第2章「アメーシスのモーゼス」第5話
その頃、地球のノリコたちは、二年進級のタームクローズ・イグザミネーション(学期末試験)を迎えようとしていた。
SPセクションの一学年の学生たちは、スペースユーニガースティ専用のスペース・ステーションに集まっていた。そして、センターパブリック(中央広場)で試験官の指示を待っていた。五十人ほどの学生の中に、ノリコの姿もあった。
入学してからもう1年も経つので、ここSPセクションにもいくつかのグループができていて、ノリコもまた、あるグループの中にいた。
「やだぁ───」
思わず、誰かの言った言葉に歓声を上げるノリコ。そうしてから、彼女は一人一人を眺めた。
(ほんと不思議───)
そばかすのあるマッシュルームの髪型のリエ(利恵子)、顔が少し細長で、身体のがっしりしたヤエ(泰江)、色白で華奢な美少女のミーユ(美由子)、ぽっちゃり型でおチビさんのサミー(里美)、小麦色に焼けた腕や足が細くて少年のようなケーコ(慶子)、そして、天然パーマのアキオ(昭生)、まだ小さな男の子といった印象のあるカズ(和尾)、太い眉に少し赤みのかかった髪のマサオ(雅緒)、顔中目といえるほど大きな目で彫りの深い顔をしたヤスオ(康生)、スラリと背が高く甘いマスクのノブオ(伸生)、目の吊り上った、いかにも気の強そうなハヤト(勇人)───
この十一人は、かつてノリコのクラスメイトだった友人たちとそっくりなのだ。
(ほんとびっくりしたわ)
ノリコは思わずクスリと笑った。
恐らく、みんな子孫なんだろうが、だからってこんなにも似るものなんだろうか。まるで本人たちと一緒にいるような錯覚まで感じる。
「ノリコ、どうしたの?」
考え込んでしまったノリコを心配したのか、ケーコが彼女の顔を覗きこんだ。すると───
「怖気づいたんじゃないのかぁ?」
あざ笑う声が上がった。
「何だよ、これっくらいのこと。おまえもたいしたことないな」
「なんですって?」
憤慨したノリコが相手を睨んだ。
彼女の目には、ノブオと同じくらい背が高い男の姿があった。浅黒い肌、パッチリとして黒々とした目は、まなじりが吊り上って、見ようによっては強暴な感じがしないでもない。そして、意志の強そうな輝きを見せて、ノリコを見つめている。
(ハヤト……ほんっと生意気なヤツ……)
ノリコは睨みつけながらそう思った。
だが、彼女は複雑な思いを彼に持っていた。
(クラスメイトだった勇人は……)
彼女は思い出していた。今はもういない彼のことを。
今自分の目の前にいるハヤトは、あのときの勇人の子孫であるはずだ。そうとしか思えなかった。顔も気性も彼と同じだったからだ。
とはいえ、このハヤトはあの勇人その人ではない。
(思い出すわ。初めて勇人を教室で見かけたとき……)
彼女は古ぼけた記憶のワンシーンを思い出す。
中一の時に淡い恋心を抱いていた人とクラスが別れ、落胆した気持ちのまま中二に進級したその新しいクラスに彼はいた。
春の陽射しの中、友人とオセロに興じていた彼。
弾ける笑い声。
白い歯がこぼれんばかりにキラキラ輝いて───
(懐かしいって思った。彼を見てると、なぜだか心の中がカーッと熱くなって……)
懐かしい───どこかで逢ったような、そんな気がしたのだ。そして、そう思った瞬間彼女は恋に落ちていた。
(だけど、あの勇人はもういない……)
恋心を打ち明ける間もなく、彼女は事故で冷凍され、273年後の世界に目覚めたのだから。親も兄弟も、親友も何もかも失ってしまった───
ノリコは、当時の思い出に取りこまれようとして、我に返り頭を振った。
(ハヤト……)
ノリコは目の前にいるこのハヤトに神経を集中させた。
確かに自分の好きだった彼とは違うけれど、どうしても魅了されてしまう。
ハヤトの暴力的なまでの態度も、いつも乱暴な口しかきかないのも、ノリコには真実の姿とは思えなかったのだ。
「やめなさいよ、ハヤト」
そんな思いにかられていたノリコだったが、姉御肌のリエが、ピシリと割って入ってきた。
「ハヤトもハヤトだけど、ノリコも子供みたいに膨れないの!」
「えー、だってぇ……」
ノリコが不満タラタラでリエに抗議しようとすると、アナウンスが響いた。
「1学年の諸君。君たちにとって本日は初めてのタームクローズイグザムデイだ。心を引き締めて頑張ってほしい」
その声は、センターパブリックにいる学生たちの耳に快く響き渡り、彼らの心に誇らしさを与えた。
「いよいよだわ……」
ノリコは呟いた。
いよいよノリコたちは宇宙に出る。
彼ら1学年の学生たちは、一人乗り用のスペースボート(宇宙艇)に乗りこみ指示を待つ。それからフォボス経由で火星へと向かうのだ。そして、火星の大地に自分のネーム入りの白い旗を立て、地球へ再び帰ってくる。
火星の衛星フォボスには臨時のステーションが設置してあり、整備員が待機している。そこでボートの点検を必ず受けなければならない。そうしないと火星には向かえないことになっているのだ。
もし不測の事故が起きた場合は非常用の赤いボタンを押すこと。だが、この時、その者は即失格となってしまう。いい訳は一切受けつけられない。
「…………」
ノリコは狭いコクピットの中で武者震いした。コントロールレバーを握る手には汗が滲む。
「落ちつくのよ、ノリコ。もうすぐ、もうすぐだわ。私は宇宙に出れる」
彼女の心は、期待と焦燥で、胸が張り裂けそうだった。それが頂点に達しようとしたとき───
──ビー、ビー!!
インターコムからスタートの合図が出された。と、同時に、教官の力強い声が響く。
「諸君。成功を祈る。グッドラック!!」
そして、50隻のスペースボートが轟音とともに一斉に発進した。




