第10章「夢幻の果実の見せる真実の愛」第7話
「それで、ミス・カレン? 新しいロボットの開発は進んでいるのか?」
「いえ、社長。うまく事が運んでいません。今の段階では何とも言えません」
「そうか…」
サミュエル・ランカスターは、腕を組んでじっと考え込んだ。
銀髪で緑の瞳、額にうっすらと皺が浮かぶ顔は柔和で好感が持てるが、時々そのエメラルドの瞳をキラリと鋭く光らせる。それは年齢からくる威厳を感じさせるようだった。
そして、そんな彼を無表情に見つめる秘書であるカレン・ミノウの瞳はブラック、髪もブラック、年齢も30手前だろうか、熟女と呼ぶにはまだ若いかもしれないが、それほどの色気が醸し出されている。そんな彼女が淡々とした口調で話し出した。
「社長、僭越ながら申し上げますが、新型のロボットではなく、既存のロボットを量産すればよろしいのではないでしょうか」
「それはなぜだ?」
「新型ができないのは恐らく今の技術ではどうにもならない何らかの不具合があると思うのです。これはロボット開発をしている大学の技術者が申していた事なのですが、いずれは新しい型のロボットも開発できるかもしれませんが、今の段階では無理なのでは、とのことです」
彼女の言葉に深く考え込むとランカスターは頷く。
「そうだな。開発や技術面は技術者の管轄だ。彼等がそう言うのならそれが本当のことなんだろう」
「では、一旦、開発の手はとめて、今までのロボット製作に着手させようと思いますが、よろしいでしょうか」
「ああ、それで進めてくれ」
「はい、了解しました」
そう返事をしたカレンを一瞥すると、ランカスターはすぐに窓の外に視線を映した。
彼の視線の先はどこまでも続く青空が広がっていた。
「ポウル!」
その青空の下、黒髪の美女がタクシーの傍に所在無く立っているポウルに駆け寄っていく。ランカスターの秘書のカレンだった。
ポウルはというと、無表情な面を彼女に向ける。
だが、次の瞬間、その表情をやんわりと綻ばせる。
そんな彼にカレンは頬を染めて走り寄った。
それはまるで恋人たちの逢瀬のようだった。
「あら?」
その時、タクシーに近づく者がいた。笑湖である。
彼女はポウルとまた話がしたいと思い、ナァイアスに頼んでポウルのタクシーを呼んでもらったのだ。
すると、ポウルに近づく女性がいて、二人とも親しげな表情を見せたので、笑湖は少し不思議な思いを抱いた。
「あんな人間的な表情もロボットはできるものなのかしら?」
少し離れた場所で笑湖は立ち止まり、呟いた。
「できるんですよ」
「えっ?」
背後から急に声をかける者がいて、彼女はびっくりして振り返った。
そこにはポウルに良く似たおかっぱ頭の男性が立っていた。
「あなたは…」
「こんにちは、芳山笑湖さん。僕はアリ。ポウルと同じくロボットですよ」
「!」
アリというそのロボットは満面の笑みを浮かべたので、笑湖はかなり驚いたようだ。
笑顔を見せるとは聞いていたが、こんなに人間そのもののような笑顔を果たしてロボットが浮かべる事ができるのだろうか、と。
アリという名前のロボットは戸惑う笑湖をじっと見つめていた。満面の笑みは微笑みに移行しており、穏やかな表情だ。
「あの…私の顔に何か?」
「ああ、これは失礼を。とても良い表情をされる方だなあと思いまして」
「え…」
笑湖は戸惑った表情を見せた。
なんだか、ロボットというよりはとても人間っぽい雰囲気だなあと思ったので。
すると、アリというロボットはポウルたちに視線を向けるととんでもないことを言い出した。
「あの二人は恋人同士なのですよ」
「ええっ!」
笑湖は吃驚した。
「人間とロボットですよ?」
「それがなんだというのです?」
アリは当然といった顔を見せて続ける。
「人間というものは不思議ですよね」
アリは慈愛の満ちた視線をポウル達に向ける。
二人は傍から見てもとても仲睦まじく、本当に愛し合ってる恋人同士にしか見えない。それは笑湖にも感じられた。
「ロボット、しかも我々のように命令されずとも己の判断で思考し行動する。そして、感情もあるんですよ。人間にはそれが理解できない者もいるのです。あなたは理解できますか?」
「微笑むというのは聞きましたが、それは感情が働いたからということなのでしょうか?」
「その通りです。我々にも感情というものがあるんですよ」
アリは頷く。
「それは生身の人間であろうが、機械の身体のロボットであろうが、違いはないのです。こうやって意思疎通ができない、たとえばあのタクシーにしても、魂というのはあるのですよ。そら、そこの花々にも」
アリは道端に咲いている小さな名もなき花に視線を向けた。
「この世のありとあらゆるものには魂があるのです」
笑湖はポウルに用事ができたと告げて、またそのうちに話をしようと約束して別れた。その時にはアリも一緒にと、それはアリ自身が言ってきたのだが。
「…………」
「芳山くん、どうした?」
笑湖は一緒に食事をしているナァイアスに顔を向けた。
さっきから彼女は食べ物を前にしてまったく食が進んでないようだったのだ。
それを心配したナァイアスが眦を下げている。
「……ナァイアスはロボットの開発をしているのよね」
「うん、そうだね。それがどうかした?」
「ロボットって人間みたいに感情を持っているものなの?」
「え?」
笑湖は語る。
「今日ね、ポウルと同じロボットのアリっていうロボットに言われたの。自分達にも感情があって、人間と同じく魂があるって。でもね…」
ナァイアスは彼女の話を遮ることなく黙ったままだ。笑湖は続ける。
「感情については自分にも感情があるから理解はできるのよ。だから、同じ人間である他の人たちにだって感情はあるっていうのはわかる。実際に、他人を見ていて感情があるなあって思うから。だから、その自分にもわかる感情をポウルたちロボットが見せているのを、ああ、このロボットは感情があるんだなあっていうのは信じられるの。でもね、魂があるって言われても、少なくとも私はその魂っていうものが何なのかわからないから、あるよって言われてもわからないのよ」
「魂を命と思ったらわかるかな?」
「命?」
ずっと黙って聞いていたナァイアスが答える。
「そう。命だよ。君が生きている証は命があるからだよね。だとすると、生きて自分で考えて動いているということは、その個体には命があるということじゃないかなと思うんだけど」
すると、笑湖は首を傾げた。
「でもね、アリは言ってたの。車や草花にも魂があるって。百歩譲って植物には命があるかもとは思うけれど、車とかにも魂があるっていうの、ちょっと信じられないというか。そりゃ、ロボットも車みたいに機械ではあるんだけど、車は喋ったりしないもの」
「喋るよ」
「え…喋るって?」
ナァイアスは深く微笑んでいる。
そんな彼に怪訝そうな表情を向ける笑湖。
「喋る車、バイク、石ころ、ペンダント、いろいろあるよ」




