第1章「273年後の私」第2話
1977年───春。
ノリコは中学2年になった。
その頃、産業都市となったサカイミナト市は、何年も前から大掛かりな原子力冷凍倉庫を建設していた。
それは、原子力を利用した、完全オートマチックの半永久的な冷凍倉庫だった。
次代の人類への我々の世代の、食糧の博物館である。もしくは、環境破壊による動植物の激減に対しての研究が、速やかに行われるための備蓄として保存する、といった多目的のために造られたものであった。
だが、一番喜んだのは、SF好きの少年少女たちだった。
彼らは、いよいよ自分たちの住む場所も、SFの世界に入っていったような気がしたからである。そして、彼らは、暇さえあれば建造中の倉庫まで足を運んでいたのだ。
その子供たちの中にノリコもいた。
「なぜだろう───」
彼女は、わいのわいのと騒ぎまくる同じ年頃の子供たちとは違い、静かにこの巨大な建物を見上げていた。
なぜかはわからない。
彼女はこの建物に異常なほどの執着を抱いていた。
「う……」
一瞬、脳裏に黄色い砂漠のような風景がフラッシュバックした。
思わずヨロヨロとよろける。
「典子!」
傍らにいた髪の長い少女が、ノリコの身体を支えた。
白い肌と真っ黒な髪が対照的な、日本風の美人である。
それに対し、ノリコはぽちゃっとしたピンクの頬にくるくるっとした二重まぶたのキュートな感じの女の子だった。
髪も瞳も、まるで外人のように明るい茶色で、髪の毛はふわふわっとした巻毛が肩のところまで伸びている。そして、ぱちっとした大きな目にカールしたまつげが縁取っていた。
二人とも対照的だが、なかなかの美少女たちであった。
「敏枝ちゃん。私、なんだか変なの。変な夢ばっかり見るし───」
「どんな夢?」
ノリコは気づかないようだったが、トシエの黒檀のように黒い瞳が、何かの期待で輝いていた。
「黄色い砂漠───ぎらつく太陽───そして、そして……」
ノリコは目を閉じ、苦しげに呟く。
彼女の脳裏には、その砂漠を背景に立ちすくむ誰かが見えていた。
だが、どうしても誰なのか確認ができない。
「典子、無理しないで。きっと思い出せる時がくるから」
トシエは、苦しむ彼女の身体を支えながら、ささやくようにそう言った。
その時のノリコには、なぜ親友がそんなことを言ったのか、訝るほどの気力もなかったのである。
そして、いよいよ完成の日───
それは太陽ギラつく、真夏のことだった。
完成された倉庫には、世界各国から食糧が運び込まれ、それぞれの部屋におさめられた。何しろ、倉庫はひとつの都市が丸ごとすっぽり入ってしまうほどの大きさなのだ。そして、地下も造られていた。
地下のもっとも深いところには、この世で一番珍しい食糧をおさめるための倉庫もあるのだ。
その完成セレモニーの日。
この日は一般の見学者も入館できることになっていて、ノリコも見学にやってきていた。
彼女は、多くの見学者に混じって、巨大な、食の博物館へと入っていった。
(ああ……)
彼女は興奮していた。
「ここから先はデンマークの───」
案内の若い研究員の声も耳に入らないほど、彼女はあたりをキョロキョロして見ていた。
今日は一人のようである。彼女の親友は見当たらないようだ。
だが───
「あれ?」
ふと、気づくと、彼女はポツンと一人、広場のような場所に立っていた。あたりには人気が無く、ガラーンとしている。
そんなバカな───とノリコは思った。
今日は見学者が多くて、グループごとに別れて、いろいろと回っているはずである。いくら巨大に広いからといって、こんな、人がまったくいないところなんてあるはずがない。
「………こちら………で…」
すると、遠くで微かに案内の人の声がした。
ノリコは声のした方へと走り出した。
「おかしい……」
どんどん走って行けば行くほど、どうやら彼女は奥とおぼしき場所へと入りこんでいるようだった。
あたりは狭く、最初は気づかなかったが、緩やかな坂になっていたらしく、気づいた時には地下五階と書かれた場所にまで来ていた。
「ああ、どうしよう。迷子になってしまったわ。確かパンフによれば最下層じゃなかったかしら、ここって」
すっかり心細くなってしまったノリコであった。
「………で……」
「そう……それ…」
すると、彼女の背後の方から人の話し声が微かに聞こえてきた。
「わわっ、大変!!」
だが、彼女は、助けを求めるどころか、こんなところで見つかることが恐ろしくなってきたらしい。
「こんなとこ、勝手にウロウロしてたら怒られちゃう。どうしよう……どっか隠れるとこ……あ、あった!」
さらに奥まったところに、あまり目立たない小さなドアがあった。
彼女は急いでそのドアを開け、中に滑り込む───ドアの横に書かれた文字を見もしないで───
そこには『永久保存 1977年』と表示されており、その下には“開閉注意!! 中から閉めること厳禁!!”と書かれてあったのである。




