の脇を、慌ててひじで突っつくトミー。
「悪いわよ。気持ちはわかるけど…」
「だってぇ~……」
「…………」
そんな二人をじっと見ていたシグマ。
彼は、ノンがなぜ笑ったのかわからなかったが、何だか嫌な気分になった。
そして、とても彼女が好きになれそうな気がしたのは、錯覚だったのかと、何に対してか憤りを感じた。
反対に、とうのダークはまったく気づいていないらしい。彼の笑顔は崩れない。
「歓迎の宴を催すから、君たちもぜひ出席してくれないか。帰るのに、それが済んでからでも遅くないだろう?」
ノンとトミーは顔を見合わせた。
すると、ノンが済まなそうな表情で答える。
「ダーク、とっても嬉しいんだけど…私たちは遠慮させてもらうわ。ごめんなさいね」
「そんな……せっかく知り合えたのに……もっと君たちのこと知りたいんだよ」
そう言うダークであったが、彼の視線はトミーに釘づけだ。どうやら彼は、トミーをいたく気に入っているらしい。
すると、横からシグマが、
「帰るって言ってんだから、無理にとめることはないさ」
(むっ…)
彼の言葉に、ノンはカチンときた。
(なによ、こいつ。一瞬でも懐かしいなんて思った私がバカだったわ)
「なんてこと言うんだ、シグマ」
ダークが慌ててそう言うのに、ノンは憤慨してシグマに食って掛かる。
「えーえー帰りますともっ! なんだかとーっても無礼な男がいるみたいだから、デリケートな私には、とおーっても我慢できそうにないわっ!」
「なんだとぉ───!」
「ちょっ、ちょっと待った───!」
ダークとトミーは、今まさに取っ組み合いにでもなりかねない二人の間に分け入った。
「シグマ、お客さんに失礼だぞ」
「ノン、やめてちょうだい」
「……………」
「……………」
ふたりは、渋々離れた。
「まったく……」
そんな彼らを、ダークとトミーはため息をついて見つめた。
「まったく、なんということだ。あと一歩というところで露見するとはっ!」
一方、ダライウスは走りながら毒づいていた。
そこへ、ようやく追いついたエルガーが声をかける。
「私を呼びに来たのはシグマードでしたが」
「やはりな……おのれ、シュラインめ!」
ダライウスは握り締めた拳をブルブルと振るわせながら悔しがった。
このような時なのだが、その格好はあまりにも滑稽だった。
そして、いよいよエスパーたちのいるホールに辿り着いたが──
「!」
そこには、武器を手にした保安部員たちとシュラインが待ち構えていたのだ。
「…………」
シュラインは無表情な顔で腕を組み、立っていた。
その数メートル手前で立ち止まったダライウスは、彼とは対照的なものすごい形相でシュラインをにらみつけている。
「ダライウス、タレス総統は嘆いておいでだぞ」
「うぬう…」
歯軋りしかねないほどに歯を食いしばり、搾り出すようにうめくダライウス。
そんな彼を冷やかに見つめるシュラインは言い放った。
「こいつらを捕らえよ!」
わらわらと保安部員たちがダライウスに詰め寄って行った。
それを最後まで見届けずに、シュラインはくるりと背を向け、ホールへと入っていた。
「あっ、父さん!」
真っ先にそう叫んだのはシグマだった。
ダークはというと、生真面目に敬礼をし、てきぱきと父でもあり上官でもあるシュラインに報告を始めた。
「……ということで、彼らエスパーのおかげでブラックホールも無事回避できました」
息子の報告にいちいち頷いてから、彼はシグマを振り返った。
「シグマードよ。まったくよくやってくれた。おまえのおかげで、ダライウスの陰謀を暴くことができた。総統もことのほかお喜びになっておられるぞ。父は鼻が高い」
そうして、シュラインは、その言葉に照れくさそうな表情になっているシグマの肩をぽんぽんと叩いた。
それを兄のダークは嬉しそうに見守っていた。
「とにかく、君たちにはせめてあと一日だけでも留まってもらえないだろうか。タレス総統もお礼を述べたいと申しておられるし。なんとか思いとどまってくれないか」
ダークは辛抱強く説得を続けていた。
「う───んんん……」
ノンはうなって頭を抱えこんだっきり、その場にしゃがみこんだ。
それを呆れ顔で見つめるシグマとダーク。
トミーはやれやれといった顔だ。
しばらくお行儀の悪い格好だったノンだが、唐突に立ちあがった。
「ま、いっか。なんとかなるでしょ。楽しんで帰んなきゃソンだもんね」
そうケロリとして言うと、ペロリと舌を出した。
(あーあーそーゆーヤツだよ、この女は。まったく、なんてぇお気楽な人間なんだ)
シグマがそう心で呟いたと同時に、ノンが彼をキッとにらんだ。
彼はギクッとしたが、我に返った時にはすでにノンはシュラインに顔を向けて何やら話だしていた。
(なんなんだ?)
シグマは不快感と同時に、なぜか不安を感じた。
一方ダークはといえば、有頂天になって早速トミーに話し掛けていた。
それを見たシグマは、何だか一人取り残されたような気分になって、さらに心が沈み込んでいった。
「……………」
彼は、自分の父と話をしているノンをもう一度見つめた。
そして、彼女を初めて見た時のことを思い出していた。
(あれは…)
あの感覚はいったいなんだったのだろう。
あの懐かしくてほろ苦い感じは───まるで、自分の中に往古より刻みこまれている記憶のような、そんな気がする。
運命───といってしまっても過言ではない。
何だかそう思える。
きっと自分と彼女の間には常人には計り知ることの出来ない何かがあるのだ。
(知りたい───)
シグマは強くそう思った。
なぜだか無性に彼女と自分の秘密を知りたいと思った。
「へえ……、そうするとやっぱり君たちは地球の人間ではないのか」
そのとき、ダークの驚く声が上がった。
どうやらトミーから聞き出したらしい。
それを受けてノンは多少非難がましい口調で言った。
「詳しくは言えないんだけどね。せっかく地球での生活をエンジョイしていたのに、あなたが来たおかげでだいなしよ。もう私たち、地球には帰れないかもしれない」
「申し訳ない……」
しゅんとしてしまうダーク。
その姿は妙にいとけない。
「まったく…」
それを見たトミーは、ノンにメッとしてみせた。
「意地悪しないの、ノンったら。しかたないじゃない。ダークは悪くないわよ。ユーフラテスのことを思ってのことだってことくらい、わかってるんでしょ」
トミーの言葉に、またしても舌をペロリと出すノンであった。