異次元の戦士たち
リドルは制服の内ポケットからスマートフォンを取り出し、光にかざす。
一瞬の間の後、起動のジングルが鳴り画面に光がともった。
「ニュークリアクター、起動!ポチっとな」
(…えっ)
リドルが画面をぺたっと押すことで、なにかいけないものがスマートフォンの中で起動したようだ。だが別段変わったことが起きる様子はない。
リドルは充電ケーブルのようなものを取り出し、端子につなぐ。
そしてブロッケイドに歩み寄ってメンテナンス用らしき腹部側面の小窓を開け、ケーブルをつないだ。
「ブロッケイド、いつまで寝とるんじゃ!いい加減起きんか!」
スマートフォンをペタペタ操作すると、特に何の問題もなくブロッケイドから駆動音が鳴りだした。
ブロッケイドの目に光がともる。
巨体を起こし、モーターを軋ませながら立ち上がった。
『…博士。この状況は…一体?…』
そして心底不思議そうに首をひねった。
「それがじゃなー」
「…というわけで、デッドエンド様が助けてくださってお仕事もゲットしたのじゃ!」
『…はあ…』
ふふんとドヤ顔のリドルに対し、どうにも腑に落ちない様子でブロッケイドは返事をする。
「ほれ行くぞブロッケイド。まずは食料の調達からじゃ。ではデッドエンド様、行ってまいります!」
「ああ」
ブロッケイドの手のひらに乗ったリドルは、そのまま天井の出入り口に押し上げられる。
よっこいせと地上に移り、「よいぞー」と声をかけてきた。
『…博士、少し離れてください。私はこの御仁に出口を広げていただかねば通れません…』
「あ、そうか。デッドエンド様ー!ここ広げることって出来ますかー!」
「…ああ。かまわんよ」
リドルは笑顔で手を振り、ぴょこんと引っ込んで見えなくなった。
ブロッケイドはライオブレイカーに向き直る。
『…何の茶番だ…ライオブレイカー…』
「…ほう、わかるか」
ライオブレイカーは心持ち面白そうに答えた。
『…わからいでか。正規規格品から外れはしたが、私とて誇り高きレクシアのメックトルーパーの端くれよ。…一度戦った相手を見紛うものか…』
ブロッケイドの言葉はライオブレイカーに好ましくひびく。楽しそうに笑いながら答えた。
「なにもこんなおかしな事になってまで、意趣返しをやり合う局面では無いだろうと思っただけのこと。俺の個人的な都合だ。…リドル博士を連れて去るなり、仕掛けてくるなり、好きにすればいい」
二人はしばらく静かににらみ合う。
だが不思議と、そこには殺気や剣呑さはなかった。
『…私は、博士のお心に沿うだけだ…だが馴れあうつもりなど無いぞ…』
ブロッケイドはガチャガチャと、ライオブレイカーに背を向けて言う。
『…博士を助けたことだけは、礼を言わせてもらおう…』
「…ふん」
ライオブレイカーはファイナルフォームの肩をすくめた。
『……』
「……」
『…上を、開けてくれ…』
「あっ…すまん。すぐ開ける」
◇
リドルは出入り口穴の下に声をかけ終わると、早足でスタスタと、真顔でその場を離れる。
だんだんフラフラとゆらめいて、リドルは前のめりに倒れた。
倒れたリドルから、何かが聞こえる…。
「くふ…くひゅひゅ…」
リドルは仰向けになると両手を頬に当て、よだれを垂らしながらバタバタゴロゴログネグネと暴れだした。
「くひゅひゃひゃはひゃは!(うじゅる)しゅきぃ~!…角ロボしゅきぃ~!しゅごいぃ~…もうしゅごいぃ~!指ビーム!指ビームちゅきぃ!!はぁーん!!もゆるもゆる~!…ああー、面取りしたぁい…三日三晩身を寄せ合って面取りしたぁい!工学チックに弧を描くまで面取りしたぁい!!…『ああ、いけませんデッドエンド様、こんな隠された場所に、バリが立っておりますわ…』『リドルよ…それはいけないな…貴女にだからこそ、そのような恥ずかしいものを見せられるのだ』『まあ!それはいけません!わたくし手ずからヤスリを取って、やさしく削って差しあげますわ…フフ…やさしく…やさしく…』なぁ~~~んて!!くひょひょひょひょひゅひょ!!(うじゅる)」
『…それでは角が取れて、丸くなってしまいますな…』
「あぁ~ん!ジレンマぁ!…てなんじゃブロッケイド!いいところだったのに!…はぁ~尊い」
広がった出入り口穴からよっこいせ、と、巨体のブロッケイドがモーター音を軋ませながらよじ登ってきた。
リドルも立ち上がり、制服についた荒野の土埃を払う。
『…博士、本気ですかな…あの御仁に心からつくしたいとおっしゃるのは…』
ブロッケイドの言葉にキッと睨みつけた。
「…そんなわけなかろう?処世術じゃよ処世術。私のような美少女の涙と懇願に誰とて抗しきれるものではないわ」
『…ほんとですかぁ…?』
疑わしげなブロッケイドに、リドルは怒ってみせる。
「なんじゃ!こんな訳のわからんことになっておるから、拠点と後ろ盾を確保しようと私頑張ったのに!はぁーどこで教育間違えたかのう」
嘆息。
「挙げ句の果てに足手まといとか言われて!んもぅ。この私に向かって足手まといて。…『足手まといだ、リドル』て!なんだ!ハードボイルドか!ハードボイルドロボか!ムキャー!もう!あの素敵な連装ビーム・アームで優しく、逃さないように抱きとめて、耳元で囁いてほしい!『君は足手まといだ、リドル』『…は、はい…もうしわけございませんデッドエンド様…』『…実に足手まといだ…』…ムギャーーーー!!イカン!駄目!これマジで駄目!鼻痛い!鼻の奥痛い!!」
ブロッケイドは、やれやれと肩をすくめた。いつもの博士だ。
そして思い出す。
博士は死んだはずだ。あの黒い空間に放り出され、急速に吸われていくエネルギーを感じる中で、手の中にいた小さな守るべきものは空間に一瞬でエネルギーを吸いつくされ、生命反応を失ったはずだった。ブロッケイドの中にはしっかりと、そのログが残っている。
黒い機械兵のことを思う。あれはたしかにライオブレイカーだ。この世界でなにか超常の力を手に入れた地球の戦士。たしかダンジョンと言っていた。
地球人特有の生体への知識で蘇生したのか、はたまたその新しき超常の力を使ったのか。
間違いない、博士を死からすくい上げたのは、ライオブレイカーだ。ブロッケイドは確信する。
ならばこの借り、返さねばなるまい。
『…この恩、とはなかなか言いたくないものだな…』
ブロッケイドはひとりごちた。
◇
『…あの方々とは、どういうご関係なのですか』
二人が去っていった後、女性の声は、固い調子で聞いてきた。
「…俺は、彼女の同胞たちを何万となく殺している。いや、もっとかな」
「そして彼女は、俺のしたことを知っている」
ライオブレイカーは自嘲気味に続けた。
「…我ながら、嘘とごまかしばかりだな」
離れて暮らしていたのなら、血というのは受け継がないものだな。と、ライオブレイカーは獅子吼博士のことを思い、少し笑う。
こじらせきって入院した、痔はもう治っただろうか。わざわざ俺が心配などせずとも殺したって死なない人だ。きっと元気にしていることだろう。
『デッドエンド様』
「…ん?」
『私も、貴方様のことをデッドエンド様、とお呼びしても、よろしいでしょうか…?』
あまりに心細気な女性の声に、ライオブレイカーはおかしくなった。
「はは、好きに呼ぶといい」
すぐに、上から声がかかった。
「デッドエンド様ー!ありましたー!」
上でリドルが手を振っていた。
「デッドエンド様が倒した敵のー残骸にー!燃え残った缶詰がたくさんありましたー!これでしばらく保ちますよー!」
「…そうか。拾ったものは好きに使うといい!」
ライオブレイカーの声色を聞き、女性の声が優しげに、小声で話しかけてくる。
『…御安心なさったのですね、デッドエンド様』
「はは、まさか」
神授帝国と魔導評議会連合国。ふたつの大国に挟まれ緊張状態の只中にありつつも、内政戦略上は何の価値もない、と二国から捨て置かれ続けた不毛の大地、絶望の荒野。
ここはこれより血と野望、硝煙とエネルギー渦巻く激戦の舞台となる。
新たに始まる、そしてライオブレイカー最後の戦い。
その火蓋がここに切って落とされた。
―― 第一章 了
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