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審判員の孤独  作者: ミミヨシ
1/1

待望のワールドカップ

ピー。

ワールドカップ決勝、ブラジル対フランスの試合が始まった。

この日主審を務めるのは日本人の佐藤浩平だ。

年は45歳。

国際審判員になって10年以上のベテランだ。

試合は白熱した展開を見せる。

まずは前半34分、ブラジルのカルロス選手がフリーキックから先制。

そのまま前半は終了。

ここまでの試合裁きは完璧だった。

選手たちは熱くはなっているが、なんとか落ち着かせてぶつかり合わないようにしている。

ハーフタイム。一旦選手が引き揚げロッカーへ。

審判たちも少し休憩に入る。

この日の気温は35度を上回っていた。

審判もグラウンドを走り回るため、水分補給をこまめにしないと倒れてしまう。

裏の審判控室で佐藤は水を飲んでいた。

コロンビア人の副審が「佐藤、今日のゲーム裁きは順調だな。この調子でいこう」と肩をたたいて言った。

佐藤は親指を立てた。


後半が始まった。

フランスは攻めるがなかなか得点にはならず、アディッショナルタイム3分の表示。

フランスのカウンター、ブラジルのペナルティーエリア内でFWが倒された。

佐藤はペナルティースポットを指さしPKの判断。

ブラジル選手が佐藤のところに詰め寄り、抗議した。

「足は当たってないだろ!お前の目は節穴か!」

「猿にサッカーがわかるわけないだろ!?」

「このオカマ野郎!ファック!」

ブラジル選手が汚い言葉を投げかける。

両チームの選手が小競り合いを起こし始めた。

その中でブラジルの選手が肘でフランス選手の顎を打って倒した。

佐藤はその瞬間を間近で見ていた。

ブラジル選手にイエローカードを出した。この選手は2枚目のイエローで退場になった。

ブラジルサポーターからブーイング。

会場は騒然となった。

PKはフランスのロパンが決め、同点となり後半終了。


延長戦へ突入。

フランスが攻める。

ブラジルも攻める。

フランスのコーナーキック。ブラジル選手がクリアしたボールが審判に当たり、フランス選手の足元へ来た。

すかさずロングシュートをし、ゴール右隅に決まった。

ブラジルサポーターからの激しいブーイング。

佐藤はやってしまったと思った。このままフランスが勝ってしまうとこのゲーム自体が台無しになってしまう。いっその事ブラジルにもPKを与えてしまおうかとも思ったが、思いとどまった。平静を装ってはいるが、精神はめちゃくちゃだった。

その1点が決勝点となり、フランスが勝利した。

ブラジルサポーターからのブーイングは試合が終わった後もしばらく続いた。

空き缶やゴミがグラウンドに投げ込まれた。

ブラジルのテレビ中継では、コメンテーターが「これでPKなら金をもらってるとしか思えないし、延長のゴールのアシスト選手はあの審判だ」と激しく批難した。


佐藤は大会が行われていたスペインから帰国した。

家に帰ると妻と子供が出迎えた。

「パパ、お疲れ様」息子が抱き着いてきた。

「ああ」佐藤は息子の幸喜の頭をなでて自室へとこもった。

10年以上やめていたタバコに火をつけ、棚からウイスキーを取り出しそのまま飲んだ。

(こんな失敗初めてだ。もう審判やめようか……)

立ち上った煙を見ながら自責の念でいっぱいになった。

世界中の新聞が佐藤を非難していた。

コンコン。

ノックが鳴り妻がドアを開けた。「タバコ、吸ったんだ」

「ああ」

「やめないでね、審判員。幸喜の自慢のパパなんだから」

考えてる事がバレバレだった。

「ワールドカップの審判なんてなかなか務められるものじゃないわ。負けないで!」

「今までで一番の晴れ舞台で一番最悪な失敗をしてしまった。ワールドカップをこんな形で終わらせてしまって自信がなくなったよ」

「幸喜、試合見ながら泣いてたよ。パパが批難されてるって。でも最後までやり抜いたあなたを最後は拍手してたわ」

「うん」

涙が出た。

その日ウイスキーのボトルは空になった。


「行ってきます」

今日はJリーグの試合の主審を務める。

後悔しないために。

自分のためにも家族のためにも今日も走り回る。



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