カウント・ダウン
「信じたぞ? ライオブレイカー」
リドル博士は体を離すと、うれしそうに言った。
「きっと来てくれる。子供を見殺す貴様ではないとな。来てくれなければ『あれぇ~っ?』てなるところじゃった!絶対めっちゃハズいやつ!みんな見てるし」
そして沿道の人々を見わたす。
沿道の人々、停車した車たちは、それぞれがこちらを見ながらスマートフォンになにかしきりに話しかけたり、スマートフォンのカメラを向けたり、まわりを見て自分もあわててスマートフォンを取りだしたりしている。公安の人間さえも盛んにスマートフォンに向かって怒鳴りちらしていた。
クラクションの音が鳴りひびいている。
「…ライオブレイカー、なんであいつら撃ってこないんじゃろ?せっかく携帯防御バリアを持ってきたのに」
「…んー、変な国じゃのうー」
怪訝そうにぶつくさ言うリドル博士。
混乱と焦りのなかで、ライオブレイカーはその少女を問いただした。
「…なぜ、こんな事をする!?これでは自分さえも爆発に巻きこまれて死ぬぞ!!」
「んー」
リドル博士は腕組みをして指をあごに当て、考えこんだ。
「やるべき事柄に邁進する私、かっこいい!」
「あらたな挑戦は、いろいろ夢見て心がおどる!」
「作ったものはせっかくだから使ってみたい!」
色々なポーズを取りながら愉快げに言う。
「…私にはもう居場所がないし」
最後にポツリと、乾いた声。
(居場所がない…か。俺とおなじか)
押しつぶされそうになりながらもライオブレイカーは思う。
あろうことか、自分はそんな理由でこの大破壊を起こそうという敵に、共感のようなものをおぼえてしまっている。
(しかも、この子をそこに追いやったのは、俺だ)
続けてリドル博士は、ブレザーの短いスカートを片手でちょこんとつまんで見せた。
「学校でもハブられてるし?」
(それは俺ではない)
ライオブレイカーは完全に押し込まれていた。だがその時わずかに、ブロッケイドの圧力が弱まる。
『…博士、もうジャマーが持ちません…』
バスンと音がして、ブロッケイドの片手が黒煙をはいた。
「男の子が弱音をはくな!まったく。…ではちと急ごうかの」
「ポチッとな」
リドル博士はピンクのスポーツバッグに手をつっこむ。耳鳴りのような駆動音がなりだした。
「…D-オーブと呼んでいたか?貴様に内蔵されたパワーの源、宇宙的神秘である次元力結晶体を。どうしても私の知識では再現することができなんだ」
悔しげに吐き捨て、そして猫なで声をだす。
「だから貸して?ちょっとだけ」
耳鳴りの駆動音に合わせて、ライオブレイカーのディオーブエンジンが不可解な挙動をしめす。
「なんだ!?」
「この距離なら確実に共鳴を引きだせる。美しく響く音叉のようにな。貴様のD-オーブの力を利用することでこの、レクシアの次元爆弾は完成する」
「増幅された威力によって、この島国ごとえぐり取って~?」
勝ちほこった声で宣言した。
「すべてを亜空間にバラまいてやろう!貴様がわれわれにやったようにな!ライオブレイカー!」
「みなさーん!爆発しますよー!」
リドル博士は沿道に向かって身を乗り出すように大きく手をふる。
「いまからここは爆発しますよー。大丈夫ですかー?」
幾人かが手をふり返した。だれかが「がんばれよー」というのが聞こえた。
リドル博士は見落としている。
そのかばんの中のレクシアの次元爆弾が共鳴によって増幅されているのなら、それによってこちらのディオーブエンジンのパワー源、D-オーブの力も増幅されていたのだ。
もはや片手だけになったブロッケイドのスパークジャマーは、すでにD-オーブの力を抑えこむことはできていない。
パワードフォームは強力だ。フォームチェンジしてブロッケイドとリドル博士を倒すことは、いともたやすいことのように思えた。
だが、爆弾はすでに起動している。
爆発を防ぐことはできないだろう。このままではすべてが巻き込まれ破滅する。
だが、彼にはひとつだけ打てる手がある。この身を賭けてでもそれをやってみる価値はある。完全には防げなくとも、被害を小さくすることは出来るはずだ。
そうだ。まだ終わりではない。まだやれることがある。
「ライオブレイカー?ほんとこの国だいじょうぶ?…なくなっちゃうけど!」
沿道の様子にリドル博士は楽しげにはしゃぐ。
「じゃあみんな行くよー!5秒前!」
「4!」
「3!」
流石に唱和するものはいなかったが、沿道の幾人かは小声で調子を合わせていた。
「2!」
ブロッケイドは「…おさらばでございます…」と、言った。
「1!バイバイみんな!」
リドル博士は笑顔で沿道にアピールした。
「ディオーブエンジンフルドライブ!」
ライオブレイカーの絶叫に合わせて、ディオーブエンジンが金切り声をあげた。
「最大出力で次元力エネルギーを、『格納』しろ!!」
光を吸い込む光でできた、黒くまだらな光球は、爆発的な広がりで周囲すべてを飲みこもうとした。
しかしすぐに広がりは拮抗し、しばらく押し引きが続いたものの、やがて爆縮して光球は消えた。
そこには誰もいなかった。なにもなかった。
爆発の穴も、砕けたアスファルトも、そこには何もなかった。失敗した砂時計のくびれのような、ひずんだ道路がそこにあるだけだった。
沿道の人々は引きこまれる感覚によろめくものもいたが、大半は気にせずに会話や撮影を続けた。
早速ボトルネック部を強引に通ろうとする車がいる。
尾行者たちがあわただしい様子を見せている。
「…今の、ライオブレイカーでしょ?」
「しらない」
「名前はしってる」
「ヒロインの女の子可愛くない?なんて名前?」
「どこで撮影してたの?」
「すごかったねえ」
「そうだね」
サイレンの音が、遠くに聞こえた。
この事件はすぐさま動画サイト等にアップロードされ、しばらくのあいだ人々の話題を賑わした。そして話題が下火を迎えると、それが終わったコンテンツであるかのように、人々の頭からはすっかり消え去ってしまった。
ときおりそれを懐かしみ、話題に上らせるものもいたが、その多くは返ってくる答えの冷たさに口をつぐみ、いつしか話題に上らせることもやめた。
それでも今はこの場所が、去りがたいものであるかのように、人々はそのゆがんだ道路に残り続けた。
ざわめきは、まだつづく。