第2章「アメーシスのモーゼス」第6話
「父さん、出発したよ」
ステーションの展望台から外を眺めていたコウイチが、彼の父に向かいそう言った。
どこまでも続く広大なステーションの敷地。
そこから今まさに地上を離れようとしているスペースボートを、アリテレス博士は自分の息子の隣に立ち眩しそうに見つめた。
真っ青な空に銀色の機体が溶けこみ、ともすれば透明になってしまいそうだ。
そして、雲一つない青空は、飛び立つ若者たちをまるで祝福しているかのように澄みきって広がっている。
「彼女がスペースユーニガースティに入学して一年経ったか……そろそろ考えなくてはならんな」
「どういうことですか、父さん?」
父の言葉に疑問を抱いたコウイチはそう聞き返した。
彼の父は視線を彼方に向けたまま答える。
「うむ。ノリコのことだ」
「え?」
アリテレスは相変わらず空を見つめたまま、腕を組んだ。
「彼女の身の振り方だ。いくら私が後見人であるといっても、いつまでたっても身元不明のままではいかんだろう」
そして、彼は自分の息子に顔を向けた。
「私はな、彼女を養女にしようと思っているのだ」
「そうですか!」
父の言葉にパッと顔を輝かせるコウイチ。
「そうすると、ノリコは僕の妹になるんだ」
アリテレスは、コウイチの喜ぶ顔を満足そうに見つめた。
だが、すぐに心配そうに表情を曇らせた。
「ただ、彼女がそれを喜んでくれるかどうか……」
「それは大丈夫ですよ、父さん」
コウイチは励ますように明るく答えた。
「ノリコだって、父さんを本当の父のように慕ってくれてるじゃないですか」
「そうだといいんだが……」
アリテレスはため息をつくと手すりに手を乗せ、再び空を見やった。
すでにもうノリコたちの乗った機体は消えうせている。
コウイチは、そんな父親にならって、自分も手すりに手をやり、身体をそらせて大きく息を吸った。
「そうかぁ、妹かぁ。頑張れよ、我が妹ノリコ!」
彼は、この声が彼女に届けばよいのにと心で思った。
そして、その妹は、スタートからダントツでトップを飾っていた。
先程までの張り詰めていた緊張もいつのまにか消え去り、漲る興奮で、彼女の頭はクラクラしていた。ボートはビリビリと震え、レバーを握る手が更に強くなる。
「うー!!」
突然、彼女は唸った。
顔は正面に向けられ、目はキラキラと輝き、頬は赤く染まっている。
「なんか軽快な音楽がほしいところねっ! 頭冷やしたいしっ!」
それから、彼女は後ろを振り返った。
「うわおっ!」
彼女たちの乗っているスペースボートは、戦闘機タイプの形をしていた。
だから、今ノリコが乗っているシートも硬化ガラスで覆われただけであって前も後ろも上も星々が広がる大宇宙が一望できるようになっている。
そういうことで、彼女が振り返った先には、今出発してきた地球の姿が大パノラマとして展開されていた。
──地球は青かった───
そう言った宇宙飛行士が昔いた──と、彼女は思い出した。
暗い暗い深淵の宇宙に、ひっそりと浮かぶ青い楽園。
その上で生きて生活している何十億という人々。
様々なストーリーが、今この時も、この星のどこかで繰り広げられている。
「私……この星が好きだわ。なんでかすごく好きだわ」
彼女はそう呟くと、再び前方の宇宙空間に目を戻した。
「でも、この宇宙はもっと好き───」
知らず、感嘆のため息をつきながら夢見心地で呟くノリコ。
好きだと思った地球でさえ──あの、たとえようもない美しさで魅了する地球でさえ、この無限に広がる大宇宙に比べると、本当にちっぽけな存在でしかない。
「……………」
ふいに、彼女の身体に感動に似た身震いが走った。
「でも……それでも地球は二つとない素晴らしい星だわ」
ノリコのボートはさらに加速を増す。
誰も彼女に追いつける者はいなかった。




