第10章「夢幻の果実の見せる真実の愛」第9話
「思ったんだけどさ、スメイルってみんなみたいに愛称で呼ばれてなかったよね。てか、愛称って自分でつけるものだけど、彼女は自分を愛称で呼ばれるのをよしとしなかったでしょ。もしかして、もともとスメイルってその名が愛称だったんじゃないの? ねえ、ナァイアス、そこんとこあなたなら何か知ってんじゃないの?」
アリはおかっぱの髪を揺らしてナァイアスに食って掛かる。
「アリ、いや、ロビン・アリ・シン」
「うん、何? ナァイブティーアス」
「自分の姉のことなのに知らなかったのか?」
「え、何を?」
「スメイルは愛称などではないよ」
ナァイアスの言葉に驚くアリ。
というか、なぜ、それを彼が知っているのだと言わんばかりに、アリは抗議めいた言い方で問い詰める。
「実の弟の僕が知らないで、どうしてナァイアスが知ってるのさ」
すると、ナァイアスは視線を遠くに向けてゆっくり話し始める。
「オムニポウテンスも愛称ではないことは君も知ってると思うけど、スメイルも恐らく父親と同じようにしようと思ったのではないかな。彼女は本当に父親を慕っていたから」
そんな二人が話しているその時、笑湖は再び公園のベンチにやってきていた。
すると、そこへポウルがやってきた。
「笑湖さん、どうしましたか?」
「え?」
彼女は訳がわからないといった表情を見せた。
「隣に座っても?」
笑湖は頷いた。
しばらく、二人は前方を見つめたまま何も言わずじっとしていた。
「ポウルは今幸せ?」
笑湖の唐突な質問にも動じることもなく、彼は静かに答える。
「そうですね。ロボットである私はあなた方と同じく感情があります。嬉しいとか悲しいとか、恋しいとか愛しいとか、あるいは怒りとか、普通に理解ができます。この世界に生まれた時から、それらを私は知っていました。どうしてか、など考える間もなく、私には感情があったのです。そんな私であるから、愛する人を見つけ、その人にも愛を返してもらえ、この上ない喜びを感じました。と同時に少しの寂しさも感じたのですが、その理由は私にはどうしてもわかりません」
「寂しさ、ですか」
笑湖の表情が苦しそうに歪む。
それは恐らく、自分に対しての罪悪感の延長のような感情なのだろうと彼女は思った。
アリの言う通りにポウルが吾郎の魂を持っているとしたら、いや、間違いなく持っているのだろう。だとしたら、どうしても寂しさを感じてしまうのはしかたないことなのだろう、と。
だから、彼女は言う。
「そういうものなのよ、人を愛してしまったら」
「そうなのでしょうか。もしかしたら、笑湖さんも同じように寂しさを感じたことがあるのですか?」
ポウルは隣に座る笑湖に顔を向ける。
笑湖は彼の視線を感じながらも、そのまままっすぐ前を見つめたまま答える。
「ええ、そうね。私にもそういう感情は覚えがあるわね」
父の双子の弟である叔父を愛していた。
笑湖、いや、スメイルはポウルが彼の愛する人のもとに去っていったあと、残されたベンチに所在なさげに座ったまま思いを馳せる。
「あの果実を食べたのが原因なんでしょうね」
いつもなら、たとえ「スメイル」と呼ばれなくても元の記憶が戻ることはなかった。人間の生が終わった時にその人生の記憶を携えたまま記憶が戻って、またスメイルとして生きていくはずだったのだが、今回は夢幻の果実を食べ、そして真名を呼ばれたことで記憶が簡単に戻ってしまったのだ。
「もう、叔父様のことは忘れないといけない」
ひいては父親のことも。
「二人ともシーラスティーンしか愛せないものね。私のことなどきっとどうでもいいんだわ」
こんなに愛しているのに、と彼女は呟く。
愛しても愛しても、その愛に応える気持ちはもらえなかった。
もちろん、娘として、姪としての愛情はもらってはいたのだが、彼女にとってそれは特別なものではなかったのだ。
「二人に愛されたお母様が憎くて憎くてしかたなかった!」
そして、そんな邪な思いを母親に持ってしまう己を嫌悪した。
自分は人々を導く者とは成りえない、と。
それから、彼女は荒れた。
彼らに愛される人間も憎んだ。
どうせ人は死んでも生き続ける。
そうやって、己の荒れ狂う心を癒す為だけに人々を殺め続けた。
そうして彼女はその度に、人間として生きては罪を償って、恐ろしいくらいの時が過ぎていったのだ。
「吾郎…人を愛するって本当に寂しいわよね。私、今、無性に愛し愛されたいって心から思うわ」
「芳山くん」
その時、近づいてきたナァイアスが彼女を呼ぶ。
「笑湖って呼んで」
「え?」
「だから、芳山じゃなく、笑湖って呼んでよ、ナァイアス」
そう言って顔を上げ、彼を見つめる笑湖は、まるで泣いてるような表情で微笑んでいた。
それ以来、笑湖は記憶が戻ったことを隠し、ナァイアスやアリ、ポウルと接していくこととなった。
彼女はナァイアスたちのラボで一緒にロボットの開発に着手することとなり、この未来世界で彼らとともに生きていくこととなったのだ。
「で?」
話終わったロビンに対してノンは問う。
「まさかナァイアスが人間になったスメイルに接触してたとは思わなかったわ。それで二人はその後どうなったの?」
ロビンはかわいらしく首を傾げるとニッコリ微笑んだ。
「どうなったもこうなったもないよ。スメイルは記憶は戻ってなかったみたいだけど、ナァイアスは笑湖がスメイルだってことは知ってたわけだからさ、そりゃあ、もうね、アタックアタックあるのみだったんだ。ほんと、愛って素晴らしいよねっ」
「…………」
ロビンの物言いに盛大に顔をしかめるノンはさらに続ける。
「仮に記憶が戻ってたとしても、ほら、スメイルはイーヴル一筋だっただろ? ナァイアスにほだされるってことはなかったと思うんで、その後、愛を育んだ笑湖とナァイアスは無事結ばれて二人の愛の物語は末永く語り継がれるものとなったのでした。もちろん、ナァイアスの内面で、だろーけど」
ノンはさらに顔をしかめる。
「だとしたら、笑湖の生が終わってスメイルに戻った時に、かなり荒れたんじゃないかしらね。人間だった時のすべての記憶は魂に刻まれて、スメイルに戻った時にその記憶はそのまま記憶として覚えてるはずだから」
「ふふん、確かにね。今頃スメイルはどうしてるかなあ」
「ほんっと悪趣味」
「えー愛情って言ってよ」
「じょーだん」
「本当だよ? 僕はノンナを一番愛してるけど、姉妹たち全員心から愛してるんだからねっ」
「………」
疑わしげな視線を向けられてもロビンはどこ吹く風とばかりに飄々としていた。
広大な宇宙空間。
長い長い金色の髪をなびかせて、彼女は思いを馳せる。
あの御方はいつも言っていた。
様々な愛を知るべきだ、と。
その過程で喜びや苦しみを感じるだろうが、それでも愛することをやめてはいけないよ、と。
「本当の愛というものをようやっと私は手に入れたのだと思う」
彼女はそう呟くと、身をひるがえして去っていった。
彼女のあとにはキラキラと輝く星々だけが静かに瞬いていた。
10章はここまでです。次はいよいよ最終章となります。これからプロット作成と執筆に入ることになるので、またしてもお待たせすることになるかと思います。できれば1年以上にならないようにしたいと思ってますが、ちゃんとしたお約束はできないので、お付き合い下さる方は最後までよろしくお願い致します。早めに更新できるようになるためには今の介護生活から脱却できればいいのですけど、そうなりますよう祈ってて下さい。




