第1章「273年後の私」第5話
そして───
月日が経つのも早いもので、ノリコが2250年に目覚めて半年が過ぎ、もう一ヶ月もすれば2250年も暮れてしまおうとしていた。
ニホンの四季はまだ健在で、今年の冬も寒さは厳しい。
初雪もすでに降り、窓から眺めるノリコの目にもチラホラと白い綿帽子が映っていた。
もし1977年の時代の、彼女を知っている者が今の彼女を見たとしたら、恐らく驚いたことだろう。
窓の外を見つめるノリコの目の輝き──そして、彼女の記憶力の早さなど、コウイチや博士の目を引いていた。
「父さん、彼女の能力は僕には計り知れない。初めて会った時には、ほんとに普通の女の子って感じだったのに……」
ある日、ユーニガースティに所用でやって来た博士にコウイチは言った。
「そうか…。もしかしたら、コールドスリープをしたために、何らかの作用が起きたのかもしれないな」
「ひょっとしたら、僕のトップも危なくなりそうだね」
コウイチはそう言って笑った。
だが、しかし──誰よりも一番驚いているのは本人だったのだ。
「これが私?」
あるとき、ノリコは鏡で自分の姿を見て、自分がずいぶんと変わったことに気づいた。
以前のオドオドしたところがなくなり、内から溢れる自信を身体で感じる。
まるで違う誰かにでもなったみたいだった。
勉強も、コウイチに教えられることが、自分でもびっくりするくらいスラスラと理解でき、そして、いったん覚えたことは二度と忘れない。
「私、すごい能力ついちゃったみたい。これって超能力みたいじゃない?」
と、呟くノリコ。
彼女は楽しそうにくるりとターンをすると、自分の部屋を見まわした。
「よおし! ためしに精神集中ってやつをしてみようか? もしかしたらテレパシィなんてできるかも…」
彼女は床に座り込み、目を閉じた。
暖房のきいた部屋の外は、相変わらず雪がシンシンと降っている。
「…………………」
彼女はひたすら心を白紙にし、精神を集中し続けた。
しかし、そうしようとすればするほど雑念が入ってくる。
しばらく、心を落ち着かせようと努力したが、無駄だった。
「あー! やめやめっ! あきっぽいとこは変わってないわねぇ」
そう言うと床に大の字になる。
そして、ホーッとため息をついて窓の外に視線を向けた。
さっきまでの雪がいつのまにかやんでいる。
「…………」
見つめる目がゆっくりと閉じられていき、いつしか彼女はうつらうつらしだした。
と、そのとき!
(ノン!)
「えっ!?」
彼女はびっくりして起きあがった。
「今、誰かが何か言った!」
興奮して叫ぶ。
それから再び目を閉じ、念をその誰ともわからない相手に送る。
(誰なの? 私ノリコ。答えて。あなたは誰?)
すると、やや間を置いて、
(もうすぐわかるわ。あなたはノン。私の大切なノンよ!)
そして、それきりその念は消えてしまい、ノリコがいくら呼びかけても、もう応答しなかった。
「うーむ。やっぱりコールドスリープのおかげかなぁ」
とても疲れを感じ出したノリコは、ソファにどっと座り込むと、自分でいれたコーヒーをすすった。
「博士やコウイチくんに言ったほうがいいかなぁ……ううん、今はやめとこう」
そう呟きながら、彼女は窓に目を向け、再び降り出した雪を見つめた。
部屋の中にはコーヒーをする音だけが響いていた。
そういったこと以外にはなにも起こらず、一年が過ぎた。
いよいよ、イグザムデイ当日───
ノリコが試験場に入るとき、コウイチが言った。
「気を落ち着けてがんばるんだ。君のことだから、合格は間違いないだろうけど…祈ってる」
彼女は彼に頷くと、軽い足取りで大学内に入っていった。
コウイチは、そんな彼女を満足そうな表情で見つめていた。
イグザミネイションは、オーソドックスな筆記試験で、一般常識から始まり、専門分野、適性と続く。時間もさほどかからず、朝九時に始まったかと思えば、三時間ほどで終了してしまった。
「ノリコ!」
試験場を出て来たノリコをコウイチが待っていた。
「なんかね、あっという間に終わっちゃったのね。あんなに、一年も勉強したのに」
ノリコはコウイチと歩きながらそう言った。
コウイチはそんな彼女を笑い、
「そんなものだよ、勉強なんて。でも、テストのための勉強なんてつまらないもんだ。やっぱり楽しくやりたいよな」
「まったくだわ」
ノリコは大きく頷いた。
「だけど…」
しばらく歩いていた二人だが、ノリコがあたりの風景に目をやりながら感慨深げな声で言った。
「私が目覚めて……一年も経ったなんて、まだ信じられない」
ノリコはまぶしそうに木漏れ日を見つめた。
ここは、本当に木々が多い。
季節の関係もあるが、みずみずしい緑がなんて目にやさしいのだろう。
そして、一年経っても変わらぬ自然───たかが一年といえども、これからずっと何年たっても何十年たっても、もしかしたら何百年たってもここはこうやって緑の多い、自然にあふれた場所でありつづけるような気がする。
そんなことをノリコは漠然と考えていた。
「ほんとに…君なんか、昔からこの時代の人間って感じだよ」
「あら」
ノリコは見上げていた目をコウイチに向けた。
彼は、一年前より少したくましくなったようだった。
そんな彼の姿をにっこり微笑みながら見つめたノリコだったが、唐突に駆け出した。
「コウイチくん、家まで走ろう!」
「ようし! 負けないぞ」
少しも驚かずに遅れてダッシュするコウイチ。
ふたりの若者は、初夏の陽射しの中、元気に走り抜けて行った。




