第3章「恋人たちの惑星」第2話
「ノ・ブ・コ・さーん!」
ものすごい勢いでノリコはコンピュータールームに飛び込んだ。
それを微笑みを浮かべて静かに迎えるノブコ。
「ノリコ、よく来たわね。待っていたわ」
ノリコは、見事、進級試験に合格し、二年生になる前の一ヶ月の休暇をここアトランタにやって来たのであった。そして、その彼女に続いて一人の男性が室内に入ってきた。コウイチである。
「初めてお目にかかります……なんてね。名前だけは知っていたんだよ。僕はワタナベコウイチ、よろしく」
「あ、ほんとによく来てくださいました。私、ノブコです。私もあなたのお名前は知ってたんですけど……お会いできて……嬉しいです」
ノブコは頬を赤らめて、コウイチの差し出した手にそっと自分の手を重ねた。
すると、コウイチは、ためらいがちな彼女の手を改めて強く握りしめ言った。
「いやあ、まさか君がこんなに美しい人だとは知らなかった」
それを聞いたノリコが思わずぷっと吹き出した。
「なんだよ、ノリコ! 失礼じゃないか」
「だってー大真面目な顔でコウイチ君がそんなセリフ言うなんて、信じられないんだもん」
「なんだとー!」
コウイチは憤慨して真っ赤になった。
「あーあー怒らない、怒らない」
ノリコはそれに対して手をヒラヒラさせながら受け流すと、ノブコに向かって言葉を続ける。
「さ、ノブコさん。コウイチ君にアメーシスを案内してあげてくださいな。私、一人でさみしくしてるから」
そうして彼女は二人をコンピュータールームからグイグイ押し出した。
「あっ、おいっ、ノリコっ!」
目の前で閉じてしまったドアを憮然とした表情で見つめていたコウイチだったが、隣に立つノブコの視線を感じ、そちらに目を向けた。
すると、ノブコのすがるような瞳に気づき、ドギマギしながら「ノリコにも困ったもんだ」と、ハハハと乾いた笑い声をあげた。
「と、とにかく、せっかくだから美人なガイドさんに案内してもらおうかな、ね、ノブコさん?」
彼はそう言うとニコッと微笑んた。
ノブコの顔の表情がパッと明るくなった。
それがコウイチとノブコの運命的な出会いとなったのだった。
二人がそうやって連れ立って出かけた後、ノリコはモーゼスとよもやま話に興じていた。
「ねえ、モーゼス」
「何かな、ノリコ」
ノリコはいつかのノブコのように座り込んでモーゼスに寄りかかっていた。そして、モーゼスに語りかけていた。試験に無事合格したことや地球のことなどを。
そんな中、ノブコとコウイチのことに思いを馳せた。その結果、何となくその思いを誰かと共有したくなったのだ。
「ノブコさんはコウイチ君が好きなわけよね」
「そうだね」
「で、明らかにコウイチ君はノブコさんが気になっている」
「確かに」
それから彼女はひとつため息をつくと続けた。
「二人が恋人同士になるのは時間の問題だわね」
「ノリコは……」
珍しくモーゼスが言い淀んでいた。
それに気づいたノリコが苦笑した。
「いいのよ、モーゼス、ハッキリ言ってくれても」
「ノリコもコウイチに好意を寄せているのか?」
彼のその言葉にノリコは儚い笑顔を見せた。
それは何もかもを諦めた人間の見せる表情にも似ている。
「……そうね。そうかもしれない。ねえ、聞いてくれる?」
彼女は話し始めた。この時代に目覚めるまでの自分が生きていた時代のことを。
「たいていのことは博士とコウイチ君に話はしたんだけど、このことはね、コウイチ君自身のことじゃないとはいえ、コウイチ君の祖先に関することだから話しづらくて話してなかったの」
中学2年になった当時の彼女は1年生の時に同級生だったコウイチロウに対して淡い恋心を抱いていた。
「席も近くてね、他の仲のいい子たちとバカ騒ぎをよくしていたの。それまでの小学生の時の男子たちと違って、彼は本当に優しくて、同じ男の子とは思えないくらいに私にとっては大人な男の人って感じだったのね。それで好きになったんだけど、2年生になってクラスが別れてしまって、もう話すきっかけもなくなって、寂しいなあって思ってた……でもね、女心って残酷よねえ」
すると一転して彼女はペロっと舌を出すと続けた。
「新しいクラスでね、私はこれこそ運命の人だっていう人に出会ったのよ」
それはハヤトの祖先の勇人のことだった。
やっとのことで出会えたと思ったその矢先に彼女は冷凍睡眠されることになったのだ。
「せっかく今度こそっていう人に会えたのに…」
その時のことを思いだしたのか、ノリコはぶるっと身体を震わせた。
だが、その後、ハヤトより先にこの世界で出会ったのがコウイチだった。
以前の時代でも最初に出会ったのがコウイチロウだったのだ。だからこそ、自分にとってもしかしたら運命の人はこの人なのかもしれない、と、何となくそう思うようになっていったものだ。だから──
「何百年も未来に目覚めて、そこであの時の彼と同じ顔と声のコウイチ君に出会って、そりゃあもうこれってやっぱり運命かもって思ってもしかたないわよねえ」
「………」
モーゼスは何も答えない。
どうやらノリコに好きなように好きなだけ喋らせようとしているようだ。
「けれど、やっぱりコウイチ君はコウイチロウじゃない。同じ顔と声をしていても、あの時代の彼じゃないの。そして、他に何人か当時のクラスメイトたちと同じ顔同じ声の人たちのことも、当時の私のクラメイトとはまったく違う人間なんだって、わかってたつもりなんだけど、本当は私は何もわかってなかったんだなって気づいたの。そう思った瞬間、ああ、本当に私は一人ぼっちになっちゃったんだなあ。この世界では異質で、本来ならここにいちゃいけない存在なんだなあって、そう思ったの」
誰も自分を知っている人はいない。
本当の家族ももうすでに死んでしまってここにはいないわけで。
なんで自分はこうやってここで生きているのだろう。
「……本当なら私はあの時に死んでたはずなんだよね」
普通、人間が冷凍倉庫に閉じ込められて冷凍されてしまったら死んでしまうだろう。あの後、何年か後に見つかったとしても、当時の科学では蘇生は無理だっただろうから。それが、たまたまノリコの場合、蘇生可能な未来に見つかったことで、奇跡的に生還を果たしたわけだ。
「それこそが運命だよ」
モーゼスが静かに言った。
ノリコは顔を上げる。
彼女は泣いていなかったが、その目はまるで泣いているかのように濡れていた。
「あなたが此処に存在することは現実なんだ。現実に存在しているのだから、あなたが此処にいることを許されている証拠なんだと私は思っているよ。大丈夫。あなたがこの時代に存在していることは駄目なことじゃない。それを信じることだ」




