第3章「恋人たちの惑星」第1話
地球は春の兆しが見え始めていた。
そんな穏やかな季節の中、ヨナゴ・スペース・ユーニガースティ内ではてんやわんやの大騒ぎとなっていた。
もちろん、ノリコのことである。
彼女は惑星アトランタから火星に転送してもらい、地球まで自力で船を操り無事生還したのである。
そのときのユーニガースティ、いや、地球上では、ノリコの行方不明で大騒ぎだったので、突然の彼女の帰還で世界中がひっくり返りそうな騒動となったのだ。
マスコミは騒ぎ立て、軍関係は出張ってくる、果ては何の関係があるのか政治まで顔を出してくる始末。
今やノリコは時の人として世界中が注目していたのだ。いや、宇宙中と言ったほうがいいか。
「しかしよかった、無事に戻って来れて。一時はどうなることかと心配したんだぞ」
アリテレス博士は、いろいろなことから解放されて帰って来たノリコを優しく抱きしめ、彼女の無事を喜んだ。
「博士……」
彼女はこの抱擁に、彼の限りない愛情を感じていた。
かつて本物の両親にさえ感じたことのない愛である。
そして、その傍で、コウイチが温かい目で二人を見守っていた。
(私は幸せだ)
博士の力強い腕とその胸の広さを心地よく思った。
突然この時代に目覚め、気丈にも淋しいことはないと強い気持ちを持ちつづけていた気持ちが薄れてくるのを感じた。
「さて…」
博士は優しく彼女を解放すると、傍らのソファにノリコを座らせ、自分は彼女の前のソファに座る。
それを見た息子も彼にならう。
「さあ、ノリコ。私たちにもアトランタの話をしてくれるね」
「僕も聞きたくてワクワクしてたんだ」
ノリコは二人の様子を見て、くすくす笑うと話し始めた。
「───ということなの」
しばらく、博士たちの質問を挟みつつ、ノリコの話は続いていたが、ようやくこの冒険譚が終わりを告げようとしていた。
「それでね。さっきも言ったように、ノブコさんやモーゼスと相談した結果、アメーシスに移民を受け入れたらどうかって。博士はどう思われます?」
「すばらしいことだよ!」
いつになく博士は興奮していた。
思わず腰を浮かせて続ける。
「そのモーゼスの話を聞くと、かつてアメーシスに住もうとしていた人たちは、もしかしたら地球人の祖先だったかもしれないのだからね。そういう意味では、”地球人よ故郷に還れ”ということにもなる」
「やっぱり博士は賛成してくださると思ってた」
彼女は飛びあがって喜び、そのままアリテレスの膝元に寄っていった。
「博士、アメーシスはとても素敵なところよ」
ノリコはアリテレスの膝にもたれかかり視線を宙にさ迷わせ、夢見るような瞳で言った。
「博士も一度行ってみるといいわ、コウイチくんも。それに……」
すると彼女は突然クスクスとおかしそうに笑い出し、
「モーゼスがとっても愉快なの。博士たちともお話してみてもらいたいわ」
「そうか、そんなに変ったコンピューターなんだね」
博士は目を細めてノリコを見やる。
その眼差しは慈愛に満ちていて、はたから見れば、彼らは立派な親子に見えただろう。
「僕はその移民計画を手伝おうかと思っているんだ、父さん」
すると、隣でにこにこと二人の様子を見ていたコウイチが喋り始めた。
心なしか誇らしげな態度だった。
「ノリコの提案したアトランタ移民計画は、全面的にうちのユーニガースティに委ねられることになったんだよ。僕もね、代表として行くことになったんだ───というより…」
彼は少し顔を赤らめると、
「…というより、頼みこんだといったほうがいいかな。ちょっとね、タナカノブコには前々から興味があったんだよ。これはいい機会だから、一度は天才少女のお顔を拝見して、話しもしてみたいなと思ってさ」
「やだ、コウイチくんったら!」
それを聞いたノリコが突然叫んだ。
「知らないわよー。きっとコウイチくん一目惚れしちゃうかもっ!」
「ばっ、バカなこと言うなよ! 僕はただ純粋に興味があるだけでっ…!」
「わー、コウイチくん、顔が真っ赤!」
「嘘だ───!!」
怒ったコウイチが、逃げ出すノリコを追いかける。
「やれやれ…困った子供たちだ」
居間を出ていってしまった二人をため息で見送った博士。
だが、このとき、誰も予想だにしていなかった。
これが三人で過ごす最後の団欒であるということに。
「それではこれからスペース・パイロット・セクション1年、クロミノリコの2年進級の再試験を行う。試験内容は前回と同じく火星間飛行。幸運を祈る!」
広大なスペースポートに只一隻のスペースボート。
そう、ノリコの船である。
彼女は優秀な成績であるため、特別に再試験が許可されたのだ。
「なんだい、大学側もケチだなあ。彼女は絶対合格だってーのに、再試験なんかしてさ」
そう言ってぶうたれているのはカズこと和尾である。
小さな身体を精一杯伸ばして、今まさに発進しようとしている船をよく見ようとしている。
「しかたないじゃない。特別は許されないのよ。示しがつかなくなるもの」
ヤエこと泰江は、いかにもお姉さんといった口調でたしなめた。
だが、彼女の言葉に、そこにいる友人は皆一様に頷いた。
──ゴ、ゴ、ゴゴゴゴォォォォ!!
「あ、発進したよ!」
ノリコの友人らは、一斉に一点を見つめた。
ゆっくりゆっくりと上昇していくノリコの船。
雲ひとつない空に点となって消えるまで、彼らは見守り続けた。




