第9章「宇宙で一番うるわしい美女たち」第13話
その後、スタージョンのカンパニーは主だったアーティストたちがいなくなり、立ち行かなくなった。
そして、魂の同化をされたアイザックであるが、本人はそのことは覚えていなかった。
それもそのはず、シナモンがスタージョンやアイザック、そしてマインドから今回の出来事に関する記憶を封印したからだ。
「もっとも、記憶っていうものは一度持ってしまったら完全に消えることはないのよね」
マインドの記憶を封印する時にシナモン・リリンはそう言った。
それに同意するようにマインドは頷いた。
「魂にはすべての記憶が刻まれるからな」
「さすがは魂神!」
シナモンは手を叩いて喜ぶ。
そんな彼女を複雑な思いで見つめるとマインドは視線を逸らして遠くを見やる。
「いつか、元の世界に戻った時に、この時の記憶を懐かしく思い出すのだろう。それを楽しみにして私は許される日を待つことにしようか」
彼はそう言うと「始めてくれ」とシナモンに言う。
彼女は頷くと囁く。
「あなたに心の安寧と平穏な日々を」
マインドは目を閉じた。
そして。
マインドのカンパニーはシモンとシナモンのおかげで大繁盛となり、シモンの歌声は宇宙中の人々の心を魅了し、シナモンの美しさはそれをより一層に魅力的なものにした。
スタージョンはカンパニーを廃業し、修行と称して旅立ったという。
「どこかで野垂れ死にしなきゃいいがな」
マインドは苦笑しつつそう言った。
その後、シモンはアイザックに対して猛アタックをし続け、念願かなって恋人となることができた。あれから数年は経っていたが。ほだされたといった感じか。それでも、アイザックの心を溶かしたのもシモンの歌声であったことは確かだ。
そうして、地球人であった彼女らは宇宙で一番うるわしい美女たちとなったのだ。
「というわけで、めでたしめでたしとなったのでした」
「ちょっと待てぇいっ!」
ノンが叫ぶ。
長い長い物語を聞かされた。
それは、ノンが成り代わってしまった人間の人生であったから、確かに気にならないと言ったら嘘になる。
だがしかし。
「ロビン・シン。あんた、また干渉したのね」
ノンは、はあーっとため息をついた。
それを「ふふふ」と小さく笑って彼女の弟はこともなげに言う。
「だってさ、僕だけじゃなくて、スメイルも介入してるんじゃ、僕がどうにかしなくちゃダメでしょう?」
「いやいやいや、確かにスメイルも何やってんの、だけど。けど、だからって一応あんたはこの世界じゃなくて隣の世界でしょ。あんたが手出しするのってルール違反じゃないの?」
「そりゃそうだけど、アドルフが手出ししないなら双子である僕がやらなきゃねえ」
ロビンはさも当然といったふうに言いきる。
「それに創造主が何も言ってこないということは、僕の行動は了解済みってことだと思うけど?」
「そりゃそうでしょうけどねえ…」
ノンはどうも納得いかないという表情を見せる。
それでも彼女は無理やり自身に納得させるとロビンに続きを促す。
「それで?」
「それで、とは?」
「だから、シモン・リリスとシナモン・リリンはその後どうなったのよ」
「ああ、彼女たちね」
ロビンはゆっくりと口角を上げ、満足そうな表情を見せながら微笑んだ。
「僕はリリンの魂と暫く同化しつつ、リリスを見守った。リリスは絶大な歌姫として成功し、その後、アイザックと無事結ばれるんだ。それを見届けてから僕はリリンから離れた。彼女たちがいずれ僕の世界にやってくるのが楽しみだな。二人には僕の世界で幸せになってほしいからね」
「そんなに気に入ったんだ」
「リリスは本当にノンナに似てるんだよ」
「なにそれ」
「魂がとてもよく似ている。まるで魂の双子みたいに。トミーがそんな魂を見つけたっていうのも、やっぱりトミーって稀有な存在だよね。でも僕はノンナがいい。ノンナが欲しい」
「…………」
ノンはまたしても始まったという顔をした。
そして、彼はいつまでもノンを情熱的に見つめ続けた。
どこかで誰かが歌っているような気がした。
いや、今歌っているのは自分だ、と、シモン・リリスは独り言つ。
「どうした? もっと歌ってくれ」
リリスの身体を抱き締めながらアイザックが囁く。
彼女は頷くと再び歌い出す。囁くように。カンペなしで歌えるその歌を。
無限に広がる闇
星は輝ける宝石
その高貴さを誇示するがごとく
見えてきた
緑の珠よ惑星よ
我がふるさと
魂の還る場所
絶え間なく流れ落ちる
砂のように
果てしない旅路の果て
終わりを告げようとしても
新たな永遠の旅が始まるのだ
眦からは
とめどなく涙があふれ
懐かしい人々の面影が
浮かんでは消え消えては浮かぶ
彼らはもうここにはいない
遠く時の彼方
魂の彼方
常盤の彼方で
ずっと待ちつづけている
その時を今か今かと待ちつづけ
静寂に包まれて佇んでいたい
だが───
運命はそれを許さない
また果てしない旅へと
駆り立てるのだから
星よ
愛する惑星よ
お前はいつまでもそうやって
宇宙の果てで
待っていてくれるのか
その歌声はまたもやこの世界の言語ではなかった。
アイザックにもわからぬ聞き覚えのない言語。
だがしかし、歌われる内容は不思議と理解できた。
彼にはわからない。そして、歌っているシモン自身にもわからないその言語は、第五レベル世界の言語だった。
すると、その刹那、どこからともなく空気を震わす楽器の音色が聞こえ始めた。
「何か聞こえないか?」
歌い続けるシモンにアイザックは問う。
すると、シモンは頷く。
シモンにはその楽器が何かがわかったようだった。
アイザックも職業柄、宇宙中の楽器のほとんどを把握していたので、その音色が地球では胡弓と呼ばれる楽器の音色であると気づいたようだった。
二人は知らない。
いつかこの世界が崩壊し、隣の世界で二人が新しい命として生まれた時、アイザックの魂とジェイク、いや、クリフォードの魂が混じり合い、神格化を果たし、シモンはその神格化した魂に未来永劫寄り添うこととなることは、この時、誰も想像しえなかった。
それは世界そのものであるロビンでさえも。
愛とはそれほど素晴らしいもの。
「アイザック、あたしは生まれ変わってもあなたをまた愛すると思うの」
彼女は歌を止めるとそう囁いた。
アイザックはその言葉に答えず、深く深く微笑んだ。
「あ…」
「どうした?」
シモンは彼の腕の中で彼を見つめていた。
「うん。なんかね、アイザックの髪の毛が不思議な色に見えたの。今はもういつもの銀色だけど」
「そうか。もしかしたら生まれ変わった私の髪の毛の色だったのかもしれないな」
彼はそう言うと、さらにシモンを抱き締め直した。
そして、シモンは愛する人に抱きしめられながら歌い続ける。
音の神の奏でる音色に乗せて。
いつまでも歌い続けるのだった。




