第3章「恋人たちの惑星」第4話
ええええええ!!!
ノリコは心で叫び声を上げていた。
(いきなり妊娠ですかっ!)
結婚くらいの話は出るだろうということは想像はしていた彼女だったが、まさか、すでにもう妊娠するところまで関係が進展しているとは思ってもみなかった。自分がいた時代も、そういう話がなかったわけではなかったが、さすがに自分の周りにそういった進んでる子はいなかったので、ついつい「未来はそういうことも早いのかなあ」とノリコは思ってしまった。
というか、ノリコは隣の博士も驚いているんじゃないかとつい盗み見る。
「!」
だがしかし、博士はまったく驚いてはいなかったのだ。
彼はいつもの温厚な表情がさらに柔和な表情になっていた。
「そうか。おまえも19になったのだったな。それに…」
慈しみの笑顔をノブコに向ける。
「私に孫ができるのか。ありがとう、ノブコさん」
「いえ、そんな…」
彼女は顔を真っ赤にさせて「申し訳ありません…」と囁くような小声でつぶやいた。
そんな彼女を愛しくてしかたないといった顔でコウイチが見つめる。
それを見た博士の姿をノリコは何気なく見た。
(なんとなく、だけど、さびしそうに見える…)
娘であろうが息子であろうが、我が子が一人立ちして自分の家庭を持つということは、親としては寂しいものなのかな。もし、自分もあの時代に大人になるまで生きてたとしたら、自分の父親もこんなふうに自分が誰かと結婚するとなった時に、さびしく思ってくれたのだろうか。
(なんて、さ。ありえなかった過去…というか、未来か…そんなことを思うことも不毛だよね…)
と、いろいろ複雑な思いを抱いていた矢先、博士が急に言い出した。
「そうだ。いい機会だから言っておくが、様々な手続きもすみ、ノリコは正式に私の養女として認められたよ。なので、私達は晴れて親子となったのだ」
「ほんとですかっ! お父さんっ!」
コウイチが思わず立ち上がった。
同時にノリコも立ち上がる。
「今日から博士は私のお父さんなのね! そして、コウイチくんは私のお兄さん…」
彼女は感激して頬を紅潮させ、コウイチへ視線を向ける。
「そうか。とうとう僕たちは兄妹になったんだ」
「おめでとう、ノリコ」
ノブコが目を細めてノリコに心からのお祝いを述べた。
ノリコはそれに嬉しそうに頷くと、夢見る瞳を何もない中空に向ける。
そして、誰に言うともなしに言葉を紡ぐ。
「この未来で目を覚ましてからずいぶん経つわ。なんだか、ようやくこの世界の人間になったような気がする……」
それからノリコはそんな彼女を優しく見つめる三人に顔を向けた。
「お父さん、お兄さん、そして、ノブコお姉さん、これからもこんな私ですが、どうぞ、よろしくお願いします!」
ノリコがワタナベ博士の養女になり、コウイチの妹になったことは大学のみんなにも知られることになる。別に隠すことでもないし、これからはクロミノリコではなくワタナベノリコという名前になるので、大学での呼ばれ方も変わっていくからだ。
そんな中、大学では新しいセクションができるということもあり、その選考に通った学生たちが発表された。
その中にはもちろんノリコもいた。
「それでは、本年度、SPトレイニングプレイス(訓練所)への特待生はSPセクション上位60名に決定します」
ここ、ユーニガースティの一室、というよりは講堂のような広い場所で100人は下らない教官たちの前の壇上に立ち、そう発言しているのは泣く子も黙る当ユーニガースティの学長である。と、同時に教官たちの拍手が湧き起った。
「彼らは本校始まって以来の優秀な学生たちである。我々も全力をあげて見守っていこうではないか!」
再び拍手と歓声が上がる。
学生よりも教官が多いこの異常な状態を、それでも60名の学生たちは誇らしそうな表情で受け入れていた。
自分達の明るい未来に胸を高鳴らせ、教官たちの喝采を感激とともに。
そのSPトレイニングプレイスは、SPセクションのために特別に設けられたSPセクションのエリート中のエリートの育成のための訓練を行うセクションである。
選ばれた学生には数々の特典が与えられる。
中でも一番の特典は、卒業時に個人に贈られる宇宙船だろう。
それは一人乗り用の自家用船ではあるが、なかなか手に入る代物ではないはずである。
その代わり、選ばれるのも難しいが、選ばれてからも地獄のような厳しさが待っている。
それに耐えられず去っていく者も多い。
もちろん辞退することも自由であるわけだ。
教官たちの目が学生たちに注がれる。
さて、今回はどれだけの学生が過酷なプログラムに耐えて残ることになるのだろうか、と言いたげに。
その新しいセクションの発表の数日前のこと。
長い休みが終わり、新しい大学生活が始まろうとしていた。
「おーい! みんなー久しぶりー元気だったかー!」
セクションルームに大声でご登校したのは、かの人、ハヤトである。
「相変わらず元気ねー、ハヤト」
呆れ顔でそう言ったヤエの顔は、みごとなまでに日焼けで真っ黒だ。
「おーおまえもあいもかわらず、たくましいではないか、だ」
そんな彼女にニヤリと笑っておどけてそう言うと、周り中からドッと笑い声が上がる。
一方ノリコの方といえば、シンゾウとともに大学内を歩きながらセクションルームに向かっていた。
「ノリコは本当に強いんだね。僕はそんな君がうらやましいよ」
彼はまぶしそうに横を歩く彼女を見やった。
「あら、何言ってるの。私なんかよりあなたのほうがすごいわよ。自信を持ちなさいな」
ノリコはパチッとウィンクをしてみせた。
それを見たシンゾウは、ポッと顔を赤くさせてうつむいてしまった。
「じゃ、シンくん。またあとでね」
彼女は手を振りながらセクションルームに入っていった。
シンゾウは閉じられたドアを見つめながらそっと呟いた。
「やっぱり君のほうがすごいよ…」
その声は切なげに中空に消えていった。




