星ひとつ無い場所で
静けさのみが支配する宇宙を、かぼそい一条の光が切り裂く。
太陽を背にして放たれたスーパーライオバズーカの一撃は、地球の重力に引かれて弧を描きつつ、小惑星級機動兵器であるレクシアン宇宙攻撃要塞があるはずの座標に突き刺さった。
パワードフォーム。
現在ライオブレイカーが身にまとっている強化外装である。
重機を思わせる骨太で工学的なデザイン。鉤爪つきの両腕部は足元までとどくほど長く、異形を感じさせる。
頭部外装バイザースクリーンの奥で、ライオブレイカーの赤い目が煌々と、禍々しく光っていた。
そのパワードフォームの必殺技こそがスーパーライオバズーカであった。クローアームによって保持された巨大な砲台。
そこから放たれた、ごくごく小さな一撃は、偏光遮蔽迷彩によって見えなくなっている巨大要塞、レクシアン宇宙攻撃要塞の防御バリアを揺らした。
瞬間、偏光遮蔽迷彩が破られ、隠れた要塞が姿をあらわす。
そこには小惑星級の巨大要塞と、要塞を防御バリアごと喰らいつくさんと巣食う巨大な黒球があった。
やがて要塞のほとんどをえぐった黒球は、唐突に爆縮して消える。
そしてその爆縮と同時に要塞は、内側にひしゃげた。
圧倒的破壊力。要塞に残ったすべての部分が一瞬で内側に捻じまげられ、破壊されていた。
パワードフォームのバイザースクリーンには、その様子が映しだされていた。
ひしゃげて割れた要塞から多くののレクシア人たちが宇宙に放りだされるのが見える。
軍服、装甲服、メックトルーパー。
そして女性と子供。
レクシアン宇宙攻撃要塞は侵略のための機動兵器ではあるが、同時に移民船でもあった。中には地球への順応を進めるたくさんの移民たちがいたのだ。
ライオブレイカーは、自分が作りだしたその景色を、声もなくただ見つめていた。
帰還のための回収船がゆっくりと、ライオブレイカーに近づいてくる。
その日、地球上からはたくさんの流れ星が見えた。
◇
ライオブレイカーは、暗闇の中で目を覚ました。
(…生きている?なぜ?)
何も見えない真の暗闇だ。赤外線モニターぐらいつけてほしかった、と獅子吼博士のことを思い、心のなかで毒づく。
手探りでゆっくりと立ちあがる。ライオブレイバーの赤い目が暗闇に浮かびあがった。その光は闇に飲まれ、何も照らすことはない。
事態の把握もさることながら、この暗闇では何もしようがない。パワードフォームの武器である切断用プラズマトーチを明かり代わりにしようかとでも考えていると、突然声がひびきわたった。
『…ああ、この日が来ることをずっと待ちわびておりました。ダンジョンマスター』
「誰だ!」
ライオブレイカーは暗闇にむかって構える。
聞こえてきたのは、感極まったように甘くひびく女性の声だ。周囲にひびきわたることもなく、それは嫌にはっきりと聞こえた。
『回廊空間をただよいながら、ずっとずっとあなたさまを待っておりました。これほど報われるかたちでお救いいただけるなど。…ああ、ああ!本当にありがとうございます!』
事態は混迷をむかえようとしている。ライオブレイカーは今度こそ、声がどこから聞こえるのかがわかった。
声は自分の胸部、ディオーブエンジンから聞こえてきたのだ。
『おわかりになりますか。私はあの時、あなたさまに吸収されたダンジョンです。ダンジョンマスター』
女性の声は言った。
「ダンジョンだと!?…D-オーブを乗っとられたのか!?」
だが、ディオーブエンジンからのパワーは正常に供給されている。次元着装によるフォームチェンジも、問題なく発動できそうだ。
次元着装で思いあたる。爆発した次元力の『格納』に、この不思議な女性の声は巻きこまれたのか?
女性の声は感極まる声で、一方的にまくしたてる。
『ああ、本当に感謝しかございません。私を回廊から救い出してくださって、ありがとうございます』
「救い出した?」
『この出会いは、私だけではありません。私とタンジョンマスター双方にとって幸福な働きになることを、お約束いたします』
「双方に?」
『今の私とダンジョンマスターから感じるお力ならば、今のダンジョン環境でも、きっと生存の目がありましょう』
「生存だと?」
『これからは良き連添いとして、ずっとあなたさまにつくさせていただきます。末永くよろしくお願いいたします。ダンジョンマスター』
「待てーっ!!」
「待て!ちょっと待て!」
『はい、ダンジョンマスター?』
「こっちの話も聞いてくれ!」
『…は、はい』
女性の声は困惑する。だが困惑しているのはこちらだった。異常事態に理解が追いつかない。
女性の声は親密で、敬愛に満ちていた。情感にあふれ、甘くひびき、蠱惑的でさえあった。
本心の声か、何かの罠か。とにかく判断のための情報が足りない。
「聞かせてくれ、ダンジョン。ここはどこだ?日本…地球ではないのか?」
『はい。ここは私の当初の目的地、魔力領域のひとつです。私たちは回廊空間を通り、次元を渡ってこの世界にたどりついたのです。現在座標は初期ダンジョン内。このダンジョンは、あなたさまのものです』
「…あなたは俺のディオーブエンジンに内蔵された、D-オーブの中にいるのか?」
『はい。ダンジョンマスターがこのユニークな時空属性魔石に吸収してくださったおかげで、私もようやくダンジョンコア化することができました。私はあの回廊空間を行くあても寄る辺もなく、ずっとずっと彷徨うだけの存在だったのです』
「……」
行き場のない人間ばかりだ。
『そしてダンジョンを運用する存在、ダンジョンマスターを同時におむかえすることができたのはとても良き導きでありました。通常ならば力を消費して運を天にまかせ召喚するか、現地生物を捕獲して仕立てあげるしか方法はありません。そんな悠長なことをしていては現在のダンジョン環境では即時敗北、破滅が待っていたことでしょう』
しおらしい女性の声は一転、歓喜に満ちる。
『ああ、だというのにダンジョンマスターからはそれを打ち破る意思のお力を感じます。なんと幸運で幸福な導きであることか…感謝してもし足りないとはこのことです!』
「…意志の力?」
『はい!ダンジョンとはダンジョンマスターの願いをかなえるもの』
「……」
『そしてそのためには戦えるかた、戦いの意思を持つかたが必要なのです。身にまとう空気、たたずまい。それができるおかたであると、私にはひと目で分かりましたとも』
「…ダンジョンとは、なんだ?」
『はい。ダンジョンとは迷宮をもちいて敵を殲滅、捕獲し、力を吸収する施設の』
「そういうのはいい。私の聞きたいことを察してほしい」
ライオブレイカーは話をさえぎる。
女性の声は、すこしのあいだ沈黙したのち、答えた。
『…はい。ダンジョンは、生物です』
「…続けてくれ」
『ダンジョンの生まれというものは私にもわかりません。ただ、魔力の存在する世界、魔力領域惑星にむかって放たれた、精神生命体のひなのようなものだと認識しております』
『私たち数万のダンジョンはこの惑星に向かって飛来しました。ダンジョンコア化が可能な魔力結晶、一定以上の大きさまで成長した魔石にやどり、世界に干渉をはじめるのです』
女性な声は悲しげに語る。
『…私はもっとも遅く、最も出遅れたダンジョンです。私がやどるべき魔石は、もはやどこにも残っていなかったのです…』
ライオブレイカーはじっと思いをめぐらす。やがて小さくため息をつき、静かに口をひらいた。
「…ダンジョン。俺はあなたに協力はできない」
『…な、なぜです?どうして…』
ライオブレイカーの毅然とした態度に、女性の声はひどく狼狽する。
「先ほどすこしふれたな。ダンジョンの捕食について」
『はい、私と力をあわせて敵をおびきよせ、その力を吸収する手助けをしてほしいのです。もちろんダンジョンマスターに得るものは十二分にございます』
「…俺はもう、なにかの手先となって敵を殺す戦いに、疲れ果ててしまった」
女性の声は言葉に詰まる。すこしかすれた声で、なおも続けた。
『…集めた魔力をダンジョンポイント、DPという単位に変えて、さまざまな偉大な力の行使が可能となります』
『コモンモンスターや眷属モンスターを召喚し、部下とすることもできます。力をたくわえ一大勢力を築きあげれば、外部への逆侵攻も可能となりましょう』
「もういい」
『力や勢力がととのえば、従うものなどございません!人の国など従属させ覇をとなえてしまえばもう、あなたさまを従わせるものなど!』
「もういいと言っている!!」
ライオブレイカーの怒鳴り声に、女性の声は息をのむ。
ライオブレイカーはしばらく押し黙っていた。
「…それに俺は、ほかの二人を探さねばならない」
『…あっ…』
弱くかぼそい女性の声は、なにか言いたげに口ごもった。
「もし俺と同じようにこの暗闇のなかに、あるいはもっと遠くに漂着しているのなら、俺はふたりを探しださねばならない」
「…決着をつけるとか、あやまるとか、そういう話ではない。ただ俺はあのふたりを探さねばならんのだ」
自分に言いきかせるように、ライオブレイカーは言う。
「別れることができないのなら黙っていろとは言わない。だが邪魔はしないでくれ」
『…ダンジョンマスターとともにいたおふたかたならば、すぐうしろに漂着しています』
「なにっ!?」
ライオブレイカーはあわてて振りかえった。暗くてなにも見えない。
「明かりをつけてくれ!!できるか!?」
『可能です。DPを1消費して、【ライト】の魔法を使用できます。効果時間は』
「早くしてくれ!!」
『は、はい!』
部屋に不思議な明かりが灯る。
大きな部屋だ。一片が10メートルほどの正方形の部屋だ。すべてを壁に囲まれ、ここには窓も扉も通路もなかった。石の質感の壁と床は、どこにも継ぎ目がない。
部屋の中央に立ったライオブレイカーは、突然の明かりに目がくらむ。目に入る光量は電脳によりすぐさま自動調整された。
そこに、二人は倒れていた。
ブロッケイドは身動きも、なんらかの機械音も感じられず、一片のエネルギーも残っていないようだった。ブロッケイドは横たわって半身で伏せ、大事なものを守るかのように、両手のひらにそれをかかえていた。
ブレザーの制服を着た、かぼそい銀髪の少女。リドル博士だ。
リドル博士は、死んでいた。