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プロローグ「冒険者にはだれだってなれる」

 何処か、誰も知らない場所から、誰も知らない人が言った言葉があった。

『この世界は浪漫に溢れている』

 この世界は広い。未知数の生命体に溢れ、未開の土地が数多あるこの世界は。

 誰もが望む、夢のような世界。

 人間の数十倍の身の丈を持つ怪物や、神がかり的な身体能力を有する未確認民族――――

 きっとその誰かの言うように、この世界は浪漫に溢れているのだろう。

 誰もがその浪漫を追い求めて、世界中のあちこちを駆け回り、その『浪漫』は人の手によって一つ、また一つと姿を現わしていく。

 やがて浪漫を追い求める人々は『冒険者』と呼ばれるようになり、彼らは世界を駆け回り、自分だけの浪漫を見つける旅に出る。


 冒険者の集う酒場で仲間を集め、共に未知の地を踏み歩きながら宝を見つける。

 共に楽しさ、悲しさ、様々な感情を共有しながら互いの命を救いあう、そんな理想の関係を、様々な冒険者が求めていた。

 時に背中を合わせて互いをフォローし、時に感情をぶつけ合い衝突を起こしたりもする。

 しかし最終的には仲直りをして、後世に名を遺す、英雄的なタッグへとなるのだ―――


 何処かの賢人が言っていた。

 人間、誰しも一度の人生に数回はどうしようもない命の危機に晒されると。

 その危機を乗り越えることで、人間は真の価値を持つようになる、とも言っていた。


 彼もまた、冒険者の一人。クレール・ノアにとってその命の危機とは、まさに今の状況のことを言うのだろう。


「はっ、はっ、はっ」


 血の気がどんどんと引いていくのを感じながら、岩窟に囲まれた、風化した石畳の上を全速力で走る。


 失敗した失敗した失敗したあああああ~~~~~~!!

 いわゆる若気の至りで、冒険者になって一攫千金、様々な人間に憧れられるような存在になりたいと、甘い希望を持って冒険者になった僕は、命の危機に瀕している。

 

『グ、ルァァァアアァァ』


 背後からは、巨大な蛇の怪物モンスターが地を這いながら猛スピードで追ってきている。

 昔祖父によく読んでもらった、冒険者の物語が綴られた絵本に出てきていた怪物、確かゴルゴンゾーラだかなんだか忘れてしまったがなにやらおいしそうな名前だったことは憶えている。

 祖父の手書きの英雄は、あの時どうしてこの怪物を打倒したのか、もう記憶には残っていない。

 しかし、この怪物が新人の冒険者の僕にはあまりにも早すぎる相手だということは本能的に理解できている。

 

 この怪物はよく冒険者の知り合いの中で聞く存在であったのに、僕はそのことを気にも止めずずかずかとその領域に入ってしまった。

 完全に油断、慢心、そういった心の隙間がもたらした現状であろう。

 確か、『新人ルーキー殺し』だったか。

 新しく冒険者になった人達が、必ず通るといってもいい登竜門的なダンジョン、小さな魔窟があった。

 名も無い、出現する怪物も素人でも容易に倒すことが可能なものばかりで、冒険者の案内役、ギルドも新人はまずこのダンジョンに進むべき、と推奨されているほどのところだ。

 しかしそのダンジョンにも犯してはならないルールがあったそうな。

 『蛇の住処には近寄ってはならない』

 どうやって僕とこの蛇の怪物が出会ったのか、後はお察しの通りである。


『ヴァアァァァアアァァァアァ』


 背後の怪物が、また蛇らしくないけたたましい咆哮をあげる。

 殴りたい。誰も殴りたいかって、数時間前の自分である。

 新人でろくに実力もないくせに、研磨したての短剣で弱い相手に無双気分になって注意を怠っていた自分をぶん殴って即座に自宅へと帰宅させたいものだ。

 

『ガァアッッッ』


 後方でなにやら鋭い叫び声がしたかと思うと、なにか後方から前方に艶めいた太い何かがゆっくりと現れていた。

 その何かは、まるで呼吸しているかのように気味悪くうねっていて、その表面の全てが硬い盾鱗のようなものに覆われている。


「は、はは」


 恐怖を通り越してもはや諦めのような笑いが出てくる。

 狭く岩に囲まれた、そんな空間の中で四方が敵に囲まれた状態になっていることを理解し、下半身が少しだけ緩くなるのを感じる。

 この怪物が、この空間にこんな巨大な体を収納していたことも驚きだが、なによりこの圧倒的戦力差に恐怖を隠すことができない。

 

 あぁ......死ぬんだな。

 完全に死んだ。これは死んだ。客観的にみてこの状況に僕の生存確率はどのくらいあるのか、と聞かれると誰もが0%と答えるのだろう。僕もそう思う。

 過去に戻ることができたらどれだけ幸せなのだろうか、と物理的にありえないことを夢見てしまう。

 そんな現実逃避的なことを考えていると、怪物がシュルシュルと蛇らしい音を立てながら顔の位置と尾の位置を入れ替えていた。

 獲物目線の視界は、こんなんなのか~。なんて諦めのような考えが頭の中をスラーと流れていく。


『グルァァァアアァァァアァァァァアアァアッッ』


 魂が頭からヒューっと抜けていく感覚を楽しんでいると、すでに眼前に移動していた蛇の巨大な口から再び雄叫びがあげられる。

 その叫びのせいで、せっかく夢の世界に行こうとしていた僕の魂が一気に地獄のような現実に引き戻されてしまった。


「うわああああああああああああああああああああああああああああ」


 意識せずに、その叫びに反応するように蛇のそれに負けないような大きな叫び声をあげてしまう。

 我ながら情けない声だと思ってしまう。人に憧れられるような人間になろうと冒険者になった自分が、まさかこんなみじめな姿になるとは思ってもいなかった。

 命の危機、恐怖による全身の硬直。

 脚ががくがくと震えて臀部から硬い地面に勢いよく倒れる。

 英雄になろうとした男が、こんなみじめでなさけない姿になっているのを見られると、きっと誰もが笑うのだろう。

 

 声も枯れて、叫び声も出ない状態になって、みじめに降参の姿勢で倒れている俺に向けて、怪物はぐわっと大きな口を開けて捕食しようとする。

 目前に、グロテスクで薄ピンクのなにかが広がっている。

 本能的なものなのだろう、今になって全身がガタガタと震え始めて、全身を押しつぶすような恐怖が押しかかってくる。

 

「やめろ......」


 意図せず、意識していない声が漏れ始める。


「やめて....助けて.......」


 冒険者として、いや、年齢を考えずに男として、こんな惨状が許されるのだろうか。

 言葉も通じない相手に許しを乞う。愚行の中の愚行だ、と頭の中では理解してはいるが、脳が助かる可能性を捨てようとしない。

 物語の中の冒険者は、どんな化け物を相手にも、蛮勇ではなく勇気をもって果敢に戦っていた。

 しかし僕はどうだ、敵前に諦め、みじめに逃げ回り、最終的には目を潤わせながら許しを乞う。

 どうやら僕は、冒険者の資格を有してはいなかったようだ。


 眼前に迫りくる巨体に、捕食という形で殺されることを覚悟して、ぐッと目を閉じる。

 閉じたものの、脳裏に焼き付いた蛇の姿が今もはっきりと見えている。

 死んでしまった。そう思った。

 おしゃれに言えばゲームオーバー。完全に失敗してしまった。ただその一言に尽きる。

 段階を踏んでから強くなっていくという冒険者の理念を、完全に忘れていたことによる失敗である。

 上級冒険者ハイレベルでさえ討伐が難しいとされる化け物が棲みつく地に、安易に足を踏み入れてしまった俺への罰なのかもしれない。


「――――――?」


 それにしても、なんだろう、なにかがおかしい。

 あれだけ目の前まで口が近づいていたにも関わらず、なぜがまだ食われていないし、むしろ生きている。

 ――言葉が通じた?

 そんな間抜けな疑問がぽっと浮かんでくる。しかしそんな疑問は浮かんだ瞬間にまた沈めてしまった。

 冷静に考えて怪物に言葉が通じるわけがない。だからこそ怪物と僕たち冒険者は戦うのだから。

 そんなことを考えていても、まだ食われない。一種の焦らしのようなものかもしれないが、しかしまだ目を開けるのが怖い。


「おい、なにをしているんだ」


 蛇の行動を待っていると、予想だにしない声が耳に入る。

 人間の声だ。


「はぃっ!?」


 予想外の出来事に、閉じていた目をぱっちりと開けて裏返った声をあげてしまう。

 開けた視界の先にいたその人物は、筋骨隆々とした体とは裏腹に、優しそうな風貌をした2mはありそうな狼種の男性だった。それも冒険者の。


「おい、新人がここで何をしている?」


 彼は憤りとかそういう感情ではなく、心配そうな視線をこちらに送りながら聞いてくる。

 しかし彼の声は聞こえず、僕の視線は彼の左胸のある煌びやかな勲章に釘付けにされていた。

 その勲章は、だれもが欲する、冒険者の憧れの対象であることを示すものである。

 冒険者を管理するギルドによる公認の冒険者の中でも、トップレベルの実力を持ち、それでいて英雄的な功績をあげた冒険者にのみ授けられる名誉。


「最上級....冒険者.......」


 安堵と同時に、僕の視界はどんどんと暗くなってゆき、やがて重力に付き従うように体は地面へと墜落した。


 かの賢人は、また別にこういった。


『冒険者が生きる上で、運も必須能力である』と。


 僕は、運があったのだろうか。

 確かに、不用意にゴルゴンなんたらの棲み処に足を踏み入れたことは失態だったが、そこであの蛇の怪物に遭遇することは相当運が悪いこととされている。

 しかし、実質的に確定していた死亡を、最上級冒険者の乱入という異常事態イレギュラーで回避するということも相当運がよかったのであろう。


 しかしなんだ、結果的に生きていたのである。

 冒険者は生きていることが最優先なので、結果だけで見れば相当運がよかったのであろう。


 僕の冒険者としての人生は、まだ終わっていなかったらしい。

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