第10章「夢幻の果実の見せる真実の愛」第6話
ナァイアスたちのラボでは主に人間の代わりに仕事を担うロボットの開発を手掛けていて、既存の会社と提携してより人間に近いロボットを製作していた。
「うちはランカスターという会社と提携していてね。その会社に作製したロボットを独自に卸してそれで得た資金で研究を続けているんだよ」
まあ一種の会社のようなものになるのかな、と彼は言う。
ただ、稼ぐといっても、それはすべて研究の為であり、会社としての働きは皆無であったので、事業をしているという認識はなかったようなのだが。
「そうだな。芳山くん、ちょっと外に出てみないか」
ナァイアスの言葉に戸惑う笑湖。
「今の時代のヒューマノイド型のロボットを君に見せたいんだ」
その言葉に少し興味を惹かれた彼女はこくりと頷いた。
二人は大学の外に出ると、とある場所に赴いた。
そこはタクシー乗り場だということだ。
「これから君にロボット運転手を見せてあげるよ」
すると、そこに一台の流線型の車輪の無い乗り物が滑り込むように停まった。
どうやら昔でいうところのリニアモーターカーのようなものらしい。
『お乗りになりますか?』
車外スピーカーなのか声がする。
対してナァイアスが答える。
「お願いする」
すると、ドアが開き、ナァイアスは笑湖を乗るように促し、自分も乗り込んだ。
それから彼は運転手に向かって行先を言う。
「都市内をぐるっと回ってここまで帰ってきてくれるか?」
「かしこまりました」
それから車はゆっくり走りだす。
だが、すぐにかなりスピードが上がってきた。
笑湖は運転手の後ろ姿を見つめながら、隣に座るナァイアスに囁く。
「彼、本当にロボットなの?」
乗り込む時にチラッと見た運転手の顔は人間そのもので、強いて言えば表情が少し硬いかなと思ったくらいだ。
真ん中分けをした肩までのストレートな髪も普通に金髪で人工には見えなかったし、瞳も薄い青色をしていた。もっとも、笑湖のいた時代でも人工髪や人工瞳も精巧なものは存在していたので、この未来世界ではもっともっと精巧なのだろう。
「ロボットだよ。人間にしか見えないけれど、彼は間違いなく機械の身体なんだ」
「…………」
笑湖はそれでもまだ納得していないような表情をしていた。
確かに、ナァイアスが嘘をつく理由はない。
この運転手は間違いなくロボットなのだろう。
だが、昔の時代にはまだここまで精巧なロボットが存在していなかったので、どうしても彼女には信じることができなかったのだ。
そんな彼女を隣でナァイアスはじっと見つめていた。
それからしばらくして元の場所まで戻ってくると、タクシーは静かに停止する。
「目的地につきました」
運転手がそう言うと、すーっとドアが開く。
ナァイアスはすぐに降りたが、笑湖はまだ座ったままだった。
「芳山くん?」
それを不審に思ったナァイアスが呼びかける。
すると彼女は運転手向かって「あの…あなた、名前は?」と問いかけた。
運転手がゆっくりと振り返る。
「!」
笑湖は息を呑んだ。
整った顔立ちだなと思っていたが、運転手の顔の造形はかなりの美形だったのだ。
笑湖自身も美貌の持ち主だったが、この運転手はそれ以上の美貌で、まるで現実味のない神が作ったかのような芸術品と見紛うほどだった。
「名前、ですか」
「まさか、番号で呼ばれてる、なんてことはないわよね?」
「いえ、そんなことはないですよ。私の名前はポウルといいます」
「あら、素敵な名前ね」
「ありがとうございます」
と、そんなふうに二人は和気あいあいと話していたのだが、そこへナァイアスが割って入る。
「芳山くん、納得したかな?」
笑湖はそれには答えず、ポウルに「お願いがあるのだけど」と言う。
「はい、なんでしょう?」
「私と握手してもらえるかしら?」
「…………」
ポウルはおもむろに手を差し出した。
ほっそりとした手だった。男の手と言うよりもどちらかというと女性の手のような感じだった。
彼女はその手を自分の手でぎゅっと握った。
やはりロボットということで冷たい手ではあったが、金属的な冷たさは感じなかった。
笑湖は亡くなった吾郎との別れの時に、棺に横たわった彼の組み合わさった手に触ったことがあったが、暖かかった手が無機質な機械のような冷たさだったことをよく覚えている。
(これは金属的な冷たさじゃないわね。うまく言えないけれど、普通に人間にもこういった冷たさの人はいたと思う)
「ありがとうございます」
笑湖は礼を言って手を放した。
すると、ポウルは「どういたしまして」と微笑んだのだ。
「!」
彼女は驚いた。
驚きつつ、タクシーを降りる。
そして、タクシーが見えなくなるまでその場から動けなかった。
「芳山くん?」
動こうとしない笑湖を不審に思ったナァイアスが声をかける。
彼女は困惑した表情を見せながら彼に問う。
「ロボットって笑うの?」
「ああ、普通に笑うよ。大学の受付の女性ロボットもいつも微笑んで案内しているからね」
「そう。そうなのね」
未来のロボット技術はすごいのねと感心する笑湖だった。




