緊急出撃
ライオブレイカーは長いあいだ、二人のすがたをじっと見つめていた。感知するかぎり、リドル博士に生命反応はない。
『…死体です』
「わかってる!!」
かぼそい女性の声に、ライオブレイカーは強く吐き捨てる。
そしてボソリと言った。
「…なんとかならないのか」
『可能です』
「なにっ!?」
『【フル・リカバリー】ならびに【リザレクション】の魔法を使えば、小さなかたは救えましょう』
「…あなたから聞いた、はじめての朗報だ。ダンジョン」
死者さえ生きかえらせられるダンジョン。まるでゲームの世界だ。だがこの未知なる世界の未知なる存在ができると断言するならば、ためしてみる価値はある。
女性の声はむしろ恐縮するように、おずおずと答えた。
『…どちらも極大魔法…最も強力な魔法のひとつです。それぞれ10000DP、計20000DPが必要です』
「現在のDPはいくつある」
『…初期DP100、1消費して残り99です』
「それは気にしなくていい。期限は」
『…時間経過によって成功率はどんどん下がります。現実的に考えて、一週間もないでしょう』
「その場のベストをつくせばいい。DPをかせぐ方法を」
『は、はい。まずはダンジョン領域への侵入者を殺し、吸収すること…』
女性の声は言いあぐね、先細りのように黙った。
「続けてくれ」
『次に、ダンジョン領域にあるものから自然吸収することです。このふたつに関し、私達は通常のダンジョンと違い大きな優位性をもっています』
『私達はダンジョンマスターとダンジョンコアが一体化した、移動可能ダンジョンであるということです。領域はそれに合わせて移動や変更が可能です』
「…つまり、こちらから出むいて俺が倒せばDPをかせげるんだな。おもなターゲットは」
『人間です』
「ほかにだ」
『魔物、とくに魔石病におかされた、魔力結晶を体内で作ってしまうたぐいの魔物を吸収すれば、大きなDPとなります』
「いいぞ。ほかには」
『魔石を直接吸収したり、魔力を動力に使う武器や道具を破壊、吸収することでDPに変換できます』
『ほかにもダンジョン領域をここから移し、人の多くいる街に設定すれば、高い効率で自然吸収DPをかせぎ出す事ができるでしょう』
「よし。やるべきことが見えてきたな。この部屋の説明、周囲の状況を」
『ここは初期設定されたダンジョンコアルームです。地下一階層。すぐ上は地上、…初期配置の状況はよくありません。不毛の荒野です』
「ほかのダンジョンと連絡はとれないか?協力をあおぎたい」
『ほかのダンジョンに協力をあおぐことは、現在のダンジョン環境では困難です』
「なぜだ?」
女性の声は、言いづらそうに切りだした。
『…現在、この惑星で可動しているダンジョンは、われわれを含めて3つです』
「…何?」
『ふたつの稼働中のダンジョンをのぞく、この惑星に到達した数万のダンジョンは、すべて駆逐されました』
「…なんだと…?」
突然部屋が轟音とともに大きく激しくゆれた。ライオブレイカーは体制を崩すが、必死にたえる。巨体のブロッケイドさえも跳ね、リドル博士がゴロリと落ちた。
「何だ!?」
『攻撃です!直上!』
「俺が出る。上部開けろ!!」
『はい!』
『【出口作成】』
女の声が言うと、天井にぽっかりと四角い穴がひらく。穴からは乾いた青い空が見えた。
すぐさまライオブレイカーは跳躍する。一飛びで外に出て、土煙を上げて地面に降り立った。
一面の荒野だ。赤茶けた台地、枯れ色のまばらな草。そこには人の気配も、動物の気配さえもまるでなかった。
すぐ近くにクレーターができている。クレーターの中心はさらにえぐれ、なにかが突き抜けたようになっていた。
はるか直上、なにかがいる。その奇妙な物体は青空の中心にいた。
銀色の十字架だ。4つの先端に向かうにつれ、弧を描いて鋭く尖った十字架だ。中心になるにつれてふくれ、結構な厚みがあるように見える。
モニターアイで拡大し確認する。遠い。そしてかなりの大きさだ。全長100メートル以上はあるだろう。距離は2000メートル程度だろうか。普通の攻撃のとどく距離ではない。
ライオブレイカーはこの距離を攻撃できる武器を、ふたつ持っている。ひとつはスーパーライオバズーカ。だが長大な砲台による直上への攻撃は、パワードフォームの膂力をもってしても正確な狙撃は難しいだろう。
もうひとつあるのだが、ここでライオブレイカーは奇妙なことに気づく。
モニターアイからの情報はそのターゲットが現状、射程内であることをしめしているのだ。
基本フォームであるライオブレイカーの遠距離攻撃武器は、ひとつしかない。
腰にマウントされたその武器が、作動音を立ててせり出す。ライオブレイカーはその武器を右手で抜いた。
それは、おもちゃのような銃だった。白い角ばった銃だ。
ライオシューター。次元力でコートされたプラズマ弾を発射する、近距離用の銃器だ。主力戦車の装甲をつらぬく程度の火力があり、レクシアのメックトルーパー相手には実に重宝した。
モニターアイのセンサーと電脳が、この武器で攻撃可能であることをしめしている。
ライオブレイカーは迷った。フォームチェンジして倒すべきなのか?だがこのおかしな世界では失った装備を補給する当てがない。もうひとつの武器は決戦用兵器。火力を追求したあまり、耐久性に難のあるなかば使い捨ての武器だった。
モニターアイが上空、十字架の動きを察知する。十字架の中心が開きはじめたのだ。
このクレーターを作った攻撃がくる。直撃すればライオブレイカーでも死ぬだろう。なによりあの小さな部屋は、中身ごと無残に押しつぶされてしまうことだろう。
ライオブレイカーは迷いを捨てて、ずっといっしょに戦ってきたセンサーと電脳を信じる。両手で直上に構えた。
「頼むぞ!ライオシューター!!」
三点バースト。連射された三つの光弾が、銀の十字架に飛んでいく。
…全弾命中。届いた。ライオシューターが強化されている。
三つの光弾は銀の十字架に当たり、当たった箇所を赤熱化させる。目に見えるほどの火花が散った。
一発は十字架の中心、開いた砲口に命中させたはずだ。十字架からの攻撃は来なかった。
(やったか!?)
やがて、破片やいろいろなものが降ってきた。
溶けた銀色の金属。燃えたなにかの破片。
そして、焦げた人の死体。もがきながら落ちてくる、生きた人間。
やがて十字架は中心から誘爆し、上空に散った。大きな残骸が落ちてくるのが見える。
ライオブレイカーはなにも言わずにじっと空を見上げながら、力なくライオシューターを降ろした。
弾け飛んだ大きな残骸達が、荒野に地響きと土煙を立てる。破片と人の雨はやんだ。興奮気味な女性の声は、嬉しそうに言った。
『侵入した敵をすべて撃破しました!おめでとうございます!』
『インペリアル・トルーパーを多数撃破しました!』
『インペリアル・ワーカーを多数撃破しました!』
『インペリアル・サージェントを多数撃破しました!』
『インペリアル・キャプテンを多数撃破しました!』
『インペリアル・メディックを多数撃破しました!』
『インペリアル・ガンナーを多数撃破しました!』
『インペリアル・ジェネラルを撃破しました!』
『登録名不明を多数撃破しました!』
『魔力吸収が始まっています!推定10万DPを超える見込みです!』
『おめでとうございます、ダンジョンマスター!目標達成です!』
女性の声は、歓喜に震える。
『ああ…さすがはダンジョンマスター。私の見込んだお方です!!』
ライオブレイカーは、しばらくそのまま空を見つめつづけていた。
乾いた青い空で、じりつく太陽が光った。