第10章「夢幻の果実の見せる真実の愛」第1話
彼は佇んでいた。
彼の周りは真っ暗で何があるのかわからない。
上も下も右も左もどこまでその暗闇が続いているのかもわからないそんな空間で、彼は佇んでいた。
だが、その彼の目前には一つの大きな木がそびえたっていた。
その樹木には虹色の不思議な色をした実がなっていた。
彼はひとつふたつ果実をもぎ、その一つを口にした。
その瞬間、彼はその場から消えてしまったのだ。
それを目にしたものはいない。
そして、彼はいったい何者でどこに行ってしまったのか、さらにこの空間はいったい何なのか。
誰もいなくなったその空間で、不思議な実のなる樹木は静かに立ち続けていた。
「ノンナは夢幻の果実を食べたことある?」
唐突にロビンが言う。
「…………」
いったい何を言い出すんだという表情をノンは見せた。
そんな彼女に頓着せずロビンは続ける。
「僕の世界とアドルフの世界はその夢幻の果実の生る夢幻樹木の存在する空間で繋がってるよね。アドルフの世界が崩壊する時、その夢幻空間がどうなるのか、正直なところ僕にもわからない。もしかしたらそのまま僕の世界にくっついたままで存在するのかもしれないし…」
「私はあれはなくなってもいいと思ってるのよね」
ロビンの言葉を途中で遮ってノンは言う。
「どうしてあんなものが存在するのか私にはわからない。そりゃ、あれで遊びに行く仲間もいたけれど、場合によっては歴史が変わってしまうこともあるじゃないの。まあ、今までにそういった重大なことに発展するような出来事にはならなかったけれど」
「それがね」
すると、彼女の危惧を払拭するかのようにロビンが首を振る。
「今までに果実を使って過去の世界に行った者たちが、死ぬはずだった人間を気まぐれで助けたりしたこともあったんだけど、結局は時期がずれただけで後に死んだんだよ。まるで何かの力に無駄な事はするなと言われているようなそんな感じに、ね」
「夢幻の果実……」
ノンは呟く。
ロビンの言うように彼とアドルフの世界は夢幻樹木の存在する空間で繋がっている。双子の世界だから、そんな風に繋がっているのは理解できないわけではない。だが、その空間に何故そんな樹木が存在しているのかは世界である双子たちにも、そしてノンたちにもわからなかった。もしかしたら彼らの父は知っているのかもしれないが、父が自分から話さないことはこちらからは聞けないわけで。
「誰が最初にあれで時間旅行したのかしらね。ロビンは知ってるんじゃないの?」
「…………」
彼女の答えにロビンは微笑むばかりで何も言わなかった。
これは知っているな、とノンは思う。
だが、それを言わないということは言えない理由もあるということ。
彼女もそれ以上は聞くつもりはなかった。
だがしかし。
「ナァイアスがね、夢幻の果実を食べたんだよ」
「え…?」
彼が最初というわけではない、と、ノンは直感でそう思った。
「これがねえ、本当におもしろい話でさ」
「…………」
一転してノンは嫌そうな表情を見せた。
そんな彼女の表情を無視してロビンは続ける。
「愛って素晴らしいよね!」
どうやら、またしても壮大な物語を聞かされるようだと、ノンはため息をこぼしたのだった。




