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ノナビアス・サーガ  作者: 谷兼天慈
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第1章「273年後の私」第8話

 ヨナゴ・スペース・ユーニガースティには、実はシンゾウの他にもうひとり天才少女がいた。その少女はコウイチと同級であった。

 彼女はフィジカル・サイエンティスト(物理学者)セクションで、コウイチとは面識はなかったが、少なくともコウイチは彼女のことを知っていた。

 彼女には二つ違いの弟がいて、その彼はスペース・パイロット・セクションに属していたからだ。

 しかし、彼女は15歳の時に行方不明になってしまった。

 家族や大学関係者の必死の捜索もむなしく、とうとう見つからなかったのである。

「ふ~ん。タナカノブコさんっていうの、その人」

「そう。弟はノブオ」

 ふたりは、朝のすがすがしい空気に包まれながら、ユーニガースティに向かって歩いていた。

「彼女はシンゾウ以上だっていうことだよ。それだけに、みんな彼女がなぜ失踪したのか知りたがっている───さ、ついた」

 ふたりの目の前に、ユーニガースティの大きな門が立ちはだかっていた。だが、封鎖はされていない。

 コウイチとノリコは、どんどん構内を進んで行く。

 そして、ユーニガースティの大きな建物の中に入っていった。

 入ってすぐはホールになっていて、天井が高く広さもかなりあり、大勢の学生たちが思い思いに談笑していた。

 その間を縫って、ふたりはさらに進んだ。

「見て! ワタナベさんよ」

「あっ、コウイチさんだ!」

 彼らが通りすぎると、少女たちがささやき始める。

「そばにいる人は誰かしら?」

「さあ? 見たことない子だわ。新入生じゃない?」

 ホールを過ぎるとそこは講義室へと続く廊下だった。

 ノリコは感心したように口を開いた。

「コウイチくんって人気あるんだ。みんなあなたのこと言ってた」

「ふん」

 彼は鼻を鳴らしただけで何も言わなかった。その態度はまるで不本意だとでもいいたげだった。

 しばらく白い廊下を歩いていくと、ある講義室から少年が出てきた。

 赤毛がふわふわっと柔らかそうで、色が白く、まるで少女のようなかわいらしい顔立ちの少年だった。

「あっ!」

「どうした、ノリコ!」

 その少年を見てノンが叫んだので、コウイチはびっくりして彼女の顔を見つめた。

「?」

 彼女の声があまりに大きな声だったので、赤毛の少年も不思議そうな顔でノンたちを見ていた。

「あの人……あの人は誰?」

「ああ…」

 コウイチは少年を一瞥すると言った。

「彼がシンゾウだよ」

「ええっ?」

 ノリコは驚愕してコウイチに顔を向けた。

「彼が? それなら……それなら……彼はテラザワというんじゃない?」

「そうだよ。彼のフルネームはテラザワシンゾウだ。驚いたな。なぜ知ってるんだ?───あ、もしかしてまた?」

「ええ、そうなの。あなたの時と同じ。彼も私の知ってた人にそっくりなのよ」

 ノリコとコウイチは顔を見合わせ、それから、ふたりをきょとんとした表情で見ながら立ち尽くしているシンゾウを穴の開くほど見つめた。

「…………」

 すると、シンゾウはゆっくり二人へと近づいてきた。

 近づけば近づくほどわかるが、彼は本当にお人形のようにかわいい少年で、とても天才少年には見えない。

 しかし、よく見れば、彼のキラキラ輝く瞳には理知的なものが見て取れる。

「ワタナベさん。ボクに何か用でも? それに……きみは…」

 彼はノリコに目を向け、首をかしげた。

 彼女はその視線を感じ、戸惑いながらもとりあえず挨拶をする。

「ええと…私、ノリコです。今日からここの学生なの。よろしくね」

「ああ! きみなの、今年のトップのノリコ──って呼んでいいかな?」

 彼がいきなり手を握ってきたので、びっくりしたノリコであったが、かろうじて頷く。

 すると、さらにシンゾウは喋りつづけた。

「それに、273年前の人間! すごいや。ねえ、ぼくにその頃のこと話しておくれよね……ああ、もうぼく行かなくちゃ、次の講義が始まってしまう…」

「…………」

 彼は、あっけに取られた顔のノリコをその場に残し、慌てて向こうへ駆けていった。名残惜しそうに手を振りつつ。

「ええと…」

 彼が行ってしまってから、ノリコは困ったように頭をかいた。

 そんな彼女を、コウイチは見た目には優しそうに見つめていたが、どうやらこの展開を大いにおもしろがっているようである。

「なんだか、ずいぶんと幼い感じの人ね。でも、実のところ、私の知ってた人もあんな感じだったの。彼ほど天才じゃなかったけれど、頭は悪くなかったわ。やっぱり同じ顔だと、性格も似てくるものなのかしらね」

「そうかもね」

「…………」

 ノリコはなんとなく気まずい感じで苦笑いすると、促すコウイチについてまた廊下を歩き始めた。

 しばらく歩いていて、ノリコはポツリと呟いた。

「でも、いい友達になれそう」

「そうだね」

 今度のコウイチの口調には心からの賛同が含まれていた。

 それから、ふたりは左手に太陽いっぱいの中庭を見ながら、まるで宮殿の渡り廊下のようなところを歩いていた。

「おはよう!」

「おはよー!」

 講義に遅れそうなのか、バタバタ走っていく少年。

 時間がまだあるからなのか、中庭のベンチに座って何事か囁き合っているカップル。

 はしゃぎながら駆けていく華やかな少女たち───

 みんな口々に挨拶をかわし、通り過ぎていく。

 と、コウイチの足がとまった。

「さあ、ノリコ。ここが新入生の説明会場。僕はこれから講義があるから君についててやれないけれど……」

「やあだ、コウイチくんったら!」

 ノリコは恥ずかしそうに叫び、ぷーっと頬を膨らませた。

「私、子供じゃないのよ。一人でも大丈夫よ」

「ああ、そうだね。ごめん、ごめん」

 彼はそういうと笑いながらその場を歩き去った。

「…………」

 ノリコは膨らませていた頬をもとに戻し、扉の前に立つと息を整えた。

 そして、ゆっくりと白い大扉を押していく。


 彼女の───ノリコの大学生活が、いよいよ始まろうとしていた───

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