第2章「アメーシスのモーゼス」第9話
ノブコの部屋にやってきた二人は、しばらく黙ったまま向かい合わせでソファに座っていた。
だが、やはり黙っているのが性に合わないノリコが口を切った。
「ええと……あの…」
心持ち恥ずかしそうにうつむいていたノブコが顔を上げた。
ノリコは見つめられて多少どぎまぎしながらも続ける。
「あのですね。えっと……どうして私はここにいるのでしょう?」
我ながらとんちんかんな質問をしていると思いつつ、しかし、そう聞くしかないと思ったノリコであった。
「………」
それを察したのか、ノブコは素直に謝った。
「ごめんなさい。私がモーゼスに誰か人間と話したいって言ったから……だから、こんなことに……あなたには本当に申し訳なかったと思います」
「あっ…いえ、あの……そんな謝らないでくださいよ。別にそういうつもりで言ったわけじゃないんですから」
ノリコは慌てて腰を浮かせた。
それから再びドシンとソファに腰掛けると言葉を続けた。
「ええと、あの、その……じゃあ、じゃあですね。それはいいとして、さっきも言いましたけど、本当にまだ帰るつもりはないんですね?」
「ええ……」
再びうつむいてしまったノブコ。
ノリコもそれ以上は何も言えなくなってしまって、またしても部屋には重い沈黙が垂れ込めた。
しかし、しばらくしてから今度はノブコがその沈黙を破った。
「一人になりたかったの……」
彼女はか細い声でそう言った。
ノリコはじっと彼女を見つめる。
「自分でもよくわからなかったわ。ただ、無性に一人になりたくて……気づいたら地球を飛び出していた」
そして、彼女はポツリポツリとこのアトランタに来るまでのいきさつをノリコに話して聞かせた。
「そうだったんですか……」
一通り話を聞いたノリコは、すっかりこのノブコに同情的な気持ちを抱いていた。
そういうことってある───とノリコは思った。
思春期っていうやつだ。
この時代に来てからは、そう思う暇もないほど日々の生活に追われていたけれど、過去の時代では確かにそういうことってあったような気がする。
一人になりたい。
親や兄弟からも離れて一人でいろいろやってみたい。
みんな、一度はそう思うものじゃないだろうか?
「でも……」
すると、ため息とともにノブコが呟く。
「でも、やっぱり私も淋しがりやの人間ね。しばらくは一人でいても何とも思わなかったけれど、いつしか人間を恋しく思っていた。淋しくて淋しくて……温かい人間のぬくもりを求めている自分に気づいたの。それは、モーゼスさえも補えない淋しさだったわ。それで、モーゼスが私のためにあなたを連れて来たの。本当にごめんなさいね」
「そっか……私は話し相手ってことだったのね」
嫌味にならないようにと気をつけて言うノリコ。
そこで、話題を変えるためにも別の質問をする。
「ところで、モーゼスはどうやって私をここまで運んだのかしらね」
「彼は、営業上の秘密だって言うの。冗談だと思うんだけど。おもしろいでしょ、コンピューターが冗談言うなんて」
そこで初めてノブコが楽しそうにフフフと笑った。
ノリコは彼女の楽しげな笑顔にまたしても見とれた。そして、だいぶリラックスした気持ちを持てるようになった。
「そうねぇ。ワープさせられたのかなぁ。だってさ、私、スペースボートに乗ってイグザミネーション……あっ!!」
ノリコは叫んだ。
「私、そういえばイグザミネーションの最中だったんだっ!!」
しまった───失格してしまった!!
ノリコはこのままでは博士やコウイチに顔向けができないと胸が痛んだ。
「まあっ! なんてことっ!!」
ノブコは真っ青になった。
「そんな大切なことの最中に、あなたを連れてきてしまったのね。どうしましょう……」
「あ…いえ……」
ノリコは、ノブコがあまりに嘆いているので戸惑った。
確かに残念ではあるが、ノブコに出会えたことは、もしかしたらイグザミネーション以上にすごいことかもしれないと思えたからだ。
(試験なんていつでも受けれる)
本来の、楽天的な彼女の性格が頭をもたげてきたと言うべきか。
「えっとね、ノブコさん。いいのよ、そんなに気にしなくても。まあ、私も気にしてないって言ったら嘘になっちゃうかもしれないけれど、でも、あなたに会えたことは本当に嬉しかったもの。イグザミネーションならまた今度受ければいいよ。だからね、そんなに気にしないで」
「ノリコさん……」
ノブコは、ノリコのその言葉にパッと顔を輝かせた。
(ふうむ……なんてステキな笑顔の人なんだろう)
ノリコは感嘆の思いで彼女の満面の笑みを見つめた。
そして、この時のノブコの表情を、決して二度と忘れることはないと思ったのだった。




