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スーパーダンジョンマスター!!!  作者: PMK
とある戦士の物語の終わり
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未来と居場所

 うつぶせに床に落ちたリドル博士を拾い上げ、ブロッケイドの手の中にあおむけに戻す。

「…やってくれ。ダンジョン」


『はい。【フル・リカバリー(完全回復)】を発動します』



 優しく輝く淡い緑光がリドル博士を包んだ。

 蝋人形のようだったリドル博士の表情にみずみずしさが戻り、固くなった全体の力が抜ける。


『成功しました』


「…まるで魔法だな」


『…魔法です』


 ライオブレイカーのつぶやきに、女性の声はおずおずと答える。


「そうか」


 ライオブレイカーは穏やかに答えた。心持ち楽しそうだ。



『…っ。続いて、【リザレクション(復活)】を発動します』


「少し待て。準備がある」


『はい』




 ライオブレイカーは、誰に見せるでもなく変身ポーズを取った。

「チェンジ!ファイナルフォーム!!」



 ファイナルフォーム。正式名称ファイナル・ディサイシブ・アサルトフォームだ。

 レクシアン宇宙攻撃要塞との最終決戦に備え、スーパーライオバズーカの特殊弾頭とともに完全秘匿(日本国に対してさえ秘匿)された、ライオブレイカー第三のフォームである。

 パワードフォームと違い完全密閉型の強化外装で、背面や脚部には大小の宇宙用スラスターがこれでもかと配されていた。


 本来であればレクシアン宇宙攻撃要塞に対し、一発限りの特殊弾頭、借り受けた核弾頭、そして通常のプラズマ封圧弾頭により撃てる限りの砲撃を繰り出したのち、このファイナルフォームで要塞に突貫するのが当初の作戦であった。


 しかし小型D-オーブを用いた特殊弾頭の一撃によって戦いは終結してしまったため、ファイナルフォームは使われることがなかった。

(これならば、俺がライオブレイカーと気づかれる確率も低い。穏当に話すことができよう)



『ああ…まさに、ダンジョンマスターにふさわしき威容にございます』


 女性の声はほれぼれとするように言った。


「世辞はいい。やってくれ」


『はい。【リザレクション(復活)】、発動』



 力の塊がリドル博士に叩きつけられる。胸骨がへこみ、肋骨が嫌な音をたてる。同時にリドル博士を紫電が走る。


「お、おい?」


 ドスン、バチンと大きな音が弾け、リドル博士の体がのけぞって跳ねた。すぐにリドル博士は目を見開き、跳ね上がるように上体を起こし、裏がえった音を出しながら大きく息を吸いこんだ。


「…これ、魔法か?」


『魔法です』


 女性の声は、今度は自信満々だ。


「…そうかぁ?」




 跳ね上がるように覚醒したリドル博士は、ブロッケイドの手の上で混乱したようにキョロキョロとまわりを見る。


「…気がついたようだな」


 何かから声がかけられる。リドル博士はそれを見上げ、はっと息をのんだ。



 異形であった。

 ステルス性向上のために平面をメインに構成された胸部と胴体。その押しつぶされた甲殻類を思わせる胴体には首がなく、顔らしき意匠の場所にはふたつの赤い瞳が不気味な光をたたえて埋め込まれている。大量のノズルが突き出した脚部は、その異様な胴体を支えるべく頑丈で、太い。


 目を引くのは両腕だ。ゴツゴツした肩から伸びるそれは、大きな手を模したような連装砲だった。五本の指先はすべて砲口となって固定され、手としての機能はないように見えた。



 リドル博士はその黒いライオブレイカーをまじまじと見て、ワナワナと身を震わせる。


(…駄目か。気づかれたか)


 ライオブレイカーは小さく嘆息し、気の進まない覚悟を決めた。


 リドル博士は溜まった力が吹き出すように、感極まった声を裏返して叫んだ。

「イケロボ!!!」




「…はい?」




「失礼いたしました!自分はレクシア侵攻軍、リドル技術特佐予備役であります!」


 リドル博士はあわててぴょこんと立ち、反り返った気をつけの姿勢でそらんじる。


 ライオブレイカーは精一杯の作り声で応じた。ボイスチェンジャーぐらい付けてくれ、と獅子吼博士を思う。

「…そう、しゃちほこばらなくても良い。楽にしてくれ」


「ホントですか!」


 ライオブレイカーの言葉に喜色を浮かべ、ちょこんとブロッケイドの手のひらに、スッと座り込む。



「状況を見るに、助けてくださったのだと推察します」


「…そうではない。君たちは勝手にこのダンジョンに漂着したのだ。リドル技術特佐」


「リドルとお呼びください」


「え」


 リドル博士は真剣だ。何かを期待するように、キラキラした目でこちらを見てくる。


「…私が助けたのではない。勝手に漂着したのだ。リドル」


「はい!」


 リドルは喜色満面に答えた。

「助けてくださってありがとうございます!」


(話聞いて?)



 リドルは身を乗り出し、嬉しそうにまくしたてた。

「機械のお国のかたですか?私も機械領域の出なんです!レクシアン機械領域のデザイノイドで、半機人なんです!いっしょですね!…あ、うなじのコネクタ見ます?」


 悩ましげにしなを作って、緩やかなウェーブを描く長い銀の髪を横にかきあげる。柔らかそうな耳たぶと一緒に、みずみずしくしなやかな白い首筋が見えた。銀色のほつれた髪がふわりとかかる。

「チラ」


 ライオブレイカーは、とりあえず流すことにした。そこにはたしかにコルセットされた鈍色(にびいろ)の機械部があるようだ。


「…つまり君たちは、次元を超えた機械の世界からやってきたのだな。不思議なこともあるものだ」


「あのあの、私、あなたのことが知りたいです」


 グイグイ来る。

「これは名も名乗らずに失礼した。私はこの迷宮、ダンジョンのダンジョンマスター」



「…名を、デッドエンドと言う」



 リドルは思った。

(ダンジョン…迷宮…デッドエンド?)


「…行き止まりなのですか?」


 つい口をすべらせた。


 慌てて口をおさえるリドルを手で制し、ライオブレイカーは周囲を見渡す。

 ここは10メートル四方の、ただの箱の部屋でしかなかった。これがダンジョンのすべてだ。

「名は体を表すものだ」


 感慨深げにライオブレイカーは言った。




「…さあ、リドルよ、もうここに用はなかろう。お供のかたを起こしてどこへなりとも行くがよい」


 そっけない態度のライオブレイカーに、リドルは思いつめた表情でうったえる。

「…デッドエンド様、どうか私達をここに置いていただけませんか!私、役に立ちます!」


「駄目だ」


 ライオブレイカーの即答に、リドルは少なからずショックを受けた。



「…どうしてですか?」


「理由はふたつある」


 ライオブレイカーは穏やかな態度を崩さずに言う。


「ひとつ、このダンジョンは現在、戦争状態にある」


「…どんな勢力と戦っているのですか?」


「人間だ」


「…あいつらは、どこでもそんなです」


「…ダンジョンは有形無形の資源の宝庫だ。犠牲を払ってでも手を出したくなるのさ。犠牲が自分では無いうちはな」


 口からでまかせだが、当たらずとも遠からずといったところだろう。



「もうひとつ。ここには食料がない」


「あっ…」


 盲点だったようだ。


「リドル。君には必要なのではないかね?」


「……」


「車輪のついたお供のかたならば、餓死する前には人里に出ることもできよう」


 ファイナルフォームの赤い瞳で、リドルの姿をまじまじと確認する。

 輝く銀の髪、整った顔立ち。ブレザー制服につつまれた華奢な体。

「その姿であれば、君は人の中でもやっていけるはずだ。こんな寂しい場所にいてはいけない」




「…人の中などに、私の居場所はありません…」


 しばらく黙っていたリドルは、うつむいてポツリと言った。

「食料を入手できたら、ここに戻ってきてもよろしいでしょうか」



 静かな時が流れる。やがてライオブレイカーは落ち着いた声で答えた。

「…なぜこの場所にこだわる?危険で、不便で、未来のない場所だ」


 少し尖った言いかたをする。

「それに、君は足手まといだ」


「…っ」


 リドルは激しく動揺するが、それでも毅然(きぜん)とした態度をとってみせる。


「…たしかに私には戦いの矢面に立つ力はありません。しかし私の中に詰めこまれたレクシアの知識は、必ずデッドエンド様の戦いのお役に立ちます」


「デッドエンド様も、その戦争に負けるつもりはないのでしょう?ならば戦争の裏方をする仲間も欲していらっしゃるはず」


「…まあ、そうだな」


 これは結局、敗北の見えた戦いだ。俺は人を、国を敵に回した。いずれ世界を敵に回すだろう。取り囲まれて多勢に無勢。砲撃の直撃でも受ければ、それでデッドエンドだ。



「…誰かのお役にたちたいと思えたことなど、生まれてはじめての事なのです。この気持ちを失えば、私はもう二度とそれを取り戻すことはできないでしょう」


「…デッドエンド様、…どうか私のこの気持ち、受け取っていただけませんか」


 リドルは澄んだ声で懇願(こんがん)する。その真剣な様子を見て、ライオブレイカーは小さくためいきをつく。

「…好きにしなさい」


 リドルの顔がぱあっと華やいだ。




 リドルをここに置けない理由。本当はみっつある。ライオブレイカーは昏い決意のことを思い出していた。

 このたった一部屋のダンジョンを怨念の海に沈める決意。


 この子はかつて戦ったあのドクター・リドルだ。戦いを知る戦士。ただの子供ではない。


 それでもライオブレイカーには、子供をそんな阿鼻叫喚のただ中に、置いておくことなど考えられることではなかった。


 ()()()()()()人食いの施設を舞台にした、たったひとりだけの戦争。欲望と恐怖に追い立てられて寄ってくる人間を殺すだけの、蟻地獄のような殺戮機械。



 そんな場所に心のあるものが、いてはいけないのだ。



『…私にはもう居場所がないし』


 ライオブレイカーは、彼女の乾いた声を思い出していた。

 …まあ、好きにすればいいのだ。どうせライオブレイカーの正体に気づけば決裂するだけのこと。気づかずとも、本格的な戦争が始まる前に、外の情報を集めて安全な場所に脱出させればいい。


 こんな未来と希望のない場所に、彼女をずっと留め置くわけにはいかない。

 だが今は、外の世界がここよりも安全である保証など、どこにもないのだ。

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