空中巡洋艦
「ダメール艦長!」
「少将と呼ばんか!!」
飛行巡洋艦サウスマウント上級艦長、ダメール少将は腐っていた。ダメール分艦隊ただ一艦の所属艦、サウスマウントの現在の任務は辺境警備である。こんなものは将官のやる仕事ではない。
まったく中央は見る目がない。自分たちの派閥とコネだけで周囲を固め、私のような有能を目障りだからと排斥して、自分たちだけが甘い汁をすすっている。まったく帝国軍は腐りきっている。
だがダメール少将はやる気のある男だ。クサクサしようが仕事は仕事。艦長席でふんぞり返り、厚意をもってクルー達の駄目なところを指摘してやろうと日々ねめつけ続けている。
「艦隊司令でもいいぞ!!」
「…失礼しました、少将。ダンジョン反応を検知しました」
「アビスピットがこんななにもない場所で?…まさか未発見ダンジョンか!何年ぶりだ!」
運が向いてきた。ダメール少将は俄然やる気になってきた。
ダンジョン。湧き出る魔物によって人々を苦しめ、同時に資源の宝庫でもあった謎の迷宮群。
昔は溢れたダンジョンによってつぶされた国などもあったが、技術の進歩によって人類はダンジョンに完全勝利する一歩手前まで着ていた。
ふたつの攻略不能ダンジョンのうちのひとつ、『アビス』。この神出鬼没の大迷宮は決まった出入り口を持たず、地下深くに潜みながらも度々突然地上への出入り口を作り出し、魔物による奇襲攻撃、略奪を行っていた。その『アビス』の出入り口はアビスピットと呼ばれている。
しかしここは人も住まない不毛の荒野。略奪のためのアビスピットが出現する道理はなかった。
「くだらん辺境警備もこれで終わりだ。この手柄をもって中央に返り咲けるというものだ!ダンジョンバスター噴進爆雷を出せ!」
ダンジョンバスター噴進爆雷。その長く強固な鉄筒は、高高度からの投下と噴進式推進によって音速を超え、地盤並びに強固なダンジョンウォールを貫いて、衝撃波と遅発信管爆弾によってダンジョン内部を破壊する対ダンジョン兵器である。
埋蔵ダンジョンが枯れ『アビス』も捉えることがかなわないため、もっぱら人類に対して使用されている兵器であった。
発射されたダンジョンバスター噴進爆雷が大地をえぐり、揺らす。これで張り巡らされた地下迷宮を、衝撃波と爆風でかなりつぶせたはずだ。
「通信士!」
ダメール少将は腕時計を見る。そして素知らぬ顔で聞いた。
「今、何時だね!!」
「…ヒトフタマルゴーであります!少将!」
「そうかね!」
ダメール少将はすまし顔で答えた。通信士の顔がゆがむ。
「貴様らも覚えておけよ!この時間が、われわれが新たな歴史を開いた時間だ!」
「少将!ダンジョンに動きがあります!出入り口、開きました!ダンジョンモンスター、一体出現です!」
オペレーターの女性士官、ミューミュー少尉が続けて報告する。
「ミューミュー少尉!」
「は、はい」
「この後、戦勝と手柄を祝して、ともに祝杯をあげようではないか?んー、楽しみだねぇ?」
ダメール少将は猫なで声を出した。ミューミュー少尉はくちびるを噛む。
「次弾装填!目標ダンジョン出入り口!次でしとめろ!!ダンジョンバスター噴進爆雷は高価なのだぞ!はずせば、貴様らの給料から弁償してもらうからな!!」
「目標から微弱魔法反応、攻撃してきます!鑑定結果、【ファイアボルト】、三!」
ダメール少将はせせら笑った。
「ファイアボルトで!!」
オペレーターのミューミュー少尉がすこし慌てる。
「直撃きます!!」
通常の魔法攻撃がとどく距離ではない。それでも【ファイアボルト】などという低級な魔法攻撃で、この飛行巡洋艦のミスリルコンポジット装甲が破られるはずもなかった。
ブリッジの床が赤熱化し、轟音とともに火柱が立ち上った。
ダメール少将は一瞬で蒸発した。直撃を受けなかったブリッジクルー達も、皮膚と肺を一瞬にして焼きつくされる。
艦内通路を爆風と熱波が飛び交う。兵器の誘爆が始まっている。
爆風と熱波に焼かれるものがいる。乗組員たちは巻いた服ごと手がジュウと音を立てるのもかまわずに、焼けた隔壁を必死に閉めようとしている。熱や煙に追われて空に飛び出すものもいる。叫び声、怒鳴り声、泣き声。
そしてその狂騒も長くは続かなかった。三つの光弾に大きくえぐられた巡洋艦サウスマウントは構造を維持できず、爆発とともに空中分解した。
生存者は、いなかった。