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偶像  作者: 夢乃マ男
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記憶

大切なものを失いたくないから、大切なものをつくらない。


それをなくした時の悲しみや絶望感はひどいものだから。

大好きな人達ほどつい距離をとってしまう。誰を相手にしても自分を偽ってしまう。

素をみせない。ミステリアス。

そんな風に言ってくれるのも仲間の優しさ、ファンの皆さんの愛情だと私は勝手に思っている。

その壁を壊して一歩踏み込んでくる仲間がいないのも救いだ。


大切なものを失いたくないから、大切なものをつくらない。


そんな生き方してしまうのは仕方がない。

最初は父親、次に親友。あのころは心の友と書いて心友とかふざけていたっけ。

大好きだった。父親。私の記憶の中では常に笑顔。いま思い返すとどこか私のご機嫌とりに必死なようにも感じる。

実家にはもうしばらく帰ってもいない。あの日の事を思い出してしまうから。ママとは頻繁にラインでやりとりするが、ママも「たまには帰っておいで」とは言わない。

少しでもあの頃の日常を再現してしまう事をお互いに避けているように思える。

そして心友。その存在は覚えているものの、彼?彼女?についてなにか思い出そうとしてもなんの具体的な話も思い出せない。

人間の脳は自分に都合の良いように記憶を作り変えてしまう。そんな話を聞いたことがある。

ある幼馴染通しの中年男性が飲み会の席で、小学校の踊り場に飾られてた絵の話をしたそうだ。

一方は「沈んで行く夕日に土手で振り返る女の子の表情が橙色に塗られなんか寂しげで印象に残っている」

そう言うと、「なに言ってんだよ!今にも登ろうとする朝日の下で満面の笑みを浮かべる爽やかな青空の下の絵だっただろう!」

彼らは飲み代を賭けにし、後日母校に足をやったがその絵は白黒で書かれ沈んでいるのか登ってきているのか曖昧な太陽の後光で性別もわからないようなモチーフが真ん中にシルエットが描かれているだけだった。

人間の記憶とは、不完全で自身の都合の良いように補完されていくものらしい。

その話をしってから私は心友に関して記憶のサルベージがうまくいかない事を今の私にとって不都合な記憶なんだと解釈し、探りも思い出そうともしなかった。


もっと正確に言うならば存在から忘れていた。

あの日が来るまでは。

先程、実家にはほとんど帰る事がないと述べたが、早速その一文を忘れて都合の良い解釈に書き換えてほしい。ただし嘘をついたわけではない。実家に帰らない、そこに関して嘘はない。

父親のお墓詣りに地元には帰っている。ただ生まれ育ったあの家には寄り付かないし、私が学生生活で過ごしたであろうその周辺には近づかないだけなのである。

私は嫌いなわけではないのだが、何となく避けてしまっている。きっと私が私でいる為に封印した記憶がその辺りを嫌っているのだろう。


大切な人。なんて絶妙な言葉なのだろう。

慕っている人、尊敬する人、親しい人、その逆も然り。さらには、仲間、友人、家族。定義が曖昧すぎる。例えば私が何かの物語の主人公であるならば、ライバルや敵、それすらもいなくてはならない大切な人なのである。


ただ、あの日ママは私に言ったんだ。

「あなたは大切な人を作らないようにしなさい。辛いだけだから」

心友のお葬式だかお通夜が執り行われたその日に。BGMのお経と、こんなにも色彩豊かな現代の中で色を無くしたようなその空間が私の脳裏に焼き付いている。


その記憶すらも、もしかしたら私の都合の良いように書き換えられた記憶なのかもしれない。


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