第10章「夢幻の果実の見せる真実の愛」第4話
ということで、堀田酒造のその日、火事が起きることなく、無事に時間は過ぎて行った。
「いやーよかったな、ちゃんと卒業できてっ!」
吾郎が満面の笑みで笑湖の肩を叩く。
本日は笑湖の短大の卒業式だった。
あれから吾郎とその両親は笑湖を毎日のように夕飯に呼び、一人暮らしの彼女を泊まらせるようになった。
「ほんと笑湖ちゃんには感謝してもしきれないわあ」
「そうだねえ」
と、吾郎の両親は笑湖を下にも置かない扱いをしてくる。
すでに彼女を息子の将来の嫁と思っているようだ。
笑湖はそんなつもりはないんだけどなあとは思いつつ、家族というものに憧れのようなものを抱いていたので、彼らの気持ちがとても嬉しかった。
「今日はうちで卒業祝いするってお袋たちが待ってるからな」
吾郎はそう言うと、交叉点の信号が青になったのを見て歩き出す。
と、その時。
信号無視の車が笑湖の前を歩きだした吾郎に猛スピードで突っ込んできたのだ。
笑湖の見ている目前で飛ばされる吾郎。
ああ、あんなに大柄な身体なのに、まるで人形のようだと、笑湖は何故か冷静な心持ちで見つめてしまった。
ダンッ!
そんな吾郎が目の前に落ちてきた。
あんなに酷い轢かれ方なのに、すでにこと切れてしまった吾郎はきれいな死に顔だった。
「きゃあああ!」
「誰か、救急車呼んで!」
それまで、彼女の耳には衝突音も何も聞こえてなかったが、突然、聴力が戻ってきて、ぐわんぐわんと耳に入ってくる音が、悲鳴が、うるさく聞こえ始めた。
そして、硬直していた身体がやっと動き出す。
「吾郎…?」
ゆっくりゆっくりと彼女は幼馴染の彼に歩み寄ると、跪いて彼の身体を抱き起こそうとした。
だが、もちろん、抱きしめるだけしかできず、呆然とした表情で名前を呼び続ける。
どうして?
なんでこんなことに?
「……そんな…なんであんたが死ななきゃいけないのよ…助けたじゃない。なんでまた死んじゃうのよ…ねえ、吾郎? 目を開けてよ。起きてよっ! ねえっ!」
そして、彼女は堰を切ったように叫び続けた。
「いやああああああああああああああ!」
それから何度も何度も彼女はタイムリープを行った。
それでも、何度時間を戻しても、多少時期はズレたとしても必ず吾郎は何らかの原因で死んでしまうのだ。
ある時は階段を踏み外して転げ落ちて、ある時は通りすがりの男に刺され、ある時は心筋梗塞や大動脈解離等の病死で。とにかく、事故、事件、病死、ありとあらゆる死に様だった。
「なんで…?」
何度目のタイムリープだったか。
心が壊れそうになった笑湖はへたり込んで呟く。
その日は吾郎が彼女のアパートにやってきていて、笑湖の卒業を二人で祝おうとしていた。
吾郎が部屋に入ってきたその瞬間、彼が突然倒れた。
笑湖は何となくそうなるのだろうなと思っていた。
その通りになって、凍りついた心がさらに冷たくなっていくのを感じる。
もう倒れた彼に駆け寄る力もなかった。
「何度助けても何度も死んでしまう。もしかして、吾郎は死ぬ運命だったの? 私が助けても意味はないと?」
「その通りだよ」
笑湖はギョッとした。
倒れた吾郎が喋ったのかと思ったのだ。
だが、違った。
いつのまにか、彼女の横に人が立っていたからだ。
まるで、ギギギギィと音が聞こえそうな動きで彼女は声の主に顔を向ける。
「だ、だれ?」
不思議と恐怖はなかった。
それでも見たことない人がそこに存在していることに違和感しか感じない。
「芳山笑湖くん」
それはとても背の高い男性だった。
端整な顔立ち。いわゆる美形といわれるものだ。だが、日本人ではない。輝く金髪は短く、長く伸ばしたらいいのにと笑湖はどーでもいいことを思う。こちらを見やる瞳は鮮やかなブルー。目鼻立ちははっきりとしていて、その眼差しは意志の強さを感じさせる。
そんな外国人の口からは流暢な日本語が紡がれた。
「私はナァイアス。未来からきた」
「未来?」
「そうだ。君は夢幻の果実を食べたことによってタイムリーパーとなってしまったのだよ」
「ええっ?」
その瞬間、彼女と彼はその場から別の場所に一瞬にして移動したのだ。
二人が実体化したのは見たところ、普通の風景が広がっていた。
どちらかというと、笑湖にとっては馴染みのある風景。つまり、彼女が通っていた短大の敷地内のようなそんな場所だ。
「ここは27世紀の大学だよ」
「え…27世紀?」
「そうだ。私はこの大学の学生なんだよ」
彼は笑湖を促すと、近くにあったベンチに彼女を座らせる。
そして、彼も彼女の隣に座ると頭を下げた。
「本当に申し訳ない。あの果実を落としてしまったのは私だったんだ」
それから語られる彼の言葉に笑湖は驚愕することとなる。
「君が食べたあの果実はタイムリープをする果実だったんだ。詳しくは言えないが、もともと私が持っていたもので、私自身もタイムリープをして君の生きる時代にやってきていたんだが、あの果実を落としてしまってね」
「それで、私が食べてしまったのね」
「そういうことだ」
笑湖は思案顔をするとおもむろに彼に問いかけた。
「ナァイアスさん、あなたは吾郎が死ぬ運命だったと言いましたよね」
「そうだ」
「何度助けても彼は死んでしまった。それは確かに死ぬ運命だったと言われればそう信じるしかないとは思います。それでも、それは真実、本当のことなんですか? もしかしたら、本当は何か助かる方法とかあったりしませんか?」
「絶対ないね」
ナァイアスは言い切った。
笑湖は唇を噛み締める。
そして、目の前の美青年を睨みつけるように言った。
「なぜ、言い切ることができるんですか?」
「詳しくは言えないが、私は知っているからなんだよ」
彼は憐れむように彼女を見つめる。
「時間というものは逆行はしない」
「でも、タイムリープできたじゃないですか」
「そうだね。タイムリープで過去に戻ることはできる。だが、この世界に存在するタイムリープはただ逆行ができるというだけに過ぎないんだよ。たとえ、過去に戻って君が本来の君がやったことと違うことをやったとしても、それを世界が修正してしまうのだ。本来起きた出来事へとね」




