仮面の素顔
「いろいろ取れましたー」
リドルとブロッケイドが、いろいろなものを抱えて戻ってくる。ひしゃげたベッド、マットレス、机や椅子、工具類、軍刀、短刀、現地のハンドガン、壊れた機械、光る小石、現地貨幣、現地紙幣。現地通貨はここを脱出したときに必ず役に立つことだろう。
「デッドエンド様もベッド使います?持ってきましょうか」
「いや、必要ない。気持ちは受け取ろう」
「…なら一緒のベッド使います?」
「はは。私の図体ではベッドが壊れてしまうな」
軽口に付き合ったつもりだったが、リドルは少し残念そうに見えた。
全員で増築した階段を降りていく。
リドルはなにか不安そうな面持ちで、階段や周囲の囲いを観察している。
「…あの、デッドエンド様」
「なんだね」
「これほどの力をお持ちなのに、どうしてずっとあの一部屋に、お籠りになられていたのですか?」
来た。嘘の上塗りだとしても、ここは慎重に答えねばならない。
「…それはな、リドルよ。私は死にたくなかったからだ」
「……」
その答えに、リドルは沈黙する。
「もう戦いたくもなかった。だから私はこのダンジョンの主に収まってからというもの、ずっと暗闇の中で、息をひそめて生きてきたのだ。見つからぬようにな」
本当のことのなかに嘘を混ぜる。真実を話しつつもあえて触れないことを作って印象を変える。
(…本当に酷いものだ。戦士をやめたら詐欺師でも目指すとしよう)
自嘲気味にそう思う。
「…失望したか?リドル」
「…っ!そんなことはありえません!」
「よい。だが敵に見つかり爆撃を受けた。奴らにはこんな小さなダンジョンでも見つけ出す力があるのだ。…仕方なく反撃して墜とした」
「そこで意識をうしなった君たちが現れたのだ。…戦いの余波のようなものがダンジョンに作用したのかもしれんな」
少し言葉を切り、続けた。
「…敵の死体がなかったろう。私が吸収したのだ。魔力に変えてな。だから必要なものだけを作った」
「……」
「これ以上は敵とは言えど、死者に対して気が引けるというものだな」
うつむいたリドルは、沈黙から言葉をしぼり出す。
「…デッドエンド様は、ナイーブでいらっしゃるんですね」
その答えは、不思議とライオブレイカーのツボにはまった。自然と笑いがこぼれた。
「はは。ナイーブか!それはいい!」
「も、もうしわけありません!」
慌てふためくリドルを手で制す。
「私はな、これまでずっと戦い続けてきたのだ。それこそ殺人機械のようにな」
「だから私にそんな人間らしい面があるなどと、言うものはいなかった。それが嬉しいのだ!」
「…人間らしい…?」
おっと。浮かれて口が滑ってしまったようだ。まあいいだろう。
「リドルよ。私も半機人なのだ」
「えっ!!」
「この仮面の下には、戦いでただれた醜悪な顔が隠されているのだ。とても人に見せられたものではない、醜い顔がな」
リドルは情報が飽和しすぎて、動揺しているようだった。
「そ、そんなもの、私は気になどしません!」
「リドルよ。その醜き素顔をみれば、私を見たり思い出したりするたびに、その醜悪な様相がちらつくようになる。君はそのたびに心苦しい思いをするだろう」
「そう思うと私がやりきれないのだ」
ライオブレイカーは付け加えた。
「ナイーブなのでな」
いつしか二人は階段の下で、立ち止まっていた。ブロッケイドは荷物を抱えたまま背後で律儀に待っている。
嘘に嘘を積んで重ねるたびに、自分の体の中の何かが削れていく気がした。
これがすっかり削り取られてしまえば、人を人とも思わぬ詐術機械にでもなるのだろうか。
リドルはうつむいた顔を上げ、思いつめたような表情で、こう尋ねる。
「…ずっとずっとお聞きしたいことがあったのです」
一緒に転移したはずのライオブレイカーはどうしたのか。
なぜ一緒にいなかったのか。
…俺がライオブレイカーなのではないか。
どう答えるべきだろうか。この身の機械を組み替えながら、嘘の巨塔がそびえ立つまで、彼女を騙し続けるべきだろうか。
…まあ乗りかかった船である。物事を壊すだけの正直さで、彼女の今の居場所を奪うべきではないだろう。少なくとも周囲の状況を知り、彼女の脱出路を確保するまでは。
さて、どう答えたものか。
リドルは絞り出すように言った。
「その素敵なビーム・アームのお名前は、一体なんとおっしゃるんですか!!」
「え」
リドルは真剣だ。ライオブレイカーは混乱した。
「…デッドエンド様?」
リドルが不安そうに見上げてくる。
「いやいやいや!意外な質問だったのでな!これはだなー!」
手をかたどった連装砲を差し出して、じっと見た。
ディサイシブ・ライオブラスト・フラッシャー。通称ディストラッシャーだ。個人的には響きが良くて気に入っている名前だ。
(ディストラッシャーで行けるか?…いや、何の略かと聞かれて咄嗟に答えられる気がしない!)
ライオブレイカーは答えた。
「…腕部五連装ビーム砲だ」
「ふふ。質実剛健ですね!」
リドルは我が意を得たりと喜色満面で、胸の前で手を合わせて言う。手に持っていたものがバサバサガラガラと床に落ちた。いいの?
「やっぱりそういうのが一番素敵だと思います。レクシアにもいたんですけど、『フニャリング・フニャリター!』だの、『フンニャラハンニャー!』だの武器に変な名前をつけたがる人が多くて!アピりすぎ!」
「うぐっ」
(やめてくださいリドルさん。それは俺のナイーブな心に刺さる)
「そうですか…種族も同じ…ご趣味も同じ…くふ…きゅふふ…」
「…私、今…人生の勝利者…きゅひひ…」
リドルが小声でなにか言っている。
「…製造…培養…繁殖…どれがお好みかしら…?…やっぱ繁殖いっちゃう?これ繁殖いっちゃう?くひひ…鼻痛い…鼻の奥痛い…」
「…大丈夫かね、リドル」
「は、はい!…いつでも大丈夫です…」
リドルは赤面し、うつむいてもじもじしている。
おそらく彼女は重苦しい空気を変えるために、あえて話をそらしてくれたのだ。ライオブレイカーは内心で、リドルの心遣いに感謝した。




