ヘブンズドラッグ
ヘブンズドラッグ《天国へ行く薬》
死にたい、て思うほど辛いことは誰しも経験してしまうものだ。そして死の一歩手前まで自分に傷を付け、血を見て生きた心地を味わうために自傷行為をする人が世の中には沢山いる。特に気持ちが大きく揺らぐ中学生、世間に理不尽を感じる社会人、信じられるものが何もない人、誰にでもあることだった。
ここはとある中学校の屋上、そこで1人の少女が小さな箱からカプセルを取り出し、水と一緒に飲み干す。
「うぅっ……うぅ」
少女は身体を痙攣させながら、その場で白目を向いて倒れ込む。よだれを流しながら息は止まり、死んでしまった。
そこに1人の男子が屋上にやって来ると、少女の頭に飲み水の残りを頭にかけた。
すると少女は目を覚まして、大きく咳き込んだ。
「けほっけほっ……おえっっっ!」
「またか……アスカ。こんなことばっかしやがって……」
彼の名前はトウマ、少女と同じクラスの男子、特に部活などはしていない。彼はいつも少女、アスカのことを気にかけていた。というのも、最近学生の一部で流行っているあるものをアスカも使っていたからだ。
「ヘブンズドラッグ……もう飲むなよ」
ヘブンズドラッグーー死と同じ感覚を味わうことが出来る薬、市販のものから裏ルートのものまで販売されている。合法的なリストカットみたいなものだった。
「だったら何でいつも飲むのを見届けているの?どうせ……いつも扉の前で見てるのでしょう?」
「他に変わるものが思い当たらないからだ」
「じゃあ私が死んでもいいんだ……トウマ君も皆と同じね」
「そうかもな。俺が出来るのはお前を起こすことぐらいだしな」
「……偽善者」
「そうだよ。偽善者で結構。ただお前が本当に死んだら俺も死んでやるよ」
「なんであんたまで死ぬ必要があるの?」
「……」
好きだからーーなんて言えるはずもなく、トウマは黙り込んだ。その姿に呆れ、アスカは直ぐに立ち上がり屋上を出た。
その日は夕日が綺麗でトウマはその夕日を眺めた。真っ赤に映える夕日は徐々に沈んでいく。まるで人の寿命のように見えた。瞳に映る夕日は最後、光を残すことなく暗黒となる。アスカもいつか、そうなってしまうような気がしてなからなかった。だから彼は、また明日もアスカを干渉してしまうのだった。
彼女にとって生きている時間そのものが無駄であり、死んでいる時間を大事にしている。死ぬことが合法となることで本当に死ぬ人は減り、薬は自殺予防のためのものだ。現に死ぬ疑似体験で自殺を辞めた人もいる。だが彼女のように死ぬことを快楽と勘違いする人もいる。トウマはそんな彼女を見ていることしか出来なかった。他にしてやれることが見つからない。だから見守るしかない。そして誰も彼女に近寄らないのだ。
放課後、彼女が帰ろうと席を立つと、他のクラスメイト3人が彼女の前に現れた。
トウマはそれを遠くの席から見守った。
「アスカさぁ、ヘブンズドラッグ……やってるらしいじゃん?そんなに死にたいの?」
「だったら、死ぬ前に俺らと遊ばない?」
「大丈夫だから、ほんの少しだけ付き合えよ」
たぶん援交的な誘いで間違えなかった。前にもトウマはその一部を見たことがあったが、その時は未遂で済んだ。丁度警察がホテルに入ろうとした彼女を見たのだった。しかし、彼女はそれ以降知らない男もヤッてはないはずだった。トウマは常に監視しているから分かった。彼女は1つの気の迷いでヤッてしまうくらい安易な人間であることを。そして逆に言えば、彼女はそれを止めて欲しいのだということも分かっていた。だから今回、彼女が吐いた言葉はーー
「ごめん、用事あるから」
と、そっとその場を通り過ぎようした。しかし、そんなこと、彼らは許すはずもなかった。肩を掴まれ、3人が彼女を囲む。
「どうせいいだろヤられたって!死にたいんだろ?」
「……」
黙るアスカ。それを見兼ねたトウマが動いた。
「ちょっと……いいかな?」
「あ?」
「……これ」
小さい紙に書いたメモを渡した。そこには、びっしりと匿名の女性らしいリストが書かれていた。トウマは静かに答えた。
「ここになら、お前らの求めているやつはいる」
「……報酬は?」
「アスカを狙わなきゃ、それでいい」
「ふーん……こんなやつの何処がいいのだかな。死んだ魚の目しやがって……」
「とにかく、そういう訳では頼むよ」
「……行くぞ」
3人は去った。そしてアスカはトウマのことを睨みつけた。
「礼は言わない」
「あぁ、構わん」
「っ!!!」
突然にビンタをされたトウマ、微動だにせずアスカの顔を見た。だが、その後連続に何回もビンタをし、次第に拳はグーとなり、鼻から血が出てるがトウマは倒れることなく彼女を睨むのだった。
「あ!あぁ!あああ!!あぁあん!あぁ!」
段々に手が痺れ、息を切らしながらトウマを殴ると、アスカは殴るのをやめた。やめた後に拳を見ると、ビッチリと血が付いている。トウマは痛みに耐えながら、何も言わずにアスカの前から去ろうとしていた。
「やり返せよ!」
ガラガラの声でアスカが叫んだ。
泣きそうな顔付きでトウマを睨んでいた。
「……嫌だね」
「やらなきゃこの場で死ぬぞ!死んでやる!それかお前を殺してやるぅ!」
その言葉にトウマは振り向き、冷たく彼女に告げた。
「勝手にしろ」
淡々とした答えだった。
トウマは教室を去ると、アスカは誰もいない教室で、拳に着いた血を舐め回した。
「トウマの血……トウマ……トウマ……殺してやる。ウケケケケ!イヒヒヒッ!」
鉄の味と跳び染まる血が服に着く。そんなこと気にもせず舐め回すアスカ、自分のとは違う味のする液体に歓喜し、全部飲み干してからその場を離れた。
アスカの脳にあるのは薬のことだけだ。そしていつも付き纏うトウマのことだけである。
ここで2人の出会いについて話すと、中学1年の冬のことである。ある日の放課後、トウマはアスカに呼び出され、屋上へとやって来た。すると、アスカは仰向けに倒れていた。
「アスカ……!」
急ぎ足で駆け寄るトウマ、アスカはゆっくりと顔を向けると、ボソボソと小さい声でトウマに何かを話していた。
聞こえないトウマが顔を近づけ、耳を傾けるとーー
「ごめんね……ごめんね……ごめん、ね!」
言葉が脳に伝達した瞬間だった。首を腕で押さえつけられ、アスカが殺しにやってきた。そしてポケットの財布を抜き取り、地面に投げた。
「用件って……金か!」
「薬欲しいの!トウマ、あんた……裏で荒稼ぎしてるんでしょ?綺麗な顔して……汚い野郎だなぁ」
「汚いのはどっちだ!くそぉ!」
トウマはヘブンズドラッグで堕ちた人間のケアマネージャーをしている。表上は。
実際は堕ちた人間を性奴隷や水商売の娘としての売買、更に闇金融の経営をしてる。
そんなトウマを知るアスカは自分の持っている注射器を取り出し、中に薬を入れた。
「(この臭いは……こいつ、ヘブンズドラッグなんか持ってるのか!?)」
「死ね……!……うっ!」
注射器を刺す手前、突然倒れ込む。
当然の吐き気、目眩、焦点の合わない目先、手で口を抑えながらえずき、頭皮から汗が滝のように流れていた。
「うぅ!うー!」
「さてはお前、薬のチャンポンしただろ?その異常の汗を見れば分かる……じゃあな」
トウマが去ろうとすると、身体を引きずりながらアスカは足を掴んだ。
「ま、待ってぇ……お願い……お金だけ……置いてって……」
「……ウチで働くなら何万でも出すぞ?お前、まだ綺麗な顔してるしな」
「…………お金ぇ。金くれぇ…………薬が切れそうなの……はぁ……はぁ……」
「救えないな」
トウマはその場を去った。同時にアスカは余計に薬を打つ回数が増えた。徐々に悪化する彼女の薬品中毒、死ぬことへの快楽。人は死ぬ手前、天に登る快楽を得るというが、その擬似体験にアスカは縛られていた。他にすがるものがないのだろう。トウマはそんな彼女のことが、気になっていた。
だからこそ、今夜には決着をつなきゃいけなかった。
時は戻り再びーートウマはーー
「な、なんだお前……!」
先程アスカに絡んだ3人の前に現れると、トウマは無造作に殴りつけた。殴って……殴って……歯は折れ、鼻の骨は折れ、逃げようとするやつの髪は掴んでは何度も殴り殺した。
「……金を出せ」
「は、はひぃ……!!」
3人から全額巻き上げると、その金を持ったまま街角のバーへと入る。バーは営業開店前の時間、トウマは準備しているママに巻き上げた数万円の札束を見せた。
「……またなの?トウマちゃん……」
「あぁ、すまんな。あるだけ全部くれ」
ヘブンズドラッグーー特に裏ルートで手に入る効き目が市販のとは違う本物の違法薬品だった。基本的に買うとなれば裏を通じる存在、中間者は必須だった。このバーのママは麻薬の売買をする玄人の1人でもあった。
出された薬を手にし、トウマは前にも買った同じものの袋に入れた。
「これで100錠と100本の注射器……これでいい。ようやく揃った」
「そんなに集めてどうするのよ。あんたが使うわけでも、広場の野良に好きな子がいる訳でもないんでしょ?」
「……ある奴と、勝負をする。これはあくまで見せつけ。区切りのある数字のが盛り上がるしな」
「勝負って……ちょっと!」
トウマは直ぐに店を去った。
大量の薬品を抱えたまま、直ぐにアスカに電話をかけた。勝負の舞台は2人の始まりの地、学校の屋上、ここなら邪魔者もいない。
トウマ煙草を吹かしながら、アスカがやって来るのを待った。
「……トウマ」
待ち続けて1時間半、アスカはやって来た。
いつになく、蔑むような目と放心状態とまではいないが、開いた口を閉ざさぬまま、トウマに歩み寄る。
「来たなアスカ。俺と勝負しろ」
「……何を賭けるの?」
「俺がかき集めたドラック100個セットを掛けて勝負だ」
「……私が負けたら?」
「お前が負けたら、俺の奴隷になれ。勿論学校にも来れないし家に帰れない。薬も飲めないし打てない。毎日俺の言うことを聞いてもらうぞ」
「ふーん……まぁ私としてはラッキーチャンス。勝っても負けても、学校に来る理由がなくなる勝負ってことね」
「……どうゆうことだ?」
「学校に来ている理由は……現金だからよ。非性行為の水商売。つまりは下着、唾液の売買。写真、露出、髪の毛、匂い……貴方の知らないところで私は稼いでいるのよ」
アスカが薬を買い続けられている理由の1つだった。思春期ならではの、フェチを売る、ということであった。求めている人間が学校にいることに、トウマは少し悪寒がした。
「(たぶん生徒だけじゃないはず。教師もこの件に絡んでいる、と考えていいだろうな。とはいえ、俺も人様に言えた商売じゃないが……モラルを捨ててまで金が欲しいという訳か)」
「ま、勝負は受けるわ。勝つのは私だものね……それで、勝負の内容は?」
「ヘル・リライフというゲームだ」
いわゆる、人生ゲームと同じルールの生死を賭けたゲーム。互いにサイコロを振り、用意されたボードのマスを好きな方向に動いてもらう。それを始める上でトウマがある薬を差し出した。
「……これは?」
「飲めば分かる。擬似体験を起こす薬だ」
「……」
アスカは黙って薬を貰うと、直ぐに飲み込んだ。それを追うようにトウマも薬を飲んだ。
すると、2人の光景は一変する。
「ここは?」
「牢屋の中だ。ここでサイコロを振ればゲームは進む。そう仕組んだ薬だしな。ゴールにそれを解除する薬とヘブンズドラッグがある。先に着いた者が勝ちって訳だ」
「ゲーミングドラッグって、やつね」
ゲーミングドラッグとは、VR機器のように脳をゲームしているように錯覚させる薬である。
「分かっていると思うが、これから起こることに、当然降りることも、文句は言わせないからな」
「もちろんよ。そして当然、参加している私から降らせて貰うわ」
「いいぜ」
先制アスカは牢屋に落ちているサイコロを拾い、静かに振り下ろす。サイコロは静かに回転するーー
数字は4
『ナイフで血を200cc取る』
「!!!(な、なによこれ……なんなの……ゲーミングドラッグて、痛みを消すのかしら?)」
狂気の内容、疑心暗鬼するアスカ。突然現れたナイフをアスカは拾い、目線をトウマに向けるが反応しない。恐らくこちらの様子が見えていないのだ。
アスカは半信半疑になりつつ、ナイフを勢い良く刺した。
「あぁあああ!痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッッ!」
刺した痛みが腕から脳へ、全身が痙攣を起こす。痛みに耐えられず片腕で抑える。
当然、いや本人からすれば遺憾である。刺した先から出た血の量は僅かな量、200ccを満たしていなかった。
『80cc足りません。あと7秒……5、4、3……』
「えっ?えっ!?……くっ!」
ナレーションに急かされ迫るカウントダウン、傷をナイフで再びえぐり取り、血を多量に流すと、カウントダウンが止まった。
「はぁ……はぁ……」
だがその後、傷が癒えることはないままゲームが進行しようとしていた。
狂気の沙汰……アスカは動転するばかり。
「(ゲームじゃないの……こんなのがこれから何回も起こるっての?でもトウマも同じはず……)」
ゲームは交代に行う。トウマのターン、サイコロを降る。
数字は5
左右にトウマがマスの上を進む。
『ナイフを3本身体に刺す』
「……」
トウマは黙ったまま落ちているナイフを左腕に3本差し込んだ。
走る痛みにやせ我慢なのか、表情にそれほどの変化はなかった。更にその姿はアスカ側から見えていたのだった。
「……イッてぇな」
「(狂ってる!平気でなんで刺せるのよ!?痛いはずなのに……)」
アスカのターンが回って来た。
恐怖、しかし負ける訳にはいかなかった。
大量の薬を前に欲望が動く、合法な水商売から卒業し、お金を稼ぐ必要がなくなると分かっている内は、アスカは止まることは無かった。
そして静かにサイコロを降りコマが進む。
数字は6、大きく前進する。
しかし止まったマスの内容はーー
『電気椅子に10秒耐える』
「くっ!また痛そうなの……」
牢屋に突如現れた電気椅子、アスカは歯を震わせながらゆっくり座った。すると、手首と足首を固定されてしまった。その反動に驚き、パニック状態になる。
「イヤァァアアア!!!ヤダヤダヤダァァアアア!!!」
途端、電気は走り出すーー全身に焼けるような痛みが走り、彼女は同時に下を濡らす。涎を垂れ流しながら白目を向き、ガクガクと震える。このまま10秒が過ぎた。
「あっ……あっ……」
放心状態だった。それでもアスカは、薄い意識の中、ポケットに持っていたドラッグを飲むと、ゆっくりと立ち上がった。
「細胞を活性化するドラッグ、か。本当はルール的にダメなんだが、いいだろう」
「……」
ドーピング、アスカはさっき刺したナイフの傷口も癒え、身体的な回復を得た。
ただこの行為が後に、後悔する結果となる。
トウマのターン、サイコロの目は6である。
『首吊り1分耐久』
天井から降ろされた輪っかの付いた綱に首をかけ、そのまま宙ぶらの状態となった。
「(1分は……きついなっ!)」
黙々と耐えるトウマ、それを見たアスカが考える。どんな手を使おうと勝てばいいーー今トウマはこちらを見ていないのをいいことに、アスカは落ちているサイコロを自分のとスリ変えた。元々は薬代を稼ぐのに使っていたサイコロだった。博打は趣味範囲ではあったが、アスカは勝つ術を既に持っていた。
「はぁはぁ……耐えた」
アスカのターン、ゴールまであと12マスほどだった。2人対戦の場合、ゴールの距離は思いの外、短いものだった。
「(あと2回耐えれば勝ち!薬薬薬!!!)」
アスカの目は6だった。マスの内容はーー
『次ターン、プレイヤーは一回休み』
「……ふっ、まあ仕方ないか。ならこのままトウマの死に様を見物させて貰うわ」
これでアスカのターンは飛ばされた。
トウマのターンがやって来た。
「……アスカは後6でゴール、か」
それを横目にトウマがサイコロを降る。
出た目は3、その内容はーー
『もう一回降る』
「えっ!?」
「悪いなアスカ」
もう一度サイコロを降る。その内容にアスカが息を飲む。
『もう一回降る』
「嘘っ!ず、ズルじゃないの!」
「ゲームは公平だ。そしてこれで、ゴールだ」
ピッタリゴールに着いたトウマ。牢屋の扉は開き、置いてある薬を手にした。ゲーミングを取り除く薬と商品の薬、ゲーミングの解除はせず、アスカの元へとやって来た。
「今日から奴隷な」
「最後の何よイカサマじゃないの!あんなにもう一回が出るなんて!」
「ならお前のこのサイコロはなんだ?グラサイだよな?……文句は言えないよな?」
「分かってて見逃してたのね……」
トウマが気づかないはずはなかった。アスカのイカサマに、異変に。なにせ短い期間とはいえ、ずっと監視をして来たトウマからすればアスカの表情の僅かな変化など見破るのは容易いことだった。故の勝利、勝つして勝った戦である。
「私は……奴隷にならない」
「ならどうする?そんなこと言われたらこっちだって出す訳にはいかないぞ?」
「死んでやる……お前の奴隷になるくらいなら……死ぬ!」
落ちていたナイフを心臓目掛けて刺そうとした。トウマが止めようと手を伸ばそうとした瞬間。ここに来て、まさかの副作用がアスカを襲った。
「……!」
混合された胃袋で起きたのは、紛れも無い拒否反応。身体は大きく痙攣する。
ゲーミングドラッグは脳を刺激し幻覚でゲームをする薬。そしてアスカが先ほど飲んだ薬は細胞を活性化、逆にいえば圧縮するようなものである。更にアスカがここへ来る前、ヘブンズドラッグを飲んでいたこと。脳の細胞を著しく殺す薬。この最悪が、より悪い方向へと向かっていた。
つまりは、完全に再生されていないアスカの細胞はゲーミングによる刺激で回復が止まっていた。その状態での圧縮は死を意味していたのだった。
止まる血、呼吸、失神状態ーー
トウマ、まずはアスカにゲーミングの解除を無理矢理飲み込ませた。
そして胃を思い切り両手で押し込み、食べ物飲んだものを吐かせた。
「僅かだが消化前のカプセルが……注射からの排出は無理でも、やることはやるぜ」
…………数時間後のことだった。
アスカは目を覚ました。朝日が昇るころ、いつの間にか眠っていたトウマも目を覚ます。
「アスカ……」
応急処置とはいえ、アスカは生還した。
「アスカ……病院に行こう。きちんと治して貰おうぜ」
「……トウマ……だめなのよ、それじゃ」
静かに屋上の端、金網の前に立つアスカ。
「例えそれで身体が治って薬をやめてもうダメ……治らないの、この病は」
「何言ってやがる。何でも治せるこのご時世で、治らない薬なんかあるものか!」
トウマの叫びに、アスカはゆっくりと振り向いた。その表情は、今までトウマが見たことのない、安堵された表情だった。頬を伝わり、アスカは……涙を静かに流した。
そして金網にあった僅かな隙間に入り、端の端、最果ての前で足を止めた。
「アスカ!バカなことはやめろ!」
「もう止められない……こんな気持ちを持った時には遅かった……こんな形でなければ、きっと上手く言ったのに……既に虫歯られていた……薬と、貴方に」
「アスカ……何をいっているんだ?」
「だから…………よかった。貴方に、会えてーー」
アスカが視界から消えた。トウマは呆然とその様子を見て数秒後、静かに膝をついた。
この日、アスカという少女がこの世から消えた。片思いは、予想の範疇にあったのとは違う形で悲劇となった。
そしてトウマはこの日に、玄人を辞めた。
その5年後、ヘブンズドラッグの売買は禁止となった。勿論、他の薬も諸々。
1人の少女の犠牲によって、世のメディアが動いた結果だった。そしてトウマは医者になった。
治せない病が無い世の中だけど、最後彼女を蝕んだ病と同じように、トウマもそれを背負いながら、生きていくのだった。




