交渉要求
『防がれました…。ダンジョンの外からなのに、どうして気づいたの?』
驚きと屈辱を込めて、マユタ軍曹機はスピーカー越しにフィッシャー曹長機に向かって言う。必殺の手応えはあったはずだった。
『魔術だろ。状況は?』
『敵ブレイバー、ピピン伍長の大破機体を盾にしています。敵左腕部破損を確認』
フィッシャーのデミブレイバーゴブリンは両手に盾を持ち、姿勢を低くして盾の壁を作っている。
そして森のほとりギリギリの位置にに陣取っていた。ここがダンジョン範囲ギリギリと見越してはいるが、その保証はない。内心冷や汗だ。
マユタのゴブリンはその後ろにくっついて、フィッシャーの肩を架台にし狙撃ライフルを構える。
敵の姿は木々を縫い、スコープ越しでもほんの僅かだ。
『この射撃姿勢すごく良いですね。キュンキュンきます』
『…言ってろ。こっちに来てるか?』
『動きません。伍長ごと殺りますか?』
『お前な…』
フィッシャーは嘆息する。
『…相手もなにか考えているのか…』
その時、不思議な声が辺りに響き渡った。
『連合軍の諸君。我々は進んで交戦の意思はない。この不当な侵入者を返してほしくば、使者を立てたまえ』
『声を伝える魔術か』
『【ベントリロキズム】ですね。下級魔術です』
『繰り返す。我々は交渉の用意がある。即座に使者を立てたまえ。然らずんば攻撃する』
『…どうします?』
マユタの声に答えるように、フィッシャー機は胸部ハッチを上に跳ね上げた。
「…俺が行く」
『だめですよ』
「命令だ。援護頼む」
『……』
「焦るなよ。頼むぞ、マユタ」
再度声が響き渡る。強い口調だ。
『もう一度言う。使者を立てよ。さもなくば侵入者の攻撃に対し、我々は反撃を開始する』
フィッシャーのゴブリンは盾を一枚をマユタに渡す。
もう一枚を放棄し、無手のまま森のなかに分け入っていった。
『…こんな時にカッコばかりつけて』
マユタは苛立ちをあらわにする。
『残る女の気持ちを考えないからイラつくのよ』
そして大きく深呼吸して、盾と狙撃ライフルを抱えて移動を始めた。
◇
「来たか」
暗緑色のパワードスーツが両手を上げ、胸部ハッチを開けたままこちらに歩いてくる。
中の操縦士は戦いの年輪を感じる人物だ。気絶している彼よりは話が通じるだろう。
初期コアルームの様子は気になるが、ブロッケイドとリドルの力を信じよう。そう考えることにする。
「どうも。その残骸の中身、返してもらえませんかね」
パワードスーツが近くまで来ると、単刀直入に厳つい男は言う。
「自分は魔導評議会連合西部方面国境軍、フィッシャー曹長であります」
こちらも名乗りを返すとしよう。
「私はこのダンジョンを守護する戦士のひとり」
「名をマルチプルと言う」
「…そりゃ、器用そうな名前ですな。そいつを返してくれる条件はなんです?」
「まずは聞かせてもらおう。連合の兵士、フィッシャー曹長。何故連合はこのダンジョンに侵攻を?」
「…人聞きが悪いですな。うちの領土に居座った、おかしな物があれば見に来るでしょう。近くで帝国の巡洋艦が墜ちたって言うならなおさらだ」
ごもっともな話だ。
「君の言うことももっともだ、曹長。我々はそのすり合わせを行いたい。平和的にな」
ライオブレイカーは落ち着き払って続ける。
「ダンジョンというものは、出てくるところを選べないものでな」
「…らしいですな」
「現在われわれは、当方に対して不当な攻撃を行った帝国軍と交戦中だ。…君たち連合の領土内でそれが行われるのは、大変不幸なめぐり合わせと言えよう」
「するってーとやはり、帝国軍の巡洋艦を墜としたのはおたくらで?」
フィッシャー曹長の目がギラリと光る。
(ああ、言質が欲しいのか)
交渉のカードを減らすことはない。ライオブレイカーは慎重に答えた。
「君達の国を領空侵犯した帝国軍巡洋艦が、君達の領土内で墜落したのは事実だな。そのへんの情報も踏まえて、我々は改めて交渉の席を望んでいる」
「ふむ、交渉の席を開くまで、そこの若いのは人質ですかい?」
「いや」
ライオブレイカーは頭部外装を被った頭で、かぶりを振る。
「君が約束してくれるなら、彼は即座にお返ししよう」
ライオブレイカーの言葉に、フィッシャーの目がいぶかしげにゆがんだ。
『…デッドエンド様、リドル様の部屋で魔力吸収を確認しました。登録名【インペリアル・コマンド】。リドル様は健在です』
女性の声が、小声でささやく。さすがはドクター・リドル、抜かりはないか。
それでもあの少女を戦闘に参加させたことに、ライオブレイカーの胸がざわめく。
『検知できない敵、確かに入り込んでいるようです。まもなくブロッケイド様が現地に到着します』
「どうしました!?」
フィッシャーがこちらを見ていぶかしげに声をかける。
「失礼、魔力通信が入ってね。それでどうするね?」
「…そいつを返してくれるのはありがたいですがね。俺みたいな下士官を信用なさっても、組織というものはそう思い通りには動きませんよ」
正直な兵士だ。ライオブレイカーは愉快な気分になる。
「はは。わかっているとも。君は上役に、こう伝えるだけでいい」
「『我々の意に沿わぬ所業をするならば、我々はこのダンジョンを放棄し、君達の住む街に紛れることとする』、我々はそれが出来るダンジョンだ」
テロ予告だ。これは酷い。
「…どうだね?」
「…必ず伝えますよ。確固たる保証は出せませんが、男の誇りにかけて約束します」
「はは」
ライオブレイカーはこの厳つい兵士のことが気に入ってきた。
厳つい兵士は押し止めるような合図をどこかに送っている。おそらく狙撃手にだろう。
今はこの兵士を信じることにし、気絶した若者を渡そうと一歩踏み出す。
『デッ…マルチプル様!!ダンジョン外より高魔力反応!!』
女性の声が突然大きな声を出した。
「なに?」
ライオブレイカーとフィッシャーは、同時に怪訝そうな顔をする。
『極大魔法が来ます!!現在詠唱中、連合側上空です!!』
「…やってくれたな!!」
目を白黒させるフィッシャーを睨みつけ、若者の入ったパワードスーツの残骸を投げつけた。
「ダンジョンウォールだ!!」
『はい!!』
即座にライオブレイカーとフィッシャーとの間に、縦横10メートルの壁が立ちはだかる。
飛来した狙撃の砲弾は、分厚い壁の裏側を砕いたようだ。
「【インビジビリティ】!」
『了解!』
姿が消える。
狙撃手は姿が現れてから撃ってきた。看破できるのは気絶している若者だけのはずだ。
「パワードフォーム、『格納』!」
ライオブレイカーは基本フォームに戻ると、もどかしい気持ちを抱えながらも森の外、狙撃手のいる方向に駆け出した。




