龍の瞳
「猫耳少女の、奴隷だろ!!」
「…勇者殿、猫の耳がついた人間などおりません。しかもこんな時代に奴隷などと…」
「いるいる。いるって!奥地とか!探せば絶対いるって!ファンタジーなんだから!」
「……」
「とにかくそのムチムチメイドさんは連れて帰って。高尚な思索にふける、邪魔だろうがよ」
フカフカの特注ベッドに、ゴロリと横になる。
士官は顔をゆがめて少年をにらみつける。豊満な肉体を清楚なメイド服に隠した女性はオロオロと士官と少年を見くらべていた。
「…言われなきゃ動けない人ですか!国境軍はずいぶん有能ぞろいでいらっしゃる!」
寝ながら放たれた少年の言葉に士官は顔を真っ赤にして、メイド服の女性をつき押しながら部屋を出ていった。ドアがものすごい音をたてる。
少年はそれを見て、スタスタとドアに向かい鍵をかけた。
タケシ・ハザマーは勇者である。そういうことになっている。黒髪黒目の少年で、反抗的なきつい目つきをしている。一応は連合軍の制服を身につけてはいたが、ひょろりとした体格には合わずブカブカだった。
「ぁあ~」
頭を抱えてベッドの上でうつ伏せになり、落ち着かなげに身じろぎを繰り返す。
「ロンスカおっぱいメイドさん!くそくそくそっ、ツボをついてきやがって。あれ絶対ガーターベルト履いてるやつだろ!ぁあ~。ハニトラされたい~。何もかも投げ売ってハニトラされたい~」
連合の擁する四機の真のブレイバーを操るために、異世界より招かれし勇者のひとり。一番新参のタケシ・ハザマーは、四人の中では一番反抗的で一番協調性がなく、協力する意思や姿勢がまるで無かった。
それゆえ軍部内では獅子身中の虫としてあつかわれていた。だが召喚勇者は『スキル』と呼ばれる特殊能力と、ブレイバーとの親和性、燃料としての魔力を持ち合わせており、連合は彼をさまざまな方法で懐柔を試みているのだった。
「…怪しい弁士を持ち出したり、薬や魔法やアイテムで人を壊そうって奴らが、奴隷は駄目なんですってさ!笑うとこなんすかね、ほんと」
召喚されて以降、タケシは様々な悪意にさらされてきた。たくらみからただの嫌がらせまで、さまざまな悪意だ。
ただそのことを抗議したとしても、どうせはぐらかされ、せせら笑われるだけなのをタケシは知っていた。
普通の人間ならばストレスでとても自己をたもっていられない環境だ。
タケシも自身は大した人間ではないと自覚していたが、召喚され回廊空間を通った際に宿った『スキル』によって、なんとか自己をたもっている状況だった。
「…帝国が勇者ディスじゃなければ、ブレイバーですぐに亡命すんのになー。つか空中戦艦と飛行メカ相手に、人型ロボで遊んでるこの国が勝てるわけないって。ぁあ~詰んでる~」
タケシは仰向けになり、じっと天井を見る。
「…魔王倒したらテロリスト扱いされるような世界のファンタジーって、どんなファンタジーだよ。需要を考えてくださいよほんと」
「…やっぱアビスに呑まれるしかないんかねぇ。ダンジョンハック系?」
その時、部屋のドアがノックされた。
「はいってまーす!!」
「勇者殿、お話が」
副官の男の声だ。
「今立て込んでるから!後にして!」
「ダンジョンが現れたかもしれません」
タケシはガバリと起き上がった。
「キタコレ!!」
◇
「あくまで、墜落したと思われる空中巡洋艦をカメラに収めるまでが任務だ。だが任務達成よりも生存を優先しろ。機体を捨ててでも帰ってこられれば、それが何よりの情報貢献となることを忘れるな」
「は、はい!大佐!」
「…危険な任務となる…期待しているぞ、ピピン伍長」
アミール大佐はピピン伍長の肩に手をのせ、吐息のかかる距離まで顔を寄せ、柔らかな口調でささやく。歳若く見えるピピン伍長は赤面し、跳ねるように無言で空に敬礼した。
「よし、行け」
背中を叩くと、ピピン伍長は機体の方へ駆け出した。
「…手玉に取ってますな、大佐」
「嫌な役目を押し付けてすまんな、フィッシャー曹長」
強面の小柄な男が肩をすくめる。
「子飼いの奴らを犠牲にするわけじゃない。割り切りますよ。まだヤバイ案件って決まったわけじゃないでしょう」
「そうだな。頼むぞ」
出撃準備であわただしい国境軍野戦基地のハンガーに、似つかわしくない少年がフラフラと迷い込んできた。タケシ・ハザマーだ。
タケシはアミールとフィッシャー曹長の姿を見つけると、ふたりの方に寄ってきた。
「あ、いたいた。おば…大隊長の姐さん!」
(くびり殺してやろうか)
アミールに殺意がわく。
「…くびり殺しましょうか?」
フィッシャー曹長が小声でささやく。
「…良い。曹長も準備を」
フィッシャー曹長は敬礼し、踵を返した。
「大隊長の姐さん。ダンジョン、俺も連れてけよ」
タケシは気安く話しかけてくる。
アミールは思わず嘆息しそうになったが、ぐっとこらえた。
「…タケシ、お前の出番はまだだ。ダンジョンと確定したわけではない」
「偵察だってドラグブレイバーを使えばいいだろうがよ」
「…どうして急に、そこまでやる気になった?ドラグブレイバーは強力だ。そんな雑務もやる気になってくれたのなら、私も助かるがな」
タケシはチラチラと、アミールの豊満な胸部を見ているようだ。荒野のほとりは暑く、首元は扇情的に開いている。アミールはいよいよもって深く嘆息する。
「女が恋しくなったのなら、見繕ってあてがってやる程度の待遇はあるぞ。腐っても勇者なのだろう。…年上が好みなのか?」
「そそそそんなんじゃありません、そんなんじゃねえよ!!」
アミールにとって流石にタケシは若すぎた。『スキル』によっておかしな強さを見せはするが体格は貧弱で、うかつな子供にしか見えない。
ここに来る前にだいぶ悪意に晒されたようなのは気の毒ではあるが、男としては圏外である。
近所の気の毒で馬鹿な子供、程度の認識であった。
タケシはポツリと呟く。
「姐さんはうちのカーチャンに似ててさ」
「本当に失礼なやつだなおまえは!!」
おもわず声を張ったアミールに、わたわたとタケシは弁明した。
「ああ、いや姐さんほど美人じゃねえよ。ただおっかない所とかさ。雰囲気?…ヤニくせえ所とか」
アミールはそれを聞き、少し落ち着かなげに内ポケットのシガレットケースを少し触るが、なにをするでもなく手を引っ込める。
「だから変に意識しちゃうのは大目に見てほしいっつ~か?」
「親御さんは元気…」
アミールは『元気にしているのか』と続けようと思ったが、口ごもる。
彼には親の安否を確認することなど出来ないのだ。
「いいよ。それより出番くれよ!スタンバっとくからさ!!」
なにか言いたげだが口ごもってしまったアミールに手を振って、タケシはその場を離れた。
「…ほだされちゃって、まあ」
タケシは遠くから、指示出しを再開したアミール大佐をチラリと見て呟く。そこには悪意も、賢しさも、感情らしきものは何もなかった。
タケシの瞳が不気味に変化している。
黒目が縦に鋭く裂けている、爬虫類の目だ。
「うまく抜け出すんだろ?ダンジョンにありつくためにはさあ」
「行っちゃうんだなぁ~これが」
タケシは踵を返し、フラフラとその場を離れていった。




