ある転生侍女の日記(一部抜粋)③
「推定乙女ゲーム世界」シリーズ作を読んでいないと意味不明ですので、ご注意ください。
〇聖暦九八六年年始月
今年こそお嬢様にふさわしいお相手が見つかりますように。
神殿へのお布施を奮発しておいた。
〇聖暦九八六年春始月
侍女仲間から理想の結婚相手について聞かれた。
特にないと言ってもしつこく食い下がられたので、お嬢様にお仕えするのに邪魔にならない相手と答えたら、ものすごくかわいそうなものを見る目を向けられた。
〇聖暦九八六年春中月
少し早いがお嬢様への誕生祝いとして、例の保養地に新設されたという植物園完成記念式典への招待状が届けられた。
異国の珍しい植物のそろった温室があるらしく、お嬢様は大喜びしていらした。
いつもの使い走り近衛騎士に、王子も出席するのか尋ねたら、外遊で不在だという。
あやしい。
〇聖暦九八六年春終月
予想がはずれた。
式典に王子は現れなかった。
お嬢様は、王立学院に通っているという、以前婿候補として挙げていた異性のご友人と親しく会話を交わされていた。
ひょっとしたら、王子の関心が主人公に移ったのではないかと、転生者のご令嬢に聞いてみたが、二人は会話ひとつ交わしていない、接点は全くないとの返事だった。残念。
〇聖暦九八六年夏始月
帰国した王子が体調を崩して寝込んでいるという。
お嬢様が心配していらしたので、宮廷医がついているから大丈夫ですとお慰めしておいた。
転生者のご令嬢が、しばらくは体調を理由に引きこもるでしょうねと言っていたとのこと。
仮病だな。
〇聖暦九八六年夏中月
療養を名目に王子が例の保養地に滞在している。
見舞いと称して押しかけるご令嬢方は、老婦人方に追っ払われているらしい。
だが、お嬢様は老婦人のお誘いで訪れた植物園で王子と出会われた。絶対、仕組まれている!
ちょうど良かったとお嬢様は王子に、南国から取り寄せて植物園の温室に預けていた謎の薬草を誕生祝いとして贈っていた。
薬草茶にすると滋養強壮効果があるという触れ込みだ。
ちなみに味は激マズ。飲んだ感想を聞いてみたいものだ。
〇聖暦九八六年夏終月
旦那様のお使いで王宮に出向いたところ、いつもの近衛騎士に遭遇したので、薬草茶の効果のほどを聞いてみた。
王子は感涙にむせんでいたとのことだが、まずさに悶絶したのであろうと思われる。
嫌がらせに贈るには最適の品ですよね、と近衛騎士に言ってみたが、いつものごとくスルーされた。
それどころか、一部の文官たちの間では、目が覚めると好評だと伝えられた。なにやら有力貴族が失脚したらしく、その後始末に忙殺されているのだとか。
詳しく聞いてみれば、チャラ男、転生者のご令嬢の兄君が王子から話を聞いて、これはいいと大量に取り寄せたそうだ。
お兄様は人使いが荒いとご令嬢がこぼしていたのを思い出した。
〇聖暦九八六年秋中月
王子の暗殺未遂事件が神殿で発生した。
聖騎士ルートのイベントにあったというが、覚えていない。
王子には怪我ひとつないというのに、お嬢様が心を痛めておられた。
犯人は、以前、処分された貴族の残党だろうとのことだった。
〇聖暦九八六年秋中月
主人公を見舞った。
精神的ショックを受けた気配は全くなく元気だった。
聖騎士の幼馴染も来ているというので、帰り際、訓練場に寄ってみたら聖騎士たちが倒れていた。
事件かと思いきや、倒したのは指南役である聖騎士の幼馴染。木刀をもって黙々とたたきのめし、いつもの陽気さがなりを潜めていて怖かった。
訓練場周辺には、なぜか差し入れを持ったご令嬢たちが待機していらした。聖騎士の幼馴染によると、転生者のご令嬢が、聖騎士たちを狙っているご友人方にチャンスだと連絡したそうだ。
お嬢様も仲間に加わればよいのに。
〇聖暦九八六年秋終月
早々と王宮から冬祭りへの招待状が届くと同時に、内々で王子からダンスの相手をしてほしいとの申し込みがあった。
お嬢様は軽く引き受けていらしたが、この冬祭りで王子がダンスのパートナーに望むということは、婚約者候補に挙げられるということだ。
お嬢様に確かめてみたら、さすがに知っていると笑っておられた。
どうも、慣例に従って何名か指名しないといけないからだと思っていらっしゃるらしい。
奥様にも確認してみたが、問題ないとあっさりいわれてしまった。
〇聖暦九八六年冬中月
冬祭りの宴で広間の隅に控えることを許された。
お嬢様のダンスする姿は大変かわいらしかった。余計なものが近くにいなければ、なおよいのだが。
主人公がそーっと近づいてきて、聖乙女に内定したとこっそり打ち明けてくれた。
王子ルートならば、自分も王子と踊っているはず。そうなっていないということは、もはや王子ルートは有り得ないと確定している。だから、王子をにらむのは、いい加減やめるようにいわれた。
にらんでなんかいないと否定したら、広間の壁にかかる鏡の前に連れて行かれ、鏡越しに王子の姿を探すようにいわれた。
反省した。
お嬢様にご迷惑をおかけすることのないようにしなくては!
〇聖暦九八六年冬終月
お嬢様が、王子妃の最有力候補となったと旦那様と奥様から告げられた。
お嬢様は不思議そうな顔をしていらしたが、嫌がってはいらっしゃらないようだ。
決して邪魔しないようにと奥様から念押しされた。
お嬢様が幸せになるのであれば邪魔はしない。邪魔は、しない、はず……。
〇聖暦九八七年年始月
聖乙女の就任式が開かれた。
主人公は清らかな聖乙女にふさわしい微笑みを見せて挨拶に応えていたが、内心は早く終われと思っているに違いない。
お嬢様は素敵ねと目をキラキラさせて見ていらした。
聖乙女の手に握られた、一般のものより重く、強度も高くなっている聖杖が時々苛立たしげに床に打ち付けられているのには気づいていらっしゃらなかった。
〇聖暦九八七年春始月
春の大祭に主人公が招待してくれたので、お嬢様とともに参列した。
ほぼ「エンディングスチル」の通りの光景のようだと、お嬢様の近くに兄妹で立っていた転生者のご令嬢が教えてくれたが、よくわからなかった。
王子がお嬢様の姿を認めて微笑んだ途端、反射的に体が動いて視線を遮ってしまった。
お嬢様にはバレなかったが、ご令嬢からはそろそろお嬢様離れをしてはどうかといわれてしまった。
〇聖暦九八七年春終月
お嬢様の誕生日に合わせて、王子から指輪が贈られた。婚約確定だ。
お嬢様が本当に自分でよいのかしらと呟かれたので、嫌ならばいつでも逃亡の手助けをいたしますと申し出たところ、笑えない冗談はおやめなさいと奥様から扇子で頰をピタピタと叩かれた。
怖かった。
本当に怖かった。
家の外では沈着冷静なやり手と評判のはずの旦那様まで怯えていらした。しばらくは競竜場から足が遠のくことだろう。
〇聖暦九八七年春終月
お嬢様のご婚礼は一年半後。
このままお仕えしたいのは山々だが、わたしの身分では王太子妃付き侍女にはなれない。
いつお嬢様が帰ってきてもいいようにお屋敷で働き続けたいところだが、奥様付きの侍女は足りているし、弟君が奥方を迎えるのはまだ先の話だ。
次の勤め先を探し始めねば。
〇聖暦九八七年夏始月
転生者仲間がわたしをなだめる会を開いてくれた。慰める会、ではない。
婚礼が挙げられるまで、ご令嬢が責任を持って、お嬢様を敵対視する諦めの悪い令嬢たちに引導を渡してやると請け負ってくれた。
主人公は気合を入れて、この婚姻を祝福する御神託をぶんどってくると言ってくれた。神官長の補佐をして月に一度の祈祷式で御神託を請う係になったのだそうだ。
ちなみに前月、うっかり、隠しキャラは自分の感知しない範囲に存在していることもあり得るのではと祈祷式のときに考えてたら、「存在しない」との声がしたらしい。大変焦ったが、神官長のもとにきちんとした神託があったので、黙秘したそうだ。
聖騎士の幼馴染が自分にはできることが少ないから、暗殺事件の残党狩りでも手伝おうかな~と軽く言うので、気持ちだけで十分だと伝えておいた。
〇聖暦九八七年夏中月
王子の誕生祝いは、例の植物園周辺において園遊会形式で開かれた。
園遊会終了後、しばらく二人で過ごしたいという王子の要請で温室に向かわれたお嬢様のお帰りを待っていたとき、聖騎士の幼馴染が顔を出し、大漁だったとほくほく顔で転生者のご令嬢に話しているのを小耳に挟んだ。
また漁に出たのだろうかと思いきや、手伝ってもらったんだと30歳前後の細身な貴族を紹介していた。
怪魚を獲るには不向きなのではと思いながら見ていたら、ご令嬢の兄君までやって来て何やら悪そうな笑顔で話し込んでいた……漁ではなく、きな臭い何かがあったのだけはよくわかったので、距離をとっておいた。
後ほど確認してみたら、紹介していたのは幼馴染の主君たる「領主様」だった。言われてみれば、なんとなく聖騎士に似ていて、のんきそうな面構えだった。
聖騎士も怪魚の干物効果がなければ、あのくらいの優男だったのだろう。
〇聖暦九八七年秋中月
転職先がなかなか見つからない。
ゆっくり探せばよいと旦那様も奥様もおっしゃってはくださるが、そういうわけにもいかない。
実家に問い合わせもしたが、嫁に行けとの返事のみ。
まだ諦めていなかったことに驚いた。
〇聖暦九八七年秋終月
転生者のご令嬢が、お嬢様の側近くにいるための方法を二通り提示してくれた。
一つは、文官になる方法。
一つは、結婚して貴族の一員となり、王太子妃付きの侍女となる方法。
前者は職場のむさ苦しい環境をなんとしても変えたいご令嬢の兄君からの申し出。
後者はとある筋から、内々に縁組を打診されたという。ひょっとして、わたしを介して未来の王妃に誼を通じたいという腹黒い理由かと聞いてみたら、ただの物好きだと苦笑された。
物好きとは失礼……でもないか。
〇聖暦九八七年冬始月
婚礼準備のためにお嬢様と王宮に赴いた。
休憩時間中、お嬢様が王子と庭園で散策するのを少し離れて見張っていたら、いつもの近衛騎士から何故縁談を断ったのか聞かれた。
内々の話だったというのに、よく知ってるなと思いつつ、顔も知らない貴族に嫁ぐのはさすがにはばかられると答えたら、顔は知っているだろうといわれた。
縁談相手は近衛騎士だった。名前覚えていなかった。
高位貴族の出だが三男。結婚後も存分に働いていい。むしろ王太子妃の侍女として十二分に働いてほしい。後継ぎはいなくても問題ないが、子どもが生まれたら、お嬢様がお産みになるであろう御子の乳母にもなれると説明されて再考を促され、お嬢様に仕え続けられるのならば!とつい了承してしまったが……よかったのだろうか?
〇聖暦九八七年冬終月
お嬢様の婚礼準備に追われているうちに、なぜか自分の縁談があっさりまとまり、いつの間にか結婚の日取りまで決まっていた。
春中月に神殿でシンプルに身内のみで挙式、そのまま先に王宮入りーー敷地内に近衛騎士に割り当てられた居住区画があるらしい。そして、お嬢様を迎え入れるための準備に加わる、と。
忙しくなりそうだ。
〇聖暦九八八年年始月
両親とともに近衛騎士の実家を訪ねた。
実に立派な屋敷で驚いた。
結婚を反対されているのではと思ったが、義理の母となる方には、よくぞこんな仕事馬鹿と結婚を決意してくれたと大歓迎された。おまけにうちの娘も仕事一筋でと愚痴る母と意気投合。瞬く間に打ち解け合っていた。
父は父で、亡父の後を継いで若くして当主になったという、近衛騎士の長兄とすかさず商売の話で盛り上がり。
兄嫁は挨拶もそこそこに脱走した息子達を追っかけて姿を消した。乳母任せにしない姿勢が大変好感を持てた。
外交官の次兄は夫婦で海外に赴任中。弟その一は王都警護の騎士、弟その二は学生。まさかの五人兄弟。むさ苦しい。
ぜひ年頃の女性を紹介してほしいと弟二人からいわれたので、転生者のご令嬢と主人公の名を挙げたところ、大物過ぎるので凡人に見合う令嬢を紹介してくださいとお願いされた。
聖乙女な主人公はともかく、ご令嬢はそんなに有名なのかと聞いてみたら、二人とも一部で王子の相談役として有名らしい。ご令嬢に至っては懐刀とまで呼ばれているとか。
……相談は相談でも、恋愛相談だと思うのだが。箝口令が敷かれていたのかもしれない。
〇聖暦九八八年春始月
王宮へ打ち合わせに出向いた際、近衛騎士に本当に自分と結婚していいのか確認してみた。
王子にげんこつを落とした時から知っているから大丈夫だといわれた。
なにより、表情に乏しく威圧感があり、若いご令嬢方に怖がられる自分を前に、臆するどころか、無礼極まりない台詞を平然と口にできる胆力を見込んだと。
喧嘩を売られたような気がするのだが、気のせいだろうか?
〇聖暦九八八年春中月
お嬢様の誕生祝いに、未来の王太子妃と誼を通じたい人々から山ほど届けられた贈り物をせっせとさばいていたら、自分の結婚の支度をしろと奥様や侍女仲間から追い払われた。
特にすることはないと答えたら、実家に帰っていた姉君に引っ張られて買い物に連れて行かれ、結婚祝いだとさまざまな品物を買っていただいた。
笑顔が怖くて断れなかった。
奥様にそっくりだった。
〇聖暦九八八年春中月
結婚した。
しばらく離れ離れになることが寂しいとおっしゃるお嬢様の言葉に涙がこぼれたが、一時帰国してぎりぎり式に間に合った義理の次兄の顔を見たら涙が引っ込んだ。
美人神官だった。神官じゃないけど。
主人公が式を執り行う神官の補佐するのをいいことに、柱の陰にある神官の控え席に入り込んでいた転生者仲間二人がニヤニヤしていた。
式後につかまえて、なぜ知っていたのか問い詰めたところ、「エンディング」後に身元をつきとめていたらしい。
うっかり義姉上と呼びかけないよう、注意せねば。
〇聖暦九八八年夏始月
行儀見習いで侍女をしているご令嬢方とやり合った。
戦力にならないのは致し方ないが邪魔はしないでほしい。
見計らったかのように、転生者のご令嬢から差し入れとして令嬢方に関する調書が届いた。有り難い。
〇聖暦九八八年夏中月
近衛騎士の訓練場に、聖騎士の幼馴染が聖騎士一団を引き連れて現れたという。
交流を兼ねた合同訓練という名のしごきが行われたらしく、近衛騎士も聖騎士もまとめてボコボコにされたそうだ。
親睦は深まり、定期的に合同訓練が行われることになったと珍しく夫が遠い目をしていた。
おそらくは互いに慰め合ったに違いない、あれは規格外だと。
〇聖暦九八八年夏終月
聖騎士の幼馴染と神殿で顔を合わせた際に、なぜ合同訓練することになったのか聞いてみた。
結婚祝いだと、いい笑顔で答えられた。
お嬢様の身の安全を確保すべく近衛騎士を鍛えることにしたらしい。
頼もしいが、本来の領主様の護衛業務は大丈夫なのか確認したところ、弟達を使えるようにしておいたから大丈夫と力強い返事が返ってきた。
なんとなく、彼女の故郷がある方角に手を合わせてしまった。
〇聖暦九八八年秋始月
夏の終わり頃から次から次へと役立たずな行儀見習いの令嬢たちが宮廷を去っている。
急に縁談がまとまったという話だったが、流石に変ではなかろうかと夫に尋ねてみたら、王妃様が手を回しているとのことだった。
さらに、転生者のご令嬢が婚礼直後から王太子妃付き侍女として一時的に出仕することになったと聞かされた。
王妃様が早くから手を回して強制徴用、いや、お願いしていたそうだ……。
〇聖暦九八八年秋中月
お嬢様の結婚式が挙行された。
花嫁姿のお嬢様は大変お可愛らしく、お幸せそうだった。
主人公は神々からの祝福の宣託を大量にぶんどってきてくれていて、神官長もほくほく顔で式を行っていた。
感極まって泣いていたら、徹夜でお嬢様のお部屋の仕上げをしていたせいか、具合が悪くなってしまった。
お嬢様に心配をおかけしてしまって申し訳なかった。
〇聖暦九八八年秋中月
悪阻だった。
大切な時期だというのにお嬢様の世話役から外されてしまったが、話し相手としてお側にいられるよう、取り計らっていただいた。
ゆっくり話ができて嬉しいと喜ばれるお嬢様にまた涙してしまった。
不甲斐ないわたしと反対に、転生者のご令嬢は古参の侍女ですら感心する働きぶりを見せてくれるのが大変頼もしい。
年内に終わらせる、と何やら宣言していらしたのだが、なんのことだったのか。
〇聖暦九八八年秋終月
滋養強壮効果もあるからと、聖騎士の幼馴染が怪魚の干物を届けに来た。スープの出汁にするのがおすすめだそうだ。
仮面夫婦じゃなかったんだなとしみじみ言われた。
〇聖暦九八八年冬中月
冬祭りでは、お嬢様が立派な王太子妃ぶりを見せてくださった。
そして気がつけば、お嬢様の周囲、側仕えの侍女たちは、かつての手芸教室仲間でほぼ埋められていた。
既婚者もいれば、まだ婚約段階の方もいるが、みなさん、それなりに有力あるいは有望な家と縁組がまとまっているらしい。
転生者のご令嬢は、王妃様の布石は完璧だったと遠い目をしていらした。
〇聖暦九八八年冬終月
転生者のご令嬢が、王太子妃の侍女となったご友人方への引き継ぎを念入りにしているなぁと思っていたら、年内限りで侍女を辞めることをまさに年の終わりの日に聞かされた。
しばらく消息を絶つけれど心配しないでと妙に晴れやかな顔でいわれた。
そして、王妃様は転生者だったと衝撃の告白をして去っていかれた。
そのうち、お礼をいわれるかもといわれたが、怖いんですけど?!
報復という意味でのお礼参りというものではないことを祈る。
〇聖暦九八九年年始月
新年早々、チャラ男、じゃない、転生者のご令嬢の兄君からお嬢様へ面会の申し込みがあったと思えば、妹の行き先を知らないかという問い合わせだった。
お嬢様は、しばらく旅に出るとしか聞いていないと答えていらっしゃった。
わたし達侍女にも尋ねられたが、誰も詳しく知らず、しかし、安否の心配はしてなかった。これも信用というものか。
オニイサマは妹さんをこき使い過ぎたんじゃないでしょうか?
〇聖暦九八九年年始月
神殿詣でのついでに主人公へご令嬢の行方を知っているか聞いてみた。
兄の手の及ばぬところでのんびりするとしか聞いていないということだ。
保養地の館を自由に使ってくれといわれたそうで、そのうち遊びに行こうと誘われた。
王妃様もお忍びで温泉に浸かりに行きたがっていらっしゃるそうだ……。
〇聖暦九八九年春始月
春の大祭の直後、お嬢様が体調を崩された。
もしやと思ったが、御懐妊ではなかった。冬祭りから行事続きで疲れがたまっていらしたのだろう、おいたわしい。
それにしても、お嬢様の御子……。
お生まれになったらどんなにかわいらしいことだろうと熱弁をふるっていたら、うっかり力んで早産しそうだからやめてくれと夫に真顔で止められた。
〇聖暦九八九年春中月
息子が生まれた。
将来は侍従か近衛騎士か。
侍従であっても武術は身につけさせたいところだ。干物はどのくらい与えればよいのだろう。
それにしても眠い。
〇聖暦九八九年春中月
転生者仲間三人が出産祝いに顔を出して怪魚の干物やらなんやら置いて去っていった。
転生者のご令嬢は兄君の使う密偵が入り込めない場所にいるという。もし居場所がバレても王妃様の協力も得ているので、なんとかなるそうだ。
聖騎士の幼馴染は、ご令嬢の兄君の護衛にスカウトされたらしい。兄君は一番むさ苦しい連中の多い護衛に女性が加われば劇的に環境が改善されると熱弁をふるったそうだ。聖騎士の幼馴染は初めて女扱いされたと喜んでいた。不憫……。
領主様より恨みはたくさん買っていそうだから退屈しないかもなぁと受けるつもりでいるようだ。
ご令嬢はこの件については沈黙を保っていた……なにかあるのだろうか。
主人公は神殿でばりばり働いているらしい。王国史上初の女神官長でも目指してみようかなと冗談で言っていたが、本当になりかねない。
聖乙女選定をいっそ信者の投票方式にと言い出したが、素直に神託を請えばいいのではなかろうか。だが、聞けば、すでに「好きにすればいいよ〜」との神託があったという……。軽い。
〇聖暦九八九年春終月
ご令嬢抜きで転生者仲間と湯治計画を練っていたら王妃様に急襲された。
「ラスボス降臨だ!」と聖騎士の幼馴染が笑っていた。いい度胸である。
王妃様は気にも留めず、「うちの腹黒俺様にバレないようにわたしも湯治に行きたいから協力してね!」と言い置いて素早く去って行かれた。
国王陛下は腹黒だろうとは薄々感じていたが、俺様だとは知らなかった。うまく隠していらっしゃる。
ひょっとして王子も隠しているだけかっ?
確かめに行こうとしたら、主人公が鼻で笑って止めた。
間違いなくあれはヘタレだから大丈夫と。
その表情に、夫が不敬罪というものを知っているかとわたしに問うた気持ちがようやくわかった。
〇聖暦九八九年夏中月
赤ちゃんの世話をしてみたいというお嬢様と二人で息子の世話をしつつ赤ん坊用の服を縫う日々。
お嬢様は自作の服を見て、自分の子どもが生まれても王族にこんなものを着せられないといわれそうだと哀しそうにしていらしたが、「表に出さなければいいだけのことよ! どうせ一番上には王家歴代の豪勢なおくるみを被せられるんだから!」と王妃様がざっくりおっしゃってくださった。
王妃様が時折、訪ねてくださっては、いろいろと心構えを教えてくださるのは大変心強いのだが。
ぶっちゃけ過ぎではないのか。
手芸教室でもこのようなものだったとの侍女仲間の証言があり、あれは思想教育の場でもあったのかと感心した。
転生者のご令嬢が王妃様の布石は完璧だったというはずである。
〇聖暦九八九年秋始月
聖騎士の幼馴染は都合が悪くなったというので、息子を連れて主人公と保養地に湯治へ出かけたら、なぜか王妃様と転生者のご令嬢がいた。
幼馴染には猫の鈴になってもらった、と。
どういうことか。
〇聖暦九八九年秋始月
滞在四日目。
起床したら、王妃様とご令嬢の姿がなかった。
昼前に国王陛下とオニイサマの突撃訪問があった……。
主人公がオニイサマへ、そっと書状を差し出していた。ご令嬢から預かっていたという。
聖騎士の幼馴染が、読みながら顔をひきつらせるオニイサマの背後でにやにや笑っていた。
猫の鈴……。接近を知らせるだけでなく、いざとなれば物理的に止められる鈴。
最強だ。
国王陛下もオニイサマもお疲れのご様子だったので、湯治をお勧めしてみたが断られた。
それにしても国王陛下がお忍びで動かれるとは。王妃様、何をしたのだろう。
「腹黒俺様を出し抜きたい!」と叫んではいらしたが。
〇聖暦九八九年秋中月
お嬢様が御懐妊された!
どこからともなく現れた転生者のご令嬢が、お祝いを述べた後、しばし王妃様と密談して去って行かれた。
ご令嬢が家庭菜園でつくったという豆と、怪魚の干物を食べやすく加工したという試作品を土産に置いて行かれた。
……健康食品づくりにでもはまっているのだろうか。
〇聖暦九八九年秋終月
出産の無事と健やかな誕生を祈る祈祷式が執り行なわれた。
祈祷中、主人公が何やらすごい顔をしたので、後から聞いたところ「逆ハーとやらをつくらせてみる?」と神々の相談する声が聞こえたので、ふざけんなと盛大に文句をつけていたらしい。
ちなみに、主人公は「姫君がお生まれるなるようです」とだけ、口にしていた。
それにしても、逆ハーとは……神封じの研究を始めよう。
〇聖暦九八九年冬中月
実は密かに続いている子ども冬祭り。
王妃様に真意をうかがったら、才能の早期発掘と断言された。
もう少し育ったら、うちの息子も送り込んでもいいか聞いたら、快諾してくださった。
お嬢様のお嬢様のためにも人脈づくりを頑張ってもらわねば!
〇聖暦九八九年冬終月
未来の宰相といわれる青年貴族が襲撃されたという。そこに聖騎士の幼馴染含む護衛兵を引き連れたオニイサマがたまたま居合わせて賊を残らずとらえたそうだ。
そう報告する青年貴族に向かって宮廷の風通しがよくなったなと笑う国王夫妻に、苦笑する王子、青年貴族の背後で顔色の悪い護衛たちを心配するお嬢様。
お嬢様の清らかさが際立つ場面だった。
ちなみに護衛たちの多くは襲撃で怪我したわけではなく、特訓を受けさせられただけである。
聖騎士の幼馴染は、褒賞として騎士位を授けられるそうだ。
「やっぱ年の暮れといったら、大掃除だよな!スッキリするよな!」と、さわやかな笑顔で言い切る人物を騎士にしてよいものなのか。
「わが国の未来は安泰ね!」と王妃様は高笑いされていた。
……概ね、安泰かもしれない。
気の向くままに続けたおはなしに、おつきあいいただきありがとうございました〜。
だらだら続けようと思えばどこまでも続きそうだったので、この辺で失礼いたします。
その後の設定は下記の通り。興味のある方はどうぞ〜。
①侍女
夫婦揃って難ありだが忠義者と評判に。五人の子どもを生んで侍女・侍従(たまに騎士)に育て上げ、お嬢様並びその子どもたちに仕えさせた。
残念ながら神封じはできなかったが、逆ハーは発生しなかった模様。
息子の一人が王女と恋仲になったときには「お嬢様のお嬢様に手を出すとは何たる不届き者!」とぶん殴ったという話が子孫に伝わっている。ちなみに、この家系は優秀だが残念な家系と呼ばれる。
②護衛兵
騎士位を授与された後も護衛兵業務を続け、喜々として荒事を担当。
近衛騎士に取立てようかと王妃から声がかかったが、思い切り暴れられる機会が減ると断ったらしい。その代わり王妃の要請を受けて何年かおきに近衛騎士をしごいては、役立たずの排除に貢献した。
存命中に戦争が起きていれば、多分、将軍とかにのし上がったはず。
「うちの血筋に足りないのは賢さと顔だな!」とオニイサマを押し倒したかもしれない……。
③令嬢
護衛兵の故郷にて、のんきに(もっぱら怪魚の)加工品づくりを楽しむうちに、護衛兵の一族を餌付けしていたため(試食させてただけ)、手下が増えた。
いつの間にか外堀が埋められていて、気がついたときには領主夫人の座に。護衛兵とともに一族を調教していたら、いつの間にかやや脳筋な諜報部隊もできてしまい、王家に貸し出した。
後世、国家諜報機関の母などと呼ばれたが、実際に動かしたのは、もっぱら兄と夫と思われる。風評被害?
④主人公
神々の声をばんばん受信するため、神々の寵愛を受けていると評判になり、神官位うなぎのぼり。
結婚を機に還俗しようとしたが、神官長に泣いてすがられて諦めた。
政教分離を提唱した、初の女性神官長として歴史に名を残す。実のところは単に聖乙女の最終選考を一般信徒の投票制に定めただけで、政教分離など小難しいことは考えていなかった。
⑤王妃
可憐な容姿に一目惚れされ、中身のたくましさに惚れこまれたことに気づかぬまま、素直になれない俺様国王を振り回し、振り回されながら、国政改革の一端を担う。
彼女のもとで開放的な宮廷文化が花開いたとされる。温泉好きとして有名で、温泉保養地の発展に寄与した。夫の退位後は、夫婦であちこち旅行に出かけた。夫婦の相互理解が進んだらしい。
おまけ・神様たち
たくさんいる神々のなかで、遊び好きな5柱が「乙女ゲーム世界に転生」という設定を実現させ、一柱につき一人選んで転生させてみた。
フラグの精霊なるものも生み出したが、転生者たちによってほぼ駆逐された。
次は何をしようかと主人公に相談し、自分たちの死後であればとの条件のもとで案を出してもらったようだ。