第1章「273年後の私」第1話
果てしなく広がる黄金に輝く砂漠。
彼女は夢を見ていた。
砂漠の上にぽつんと立ち、どこまでも続く砂とどこまでも続く青々とした空を見つめ、彼女はここがとても懐かしいと思っていた。
「地球じゃないのに───」
そう呟いたとたん、風が吹き、砂を舞い上がらせ、彼女は腕で顔をおおった。
だが、次の瞬間───
再び顔を上げた時、彼女がいたはずの砂漠はそこにはなく、果てしなく広がる草原が目に飛びこんで来た。
砂の黄金ではなく、草の黄金が目にしみる───?
「なみ…だ…?」
そう、彼女は滂沱の涙を流していた。
なぜかはわからない。
悲しくて、悲しくて───
まるで誰か愛しい人を無くしてしまったような、そんな悲しさが心に広がってる───
「!!」
そう思った瞬間。
彼女の意識が急速に途切れ、暗い暗い地の底に引きずり込まれていく感覚が支配した───
──ウィーン、ウィーン…
どこからともなく聞こえてくる機械の金属的な音。
(な…に? なんの音…?)
ノリコは意識があるのに目が開かないのが苦痛だった。
(どうしたの? 私はなぜこんなとこに寝ているの? ここはどこ?)
必死の思いで目を開けようとする。
かすかにまぶたがひらく。その瞬間───
「ドクター、患者が気付きました」
「うむ」
ものやわらかな女の声に答えて、低いがしっかりとした男の応答。
(誰? 誰がいるの? お願い、ここはどこなの? 教えて)
ノリコはそう言おうとするが、ひきつったように唇が動くだけだった。
「もう大丈夫だ」
男はそう言いながら、どうやら彼女に近づいてきたらしい。
ノリコの頭のすぐ上で再び声がした。
「君には私の声が聞こえているはずだ。いいかね。もう少し我慢したまえ。まだ意識が麻痺しているのだよ」
確かに、しばらくするとノリコは目を開けることもでき、口も動かせるようになった。
そして、開口一番、彼女は聞いた。
「ここはどこ?」
「病院だよ」
傍らでにこやかな顔をしている白衣を着た男が答えた。
そして、さらに医者らしく聞く。
「それより気分はどうだね?」
ノリコは手を頭に当てながら答える。
「ええ。ちょっとクラクラしますけど、気分はいいです」
「そうか。では心配することはない」
彼は深く微笑むと、傍らに立つ女性に指示を出す。どうやら看護婦らしい。
「ナース277号。彼女を回復室へ運ぶように」
「承知しました」
そう答えるとナース277号はノリコを椅子に座らせた。
(?)
だが、ノリコは訝しそうな顔を見せ、首をかしげる。
(今運ぶようにって言ったけれど…?)
訝しそうな顔をしていたノリコであったが、ナースが椅子のどこかを触ったとたんびっくりした。
(う…浮いてる…!!)
そう、彼女の座った椅子が浮き上がったのだ。
もちろんそんなに高くというわけではない。
床より数センチ、いいとこ数十センチといったところだろう。
わざわざ下をのぞいてみたわけではないが、彼女にはそう感じられた。
「私は報告書を用意してくる」
するとドクターらしき男はそうナースに言うと、ノリコに向かって微笑んで見せた。
「君にぜひとも会ってもらいたい人がいるのだ。先に行っていてくれたまえ」
そうして彼は出ていった。
それからノリコは車椅子を操るナースとともに廊下を進んでいた。
「…………」
どういう原理で動いているのだろう。
椅子はなめらかに水平移動しながら進んでいく。
まるで未来都市で活躍するホバークラフトみたいだわ、とノリコは心で思った。
それから、彼女はあたりを見まわした。
白い廊下が目に映った。
窓がない。
一見何の照明もないみたいなのに、なぜか明るい。
そんな廊下がずーっと続いている。
すると、ノリコは先ほどから考えていた疑問を口に出した。
「ねぇ、ここは何という病院なんですか、看護婦さん」
「わたくしには何も申し上げることはございません」
静かな応え。
妙に機械的で、思わず後ろを振り返ってみたが、まったく無表情で整った顔が前方を向いているだけだ。
(ちぇーっ、ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃん)
ノリコはぷーっと頬をふくらましたが、頭を振り、今度はもう一度キョロキョロとあたりを見まわした。
(大学病院かなあ。にしても、こんなんだったっけ? 窓がないなんてさ)
「回復室です」
突然車椅子(なのか?)の動きが止まった。
「え?」
目の前に、壁の色に負けないくらい白いドアがあった
シューッという音と共にそのドアが開く。
「…………」
ノリコがびっくりしていると、椅子はよどみなく進み、室内に入っていった。
そこは入って正面の壁がすべてガラス張りの部屋だった。
そのガラスを通して真っ青な空が見える。
「あ……」
ノリコは小さく声を上げた。
その青空をバックにひとりの男性が立っていたからだ。
「アリテレス博士。ペイシェントにあまりたくさんの質問をなさらないようお願いいたします」
ナースは、彼がうなずくのを見ると部屋から立ち去っていった。
「…………」
ノリコは目を凝らしてその男を見つめた。
歳の頃は30代半ば、柔和そうな顔立ちをした紳士だ。
体格もよい。
しかし、彼女は一度も会ったことのないこの男を、いつかどこかで見たような気がした。
すると、男が口を開いた。
「私はアリテレス。君の名前は?」
「え? 私?───ええと…私はノリコ…黒見典子…です」
ノリコは、そう言ってから、反対に質問をした。
「あの、それより教えていただけませんか。この病院はなんていう病院なんですか?」
「ここは地球連邦総合医学研究所だ」
「へ?」
ノリコは一瞬何を言われたのか理解できなかった。
「地球…連邦…? ええっ? なにそれ?」
「………」
彼女の反応を辛そうな表情で見つめるアリテレス。
「君は……」
さも言いにくそうに切り出す。
「君は今西暦何年か知っているかね?」
そのアリテレスの言葉に、ノリコは不安そうに答えた。
「今年は…1977年でしょう?」
彼は目を閉じ、眉間に皺を寄せた。
そして、まるでしぼりだすようにささやいた。
「私の知る限りでは……今年は西暦2250年だ」
「ええっ!?」
ノリコは驚きのあまり椅子から立ちあがりかけた。
「そんなバカなっ! 信じられない! 2250年!? 嘘だわ、そんなこと!」
彼女はそう叫ぶと、アリテレスの顔を見つめた。だが───
「ほんと…う、なんですか…?」
彼の顔の表情は、これが嘘でも冗談でもないことをあらわしていた。
「いったい…なぜ、こんな…」
なんということだろう。
この世に私を知っている人はいない。
父も母も友人も、すべて死んでしまっているのだ。
彼女は目の前が真っ暗になるのを感じた。
「まさかとは思っていたが…君をあそこで発見した時は……」
すると、アリテレス博士の意味ありげな言葉に、ノリコは尋ねた。
「博士、どこで発見されたというのです?」
「うむ。君はサカイミナト・シティの原子力冷凍倉庫の中から見つかったのだ」
「原子力…冷凍倉庫…」
ノリコは記憶の糸を手繰るために、目を閉じ、必死に思い出そうとする。
「あっ!!」
そのとたん、ノリコはすべてを思い出した。
「博士! 私思い出したわ。どうしてそんなところにいたのか!!」




