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ノナビアス・サーガ  作者: 谷兼天慈
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第10章「夢幻の果実の見せる真実の愛」第2話

 芳山笑湖は、ベンチに座って所在無く空を見上げていた。うろこ雲が広がっている。季節はすっかり秋となっていた。

 1982年秋、短大生の彼女はそろそろ来年の卒業のことを考えなければならない時期だった。他の学生たちはすでに内定を取りつけている子たちもいて、進路も何も決めかねている彼女と違い、人生を謳歌している真っ最中。

 彼女は上に向けていた顔を戻し、あたりを見回す。

 広がる敷地は短大の抱える広場であり、学生の憩い場となっている。

 所々に彼女が座っているようなベンチが据えられており、ぽつぽつと人が他のベンチに座って友人と談笑しているのが見受けられる。

「はあ…」

 ひとつため息をつく。

 どうしようかなあと彼女は心で呟いた。

 彼女には進路などを相談する友人が一人もいない。

 これまでにも友達を持ったこともない。

 いわゆる美人タイプの彼女は、サラサラの濃い亜麻色な髪を腰のあたりまで伸ばしており、陽の光にさらされると時たま黄金色に見える事もある。目は大きくアーモンド形で瞳の色も髪の毛と同じような色素の薄い色味で、パッと見は外国人に見える。それもそのはずで、父親はアメリカ人だった。ハーフであるから、どうしたってそういった容姿になってしまうが、彼女の場合、顔の造形がかなり整っていて、そのせいもあり敬遠されがちだった。醸し出す雰囲気も近寄りがたく、人によっては冷たく見えると言うことらしい。本人はそんなつもりはないのだが、性格が人付き合いが良い方ではないので、どうしても人は寄ってこない。

 それなりに美人であれば男女ともに人が寄ってくるのだろうが、幼い頃から、その美し過ぎる顔立ちのせいか、彼女は孤独だった。

 彼女の性格が人付き合いのよくないものになってしまったのも、ひとえに両親のせいもあるだろう。

 もともと望まれて生まれてきたわけではないからだ。

 恋愛関係ではなかった両親がたまたま関係を持って子供ができてしまい、世間体もあったということで結婚はしたが、その後、やはりうまくいかず、離婚をし、父親は母親と娘を置いて出て行ってしまったのだ。母親も娘にまったく興味を持てず、母親の両親親族がいなかったために、中学生の頃から笑湖は一人暮らしをするようになった。生活費等は笑湖名義の口座に振り込まれていたが、彼女はずっと独りで生きてきたようなものだったのだ。そんな環境であったために、彼女は愛情というものに触れることはなかったので、人としての感情をなかなか持てない人間になってしまった。これではなかなか友人もできないだろう。

 だが、そんな彼女ではあったが、唯一彼女を気に掛ける存在がいた。

「おーい、芳山!」

 彼女に笑顔を見せながら近寄ってくる大柄な男がいた。

 笑湖は顔を上げてその男を見る。

 身長180はあるだろう。顔つきも優男というものではなく、どう見ても厳つい、が、整ってはいる。

「吾郎……」

 彼の名は堀田吾郎。笑湖とは小学、中学、ついでに高校までも同じの腐れ縁で笑湖の住んでいるアパートの近くの酒屋の一人息子だ。高校卒業後は吾郎は実家の家業を継いで酒造りに勤しんでいる。

「あんた、なんでここにいるの」

 ついいつもの癖で冷たく問う笑湖。

 そんな彼女に頓着するでもなく吾郎は笑顔を見せて答えた。

「今日はここの食堂に料理酒を卸しに来たんだ。そしたら、ひとりポツンと座ってるお前を見つけてさ」

 彼はそう言いつつ、彼女の隣に遠慮なくドカッと座り込む。

 笑湖はそん彼を迷惑そうに眇めた。

「で? お前は何を悩んでるんだ?」

「は?」

 こいつ、いきなり何言ってんだと彼女は思う。

「どうせ、これからの進路をどうしようかなーなんてウダウダ悩んでるんだろ?」

「はあ~?」

 口では嫌そうな声を出したのだが、内心、なんでこいつには心の中がバレてんだろうかと心で舌打ちをする。顔に似合わず行儀の悪い。

「だからさ、前からずーっと言ってんだろーが。うちに嫁にこいよ」

「…………」

 また出たよ。

 こいつは小学校で初めて出会ってから、ずーーーーっとこの調子だ。

 初めて教室で席が隣同士になった時「おまえ、しょうらい、いっしょにさけづくりしよーぜ」と、まるでプロポーズのような言葉を投げつけられ、それ以降、ことあるごとに口説いてくるようになったのだ。

 それがもう中学になってからも高校も笑湖が入る高校を受験して追いかけてくる始末で、近隣では二人の仲はかなり有名だった。それでも吾郎はわりと女の子にもてていて、その気さくな性格も好感度があり、けっこう告白されたりしていたようだが、彼は笑湖一筋で、それがまた女子の間ではさらに受けていたようだった。

(ほんとこいつは昔からブレないわよねえ)

 笑湖はため息をついた。

 正直、彼の事は嫌いじゃない、と、彼女は思う。

 どちらかというとこんな癖のあり過ぎる自分のことを子供の頃から気遣ってくれるのを嬉しくも思っているし、むしろ好きなのかなと思うこともあった。

 だが、それでもどうしてか彼に対して好感は持っていても、それが恋愛かどうかとなったらわからなかったのだ。

 好きは好きだが、だがしかし──といった具合に。

 それは恐らく両親のことがあって、どうしても気持ちが一歩踏み出せないのかもしれない。だから、彼女には吾郎に対して男女の恋愛を抱けない理由はそうとしか思えなかったのだ。

「まあ、まだ卒業まで時間はあるからな。それまで考えといてくれよ」

 吾郎は笑湖の頭をぽんぽんして立ち上がった。

「じゃあな。寄り道すんなよ」

「私は子供じゃないわよっ!」

「そりゃそーだっ」

 はははは、と笑って吾郎は立ち去っていった。

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