第1章「273年後の私」第7話
それから一週間後、合格発表の日。
朝から雲一つない上天気だ。
ノリコは、コウイチとともにユーニガースティに向かった。多数の受験者が集まっている。
「受験者諸君、センターパブリック(中央広場)に集まってください」
どこからともなく、やわらかな女性の声が聞こえた。
センターパブリックは、ユーニガースティとドーミトーリィの間にある広場のことである。
芝生が敷き詰められ、大きな噴水が水を空中高く噴き上げていた。その霧に強い陽射しが当たって、七色の虹がかかる。
「…………」
ノリコは、まぶしそうに目を細めた。
そこへ、今度は低い男の声が響く。
「諸君。まず、一言いっておく。惜しくも不合格になった者も、気を落とさず、そのままP(プレパレイション=予備)セクションで、来年のためにもう一年頑張ってくれたまえ」
そして、一呼吸おいてから続ける。
「それでは、合格者を発表する。──クロミノリコ……」
なんと、ノリコは一番最初に名前を呼ばれた。
「ノリコ、すごいぞ!! 最高点だったに違いない!!」
「…………」
コウイチが興奮して叫んだが、ノリコはいたって冷静だった。次々呼ばれる他の合格者の名前をじっと聞き入っているようだ。
そして、最後の名前が呼び上げられた。
「………以上の者は、5月20日本校に集まるように。以上!!」
ノリコとコウイチは、急いで家に向かった。
博士が結果を待っているのだ。
彼らは息せき切って玄関から飛び込む。
「やった! 父さん、合格!!」
「そうか。やはりな」
言葉は冷静そうだが、博士も興奮しているようだった。声が震えている。
そんな博士と、まだ上気した顔をしているコウイチの前に立ち、ノリコは今の気持ちを伝えた。
「お二人にはなんてお礼を言っていいかわかりません。本当にどうもありがとうございました」
彼女は深々と頭を下げた。
それを見たコウイチは、彼女の肩に手をやり、力強く言った。
「そんな他人行儀な…これからは、良きライバルとして頑張ろう」
「コウイチくん……」
ノリコは感激してコウイチを見つめた。
博士はというと、何も言わずに頷きつつ、ふたりの若者を見守っていた。
それからゆっくり日は流れ、あくる日は初登校という夜。
ノリコとコウイチは、明日からのことを楽しそうに語り合っていた。
テーブルをはさんで向かい合う二人は、時々コーヒーをすすっては笑い合い、そして、よく喋った。
ノリコは期待に胸を膨らませ、目をキラキラさせている。
「コウイチくんは、もう宇宙を飛んだのよね?」
「そうさ!」
彼は鼻高々といった感じで答えた。
残りのコーヒーをぐっと飲み干し、身体をぐっと前に乗り出す。
「僕は、十歳の時ユーニガースティ小等部に入学したんだ。そして、十三で中等部、十五で大学部に合格した。君がこの時代に目覚める少し前、初めて火星までフライトしたんだよ。それが、TCEだった」
「そして、今年、2年のTCEでは土星まで行ったのよね」
「うん。で、合格できて、僕は晴れて三年生だ」
彼は二杯目のコーヒーをティーカップに注いだ。ついでにノリコの空になったカップにもおかわりをいれてやる。
それを見つめながら、ノリコは言った。
「ねえ、コウイチくん。ユーニガースティは何年生まであるの?」
「うん。平均十歳で小等部に入学して四年、十四歳で中等部、これも四年。十八歳で大学四年、二十二歳で卒業。これがまあ一般的なコースかな。ここらへん、君の時代の学校と変わらないと思うよ」
「じゃあ、コウイチくんは十八歳で卒業することになるのね。頭いいんだ」
「いやあ、そんなことないさ。まだすごいやつもいるんだぜ」
コウイチは照れながらも言葉を続けた。
「シンゾウっていう名前なんだけどね。こいつは天才だよ。五歳の時に小等部に入ってきて、わすが二年で終え、七歳で中等部へ。そして、それから二年で大学部に合格。これが九歳の時っていうんだから驚きさ。彼は、マセマティシャン(数学者)セクションにいるんだけど、十一の時には卒業資格を取っちゃったんだな、これが。でも、彼は卒業せずに、そのままスペシャルスタディ(専攻)セクションに残り、十二歳という若さで博士号を獲得した。純然たる天才少年なのさ」
「ふぇ───っ」
ノリコはバカのように口を開けたままだった。
「ひゃー驚いた。すごい人なのね。なんだか拝見したいものだわ、そんな天才くんに」
「ノリコと同じ年だから、たぶん会えると思うよ。楽しみにしててごらん」
コウイチは大きく頷いた。
そして 手に持ったカップの中身をまたもやぐっと飲み干した。




